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9章1話 詰め将棋

「なんとも、高揚するながめだな」


 グラスドールが、馬に乗ったまま丘から敵の陣地を見下ろす景色に、満足げな言葉を上げる。


「そうですか?敵からも丸見えで、あまり気分が良いものではないですが」


 グラスドールの横に自分の馬を隣に並べる。

 後ろに控えるのは、騎士団の精鋭だ。

 よく見ると、模擬戦の時にいた光り輝く鎧を着た一団も見える。


「何を言う。宣戦布告の書状も送り、堂々と合間見えるこの瞬間こそ、騎士の本懐と言うものじゃないか」


 この世界の戦争は、未だにこんな状態だった。


「しかし奇襲をかけ、さらに作戦を実行すれば、もっと危険を減らせたはずですよ」

「何を言う。そんな騎士道に悖る(もとる)行為、できるわけがないではないか」

「しかし、エルスパイクのグルガ王は、その騎士道に悖る行為で、騎士団を打ち負かしているわけですし」


 この言葉に、グラスドールがすごく驚いた顔をする。


「……なるほど。確かにそうだ。騎士道に背こうとも、相手は神敵で元々礼儀を持って接する相手ではない……そういうことか」


 素直なんだか頑固なんだか、悩むところではある。


「でもまぁ、今回のこれはこれでやりやすい部分もあります」

「そ、そうか」

「はい。神の加護と正義は我々にあるのだと言うことを、見せつけて戦いましょう」

「む!?どうするというのだ?」

「おや、グラスドール先輩お忘れですか?私は使徒ですよ?」

「……ふむ。ラフエル。あの事件以降、変わったな」

「そう、でしょうか?」


 う、少し生意気だったか?


「成長したというか、そうだな、頼もしくなった」

「え、あぁ、身長が伸びたので印象が変わったかもしれませんね」

「そう言う意味じゃないさ」


 そう言って少し笑う。

 うわ、すっげぇイケメン……


「さて、そろそろ行くとするか」

「はい。先輩の動きにあわせて、魔法と奇跡を行使します」

「よし」


 グラスドールが馬上で剣を抜き、丘の下に陣取っている敵陣へ向け剣を振り下ろす。


「神敵共よ!」


 通常なら届かないはずのグラスドールの声を、敵味方問わず聞こえるように増幅する。

 その効果もあってか、敵も味方もざわついている。


「貴様等は教会のみならず、慈悲深き父神母神をも裏切ったのだ!この戦いで死んだとしても、その魂が神に導かれることは無いものとしれ!」


 敵陣からのざわめきが一際大きくなる。


「だが、心ならず神敵グルガに従っている者もいるだろう!」


 ここでグラスドールは一呼吸置くと、少しだけ厳しさを抑えた声音にする。


「余計な心配は無用だ。戦いをやめ、神に恭順の意を示すのだ。さすれば我らが神は寛大なその心を示されるだろう」


 ここで俺は敵陣の上に光の魔法を作り出す。

 そう、初めて使ったあの魔法だ。光れLED。


 すると、敵陣からのざわめきが悲鳴のような物に変わっていくのが聞こえる。

 当然と言えば当然なのだが、驚くほどの効果だ。

 グルガ王が何を考えていようと、ほとんどのエルスパイク兵は教会の信徒なのだ。


「全軍!神敵に正義の鉄槌を下す時が来た!突撃せよ!」


 グラスドールが剣を振り下ろし、模擬戦の時に従えていた10人の黄金の騎士たちと共に突撃を開始し、後続の騎兵や徒の兵も突進していく。

 俺はそれに合わせ、アプロテからの力も使い、先頭を走る騎士たちに矢を避ける加護を与え、そのあとに前もって準備していた打ち上げ花火の導火線に着火をする。


 導火線は一瞬で燃え尽き、筒の中に入れられていた花火が勢いよく打ちあがり、上空で激しい破裂音と共に真っ赤な煙をまき散らす。


 俺が行う準備はここまでなので、最初の予定通りグラスドールを追うために馬の腹にけりを入れる。


(もう本陣と左右の陣が繋がる部分に、ほころびが出来ているな)


 左右の陣 (どっちがムーツでどっちがソルトだったか)は、本陣と距離をあけるように少し移動しており、本陣側は端の方から戦意を失った兵が僅かだが逃げはじめている。


 もう、この時点ですら戦況は定まったも同然だった。

 倍以上の兵力差があっても、敵の兵士の士気は下がりにさがり、兵士一人一人に割れる寸前まで膨らんだ風船のように恐怖が詰まっている。

 その風船を割る最後の一針が、姿を現す。


 突如、今まで堅く閉じていたムルタラの城門が開き、上げられていた跳ね橋が下ろされた。


 中から現れたのは、ムルタラの漆黒の重装騎兵の一団だった。

 

 漆黒の重装騎兵。過去幾度と無く帝国との戦いにその身を投じた、がっちがちの実戦部隊と聞いている。

 だが、今ここにいるその数は少ない。それもそのはずで、その大多数は帝国と隣接する州に配備されており、今も国境に集結する帝国側を牽制しているはずだった。


 今城門に姿を現した重装騎兵は、ムルタラ王の側近たち。

 いや、王その人も先頭に見える。


「突撃!」


 先頭を行く馬の一際大きいその体躯に重装甲。

 それに続くさらなる重装騎兵。


 前に黄金の騎士に率いられた騎士団、後ろには死の使者のような漆黒の騎士。


 敵の陣形の形が崩れ、引き裂かれるように兵士が逃げはじめる。

 もう、こうなると何も手を加えなくても、勝手に総崩れになっていく。


「グラスドール先輩、右方向、グルガ王です」


 遠話でグラスドールに直接話しかけると、進路が右方向に修正される。

 グルガ王は身の回りの数人の兵に守られるように、逃げまどう兵に紛れ移動している。昨日の偵察がなければ、見逃していたかもしれない。


 それにしても、グラスドール達の突撃がすさまじい。

 海が割れるように敵兵が裂けていき、一部逃げ遅れた兵士もランスの餌食になっている。

 そして後ろから続く歩兵が、割れた敵兵にとどめを刺していく。

 

 寛大な心とは何だったのか。

 一部完全に降伏し、神への祈りを捧げるように地に伏している兵は、見逃されている。

 だが、ただただ逃げまどう兵は、一方的に殺されいる。


「グルガ王!勝敗は決したぞ!降伏しろ!」


 グラスドールがグルガ王の逃げ道をふさぐ。


「くそっ!もう少しだったのに!なぜだ!」

「神は常に正しい行いを見ておいでになる。そして悪しき行いも見逃しはしない」

「はっ!ポートヴェイルの小倅か!もし神が見逃さないと言うなら、ポートヴェイルにも神罰が降ったというわけだ!」

「なっ!貴様!」


 あ〜、一度グラスドールの父親を撃退したことを言ってるんだろうな〜。

 グラスドールもそんな難しい顔しないで流せばいいのに。

 ほら、怯んだところをグルガ王の側近に少し押されてるし。


「グルガ王!祈る神を変えたお前には、慈悲もないぞ!」


 俺は素早く大地に力を送り込み、グルガ王の足下を激しく隆起させる。

 高さにして50cmほどの隆起で、側近の剣士共は素早く飛び退いてバランスも崩さない。

 ふん。そんなものは分かっていたさ。

 そして即座に隆起を元に戻し地面を平らにならすと、グルガ王とその隣にいた若いデブ貴族……王子か?が無様に倒れ伏す。


「グラスドール先輩!今です!」

「お、おう!」


 陣形がゆるみ、グルガ王の守りが解けたところを、グラスドール達10人の騎士が一気に押し通る。


「観念しろ。まだ抵抗するというのなら、その首が地に落ちることになると思え」

「グラスドール先輩!今は(・・)殺さないで!」

「分かっている。聞きたいことがあるのだろう?」

「はい」


 俺は馬を下り、未だひざを突いているグルガ王の前に立つ。


「グルガ王。一つ聞きたいことがあります」

「なんだ、お前は。身代金なら後にしろ」

「ある意味それも一つの手かもしれませんね――――ハインはどこですか?」

「ハイン?……あぁ、あの厄介な騎士か。......どこだと思う?」


 俺は即座に剣を抜き、剣を突き出すとグルガ王の頬に二つ目の口を作る。


「む!?殺さないのではなかったのか!?」

「こちらが質問しているのです。答えろ」

「あがっ、き、きしゃま、こんな事をして――」


 俺は無言で剣を構え直す。


「あ、あいつはもうここにはいない!捧げた!」

「捧げた?誰にだ」

「帝国の王に!」


 足から力が抜け、少し後ろによろける。


「む!?大丈夫か!ラフエル!」


 即座にグラスドールが俺を支えてくれる。


「す、すいません」

「だ、だからもういいひゃろう?き、きじゅをなおしちぇくれ!」


 こ、こいつ、どうする……グラスドールも俺にどうするのか目線を送ってくる。


「そうですね、エルスパイク王の処遇は、現状を維持することとなっていますので」


 見かねたのか、グラスドールの副官テイエルが話に入ってくる。


「そ、そうか、さ、さすがは父神は寛大ですな!」


 控えていた司祭に俺が付けた傷を治療され、テイエルの言葉で力付いたのか、少し希望を持ったような声音で話しかけてくる。


「わ、ワシと息子の金額については、エルスパイクに戻ってから話をしたいと思うのだが、どうじゃ?」


 テイエルがとても驚いた顔をする。

 グラスドールの副官は演技派だな。もう全て決まっているというのに。


「ふむ?エルスパイクの前王(・・)とその子息は、此度の反乱でお亡くなりになっています」

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