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7章6話 ゆりかごの終わり

「さて、まずグラスドール君の使った技だが」


 騎士学校の宿舎にある休息室で、サリアが一番奥の角にあるソファーに腰掛けながら話し始める。

 魔法学校にも簡素な待合室みたいな物はあるが、騎士学校の物はとても豪華だ。


「あれは、魔力で体を支える技よ」

「魔力で?」

「そう。あー、ラフエル君、このコップを、持ち上げてみてもらえるかな?」


 俺は言われるがままに、コップを中に入っている水をこぼさないように慎重に持ち上げる。ケリーの授業を思い出して、少し懐かしくなる。


「そうそう、そんな感じで、体を支えるんだよ」

「え?グラスドール先輩は魔法も使えるのですか?」

「いや、俺は使えないが」


 いきなり話を振られたグラスドールが、慌てて否定する。


「魔法を使った訳じゃない。魔力を操作したのさ。今ラフエル君がやったように」

「あの瞬間にそれだけのことを!?すごいですね!」

「いや、まぁ、使えるようになるまでかなりかかったが」


 俺が素直に驚きの声を上げると、謙遜しながらもまんざらでもない表情のグラスドール。


「当然かなりの鍛錬が必要だろうが、あそこまで見事に使える者は少ない。才能もあるのだろうが、それにおごらず努力を続けた結果だ。誇って良いと私は思う」

「あ、ありがとうございます」


 それはもう、良く言えば新入生が先生に誉められたかのような、悪く言えば、主人に誉められた犬のような、今まで見たこともないような嬉しそうな表情だ。


「さて、ラフエル君、君の使った技だが……」


 ここでなぜか少し言い淀み、少しそわそわと視線も泳ぐサリア。


「はい?」

「私はあの技を、大分昔に見たことがあるんだ」

「昔、ですか?」

「そう、あれはまだ私が騎士学校に入ったばかりの時だ。当時、私は自分で言うのもなんだが、剣の腕にはそこそこ自信があってな。初年度に中級の2位に入れて浮かれていた」

「それは、すごい!私は初年度中級1位でした」


 またグラスドールが目をキラキラさせてサリアに尊敬の眼差しを送る。恋いなのか?まだあこがれの段階にも見える。


「ははは、そう言ってくれるのは嬉しいのだがな、そんな私の延びた鼻っ柱を、あっさり叩き折る男が現れてな……」


 折られたという割には、悔しそうな感じではなく、どこか懐かしそうな穏やかな表情で離すサリア。


「集団戦の時だった。その(ひと)は、大将でありながら、真っ先に突っ込んでくるような男でな、私は腕を買われて大将を守っていたんだが、敵の大将がまっすぐ私に突っ込んでくるから、あの時は驚いたな」


 サリアが楽しそうにくすくすと笑う。


「しかし、敵の大将が目の前にいる願ってもないチャンスに、私は迷わず剣を繰り出したのだ」

「どうなったのですか!」


 グラスドールがサリアの話に食いつき、先を促す。


「何も出来なかった」

「何も!?先生が!?」

「あぁ。弾き飛ばすつもりで繰り出した私の剣を、その(ひと)は優しく剣で受け止めると、どうやったのかそのまま私の剣を引っ張り、体制の崩れた私を爆ぜで吹き飛ばして、こちらを振り返りもせずに走り抜けられたよ」

「剣を引っ張り……はっ、ラフエルの技!」


 グラスドールが驚いたように俺を見てくる。


「そう、私も驚いた。私がその技を見たのは、後にも先にもあの時だけだった。今朝までは、ね」


 サリアが探るような目で俺を見てくる。


「えっと、僕も、そんなレアな技なんて、初めて知りました。てっきり爆ぜと同じで、普通にある技なのかと」

「普通?とんでもない!その技の原理が分かったとして、実戦で実行するには相当な訓練が必要よ」

「あ、あぁうん、そう、だね」


 確かにあの技を教えられた後、死ぬほど練習させられた。それはもう、ハイン相手に越えられない壁を登る為に、毎日毎日……

 しかしそのおかげか、化け物ではなく普通の剣士を相手にしたとき、140キロの速球の後の100キロの様に、相手の動きがゆっくりに見える様になった。

 いや正確に言えば冷静に見られるようになった、だろうか。


「それで、その……ラフエル君」


 サリアが目線をはずし、少しだけ言い淀む」


「何でしょうか」

「君に、その技を教えたのは、どういった人だろうか。君がポラルトの王子なのは知っている。だ、だから、私の知るウェンデールの人と繋がりがある人なのではないかと思ってな!」


 最後は思いあまったのか、机に手を突いて、前のめり気味に勢いよく立ち上がる。


「ど、どうしたのですか、サリア先生」


 グラスドールが少し引くぐらいの勢いだ。


「あ、あぁ、取り乱してすまない」

「私にこの技を教えてくれたのは、ウェンデールの者で、名をハインラットと言います」

「ハイン……ラット」


 サリアの体から力が抜け、少し惚けたようにすとんと椅子に座る。


「ど、どうかされましたか、サリア先生」


 椅子からずれ落ちそうになるサリアを、グラスドールが慌てて支える。

 え?なに?


「あ、あぁ、すまない、グラスドール君。ふっ!」


 サリアが椅子に座り直し、両手で頬をぴしゃりと叩く。


「その、なんだ、ハインラット殿は、御健勝(けんしょう)か?」

「あ〜、はい、今教都にはいませんが、病気一つせず元気そのものです、ね」


 集団戦前の、鬼教官になったハインラットを思いだし、少しげっそりする。

 まぁ、集団戦はもう終わったし、帰ってきたらいつものハインに戻るだろう。


「そ、そうか、それは良かった。……もし、その、なんだ、迷惑でなければ、なんだが」

「はい?」

「ハインラット殿との稽古に、わ、私も、参加させてもらえないだろうか」


 顔を真っ赤にし、懇願するような目でこちらを見つめてくる。

 ここまでくれば、いくら鈍いグラスドールでも気がついたのか、サリアを見て驚いたような表情をしている。

 そうだよな、どう見てもこの表情は恋する乙女って感じの――


「サリア先生ほどの実力がありながらさらなる鍛錬を望むとは、このグラスドール、感服いたしました!」


 ものすごく純粋に感動した目をサリアに向けるグラスドール。

 あー、うん、それでこそ先輩かもしれない。


「わかりました。ですが、ハインラットは赤竜討伐からまだ戻ってきていません。なので、戻り次第本人に確認する、ということでよろしいでしょうか」

「もちろんだとも!話を通して貰えるだけでもありがたい!」

「ラフエル、当然私も同席してかまわんな!?」


 2人とも、すっごいキラキラした目でお願いしてこないで欲しいなぁ。変な三角関係とか望んでないんだけど……





 だが、このサリアの願いが叶えられないと分かったのは、これから数日後のことだった。

リアルが忙しく、遅くなって申し訳ありません......

また明日から出張です......

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