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8章1話 慟哭

 その日も、ここ最近毎朝行っている、サリア先生との鍛錬に精を出していた。


「それにしても、赤竜討伐隊なかなか戻ってこないですね」


 討伐にかかる時間、行き帰りを含めても、さすがに時間がかかりすぎている。

 グラスドールなら何か知っているんじゃないか、そう思って視線を送る。


「む!?いや、私は何も……あー、うんそうだな」

「何か知っているんですか?」

「いや、たいしたことではないのだが、赤竜の被害があった地域に、当の赤竜がいなかったという報告は受けてはいた」

「捜索のために遅れているんですか」

「それもあるとは思うのだが、その後すぐにムルタラの南、エルスパイクとの国境付近で発見されたとの報告も受けていてな、さほど気にもしていなかったのだ」


 エルスパイクは教都から東の国だ。


「それでも、移動を含めて考えても、やはり少し遅い気がしますね」


「グラスドール様!」


 朝の鍛錬を終えて、騎士学校の休息室で休んでいると、何度か見たことのあるグラスドールの付き人が、焦った様子で駆け込んでくる。


「どうした」

「お知らせしたいことが」


 そう言って俺やアプト、サリアの方を気にするように目線を送る。


「ここにいるのは信頼の置ける者ばかりだ。かまわん話せ」

「はっ。お父上が本日中にお戻りになられるようなのですが、その」


 今度は少し離れた所にいる他の生徒を気にしているのか、周りを気にしている。


「ふむ。分かった。ポートヴェイル館で聞こう。だが、ラフエルにも関係がある話のようだ。着いてくるか?」

「差し支えなければ、お願いします」

「よし」


 アプトと2人で、グラスドールの後をついて行く。


「この2人は私の客人だ」


 ポートヴェイル館の正面門を越え、グラスドールが告げると、一人の門衛が館の中に駆け込んでいく。

 館の大きさはポラルトやウェンデールとそう大差ない大きさだった。これは城のすぐ外の区画は割り当てに決まりがあるからで、金に物を言わせて土地を買いあされないようにするためと、力を持ちすぎないようにするためらしい。

 のだが……


「な、なかなかきらびやかな、館ですね」


 館に通され、さほど広くない応接室に通される。


「率直に成金趣味と言ってくれてかまわん。すべて父の趣味だ」


 グラスドールの言うとおり、館の中と外は、一言で言い表すなら成金そのものだった。

 外周の塀こそそこまでの派手さはなかったものの、庭に一歩足を踏み込めば、所狭しと彫像が建ち並び、窓に掛けられたカーテンには必要以上にに金糸銀糸が使われて光を放ち、館に入れば廊下にもずらりと彫像や壷などが並ぶ。

 そしてすべての照明に透明度の高い高価なガラスが装飾のためにふんだんに使用されていた。


「いや、まぁ、外から来る人に影響を与えるには、効果的な手段の一つですし」

「む!?そういう考えはしたことがなかったな」


 客にポートヴェイルが持つ力を端的に示すことが出来る。


「だが、華美ではないか?」

「ははは、まぁ、少し」


「よし、ここなら良いだろう。話せ」


 俺とアプトが沈み込むようなソファーに座ると、グラスドールが付き人に話を促す。


「はっ。先ほどお話ししたとおり、お父上、グラスホープ様が明日にはお戻りになられます」

「ふむ。それだけで場所を気にする話ではあるまい」

「はい……教会騎士団及びポラルト・ダマスク連合による赤竜討伐が、失敗に終わったようです」

「何だと!」


 グラスドールが立ち上がり、驚きの表情で固まる。

 そして俺も、失敗に終わったという事実より、どうなったのかが、どうしたのか、何があったのか、この男はどこまで知っているのか、すべてが気になって言葉を選べずにいた。

 グラスドールの手前、自分の国の人間だけを心配するような質問をすることをためらったのだ。


「しかし、今回は教会騎士団だけではなく、司祭や魔法使い達もかなりの数が出ているではないか。いくら赤竜が強敵とはいえ、負けるなどありえんではないか!」

「はい、実は、もう一国連合に参加した軍があります」

「もう一国?ムルタラの南に移動したと聞いたが、ムルタラが兵を出したのか?」

「いえ、ムルタラは帝国との国境に不穏な動きがあるとのことで、軍を動かせずにいました」

「不穏な動き?」

「はい、帝国が国境付近に兵を集めている、と」

「くそ、また嫌がらせか」


 帝国の一部の兵が、国境付近で嫌がらせのように活動しているというのは、報告として良く上がっていた。

 帝国に使節を送り確認すると、野党の類で我が方も困っていると、定型のような返答が帰ってくると。


「では、もう一国というのはどこなのだ」

「ムルタラの南、エルスパイクです」

「エルスパイク……あのケチで強欲なグルガ王が、自国のことでもないのに、兵を出しただと?」


 グルガ・ド・エルスパイク。エルスパイクの王。ケチというか、損得勘定でしか動かないと有名。教会圏に所属しているのも、帝国に攻められたくないためだけとも言われる。


「はい、その意図に気がつくべきだったのです」

「どういうことだ?」

「……黒竜、赤竜、帝国の動き、そしてグルガ王。エルスパイクの兵が攻撃したのは、教会騎士団と連合軍、ですか」

「え!?そ、その通りであります!」


 俺からの指摘に、付き人が驚いたような顔をする。


「グルガの奴、裏切ったのか!愚かな!」

「……グルガ王は教会を離れ、帝国に組みする。報酬として得られるのは、ムルタラの領土、でしょうか」

「エルスパイクの兵がその後とった行動については、未だ情報がありません」

「ありえん!いくら奇襲で教会騎士団と連合軍を撃退できたとしても、さらにムルタラをねらえば、教会全体から反撃を受けることになるぞ!」

「そこに帝国も噛んでくるとしたら?」

「くそっ!帝国はまた戦争を起こすことを望んでいるというのか!」


 帝国の先代帝は、比較的平和主義者だった。いや、正確には、国を治めるのに尽力していたと言うべきか。

 今代帝は、先代が安定させた力をもって、教会へ腕を伸ばすことを躊躇わないと言うことだろうか。


 それとも、背中を後押しする何かがあったと見るべきか。


「……ロウレスの使徒」


 唐突に口をついて出る。口に出してみると、すべての事柄が繋がっていくような気がしてくる。


「確かに帝国が崇めるのはロウレス神だが、だからといって国の方針とするだろうか?」

「教会圏の結束は、聖家族教会への帰属による物です」

「確かにそれはそうなのだが……そう言えば、連合軍の方はどうしたのだ?国へ戻ったのか?」

「あっ……その、それぞれの国へ、おそらく、後退したようです」

「む?なんだ、歯切れが悪いな、はっきりしろ」


 付き人がちらっと俺の方を気にするようにみる。


「ラフエルの事は信頼している!包み隠さず話せ!」

「はっ!連合軍は騎士団が後退したことにより、エルスパイク軍から側面より攻撃を受け、しばらくは持ちこたえていたようですが……」

「どう、なったのですか」


 爪が食い込むほど、強く拳を握っていることに気がつく。


「数の劣勢を跳ね返し、良く戦っていたようですが、そこに赤竜のブレスが直撃し、前線が崩壊、そのまま潰走した模様、です」

「そのブレスを防ぐために、魔法使いと司祭の一団も派遣されていただろう!」

「……司祭の一団は、エルスパイクの最初の攻撃で標的にされ、真っ先に後退、魔法使いの一団も貴重な戦力のためと……教会騎士団と後退しました」

「馬鹿なことを!竜と戦っているときに、ブレスを防ぎ、空から引きずり下ろすための二つの戦力が抜けたら、ただの地上軍に何が出来るというのだ!父上は何を考えておられるのか!」


 グラスドールが激高して机を割らんばかりに拳で叩く。


「……バルター将軍はどうされたか分かりますか」


 付き人が息を飲むのが分かった。聞きたくない聞きたくない聞きたくない……


「バルター・ド・ウェンデール様は、混乱を収めるため前線で指揮をされており……竜のブレスに巻き込まれ、戦死されました」


 隣に座っていたアプトが、声のない悲鳴のような物を上げる。

 視界がゆがみ、足下の地面が無くなったのか足に力が入らず、体の平衡感覚が無くなり、頭の中には濁った泥水が詰まったように何も考えられない。


「ハ、ハインは……ハインは」


 それでも、絞るように口からハインの名が出てきていた。聞きたくない。これでもし、バルターと同じ言葉を聞いたら……


「……ブレスを吹かれた直後に、赤竜の気を引いて味方を逃がすため、少数を率い攻撃を仕掛け……そのおかげで、連合軍はダマスクの騎士に率いられ何とか後退した模様、です」

「む!?どう言うことだ?ハインラット殿もうまく後退できたと言うことか?」


 滲んだ視界の中で付き人が言い淀むのが見て取れる。もう、やめてくれ……


「ハインラット・ド・ウェンデール様は、その後赤竜の猛攻を受け何度かその攻撃を退けたようですが……最後には、力尽きたようです……」


 頭の中の泥水が冷えて固まり、体は自分の物ではないかのように力が入らない。

 誰かが俺の体を掴んでいるのを感じるが、何も考える事が出来ず、ものすごい嘔吐感が襲ってくる。実際に少し逆流したのか、喉の奥が少しひりつく。


 途端、部屋の扉が大きく開かれ、門衛をしていた男が飛び込んでくる。


「む!?どうしたというのだ、今大事な話の最中だぞ!」

「も、申し上げます!今館の前に――」



「私に触れるな!お願いをしているわけではない!私を通しなさい!」

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