7章5話 作戦と実行と
「では、グラスドール先輩の、恋愛対策会議を始めたいと思います」
エトナとアプトがぱちぱちぱちと拍手をし、アプロテは面白く無さそうにふくれている。
「で、で、グラスドール様は、どこのどなたに片思いをされているのですか!?」
目をキラキラさせて食いついてきたのは、エトナだ。ウェンデール館にはまだ友達と呼べるような相手もおらず、こういった噂話に飢えているのだろう。
「え〜、サリアと言う騎士学校の教官をされている女性です」
「えー!えーっ!先生に片思いしてるんだ!」
「それで、どうやって二人の間を取り持つか、女性目線で考えていただければ、と」
「私をのぞいて、まともな恋愛を経験した人は、いるのかしら?」
アプロテが言葉を発した途端、アプトは良くわからないという風に首を振り、エトナのキラキラした目は曇っていく。
「……村を出た後は姉さんに頼りっきりだったし、すぐにラフエル様にお仕えしたし……どうせ、どうせ私なんて……」
「あー!今回は、女性がどうすれば喜ぶのかとか、そう言う視点でお願いします!」
エトナから冷気を帯びた黒いオーラが溢れてきたので、あわててフォローする。フォローになっていないが。
「そもそもその相手は独り身なの?」
「一応少しだけ調べたところ、23歳独身で、今は特定の男性と付き合っていることはないようです」
「ふうん。なら、告白すればいいだけなんじゃないの?見た目も家柄も申し分ないわけだし」
「アプロテ様から見ても、やっぱりグラスドール先輩はイケメンですか」
内心でちょっと嫉妬してしまったら、思わず口をついて出てしまった。
いかん、ちょっと格好悪いというか、器が小さい男と思われそう……
「ふむ、そうね、顔は整ってると思うわね。でも私は優男系より、ラフエルみたいな精悍な感じの方が好きよ……って言って貰いたいのよね?」
アプロテが俺の内心を見透かしたように、ほっぺたを人差し指でぐりぐりとしてくる。はい、全く持ってその通りです、器が小さいんです。
「わ、私もラフの顔好きだよ!」
良くわからないけど、アプトも人差し指でぐりぐりしてくる。対抗してるんだろうけど……
「ラーフーエールーさーまっ!いちゃつくなら会議終わりますよ!」
エトナが少し面白く無さそうに机を叩く。
「ご、ごめんなさい!」
アプトとアプロテを席に戻す。
「とりあえず、そのサリアって女性の好みとか、今好きな人はいないのかとか、その辺を調べてからじゃないでしょうか」
「そうですね……ですが、どうやって調べましょう?聞き込みだと、そう言った浮ついた話は余りしないようですが」
「朝のジョギングの時に、グラスドール先輩を含めて鍛錬を一緒にやってみるとかどうでしょう?」
「あ、エトナそれいいね!提案してみます!」
さっそく使いの者を送り、グラスドール先輩にその旨を伝えると、即座に同意の返事が返ってきた。
翌朝。日が昇る寸前、学校の校庭をグラスドールとアプトを入れた3人で、ジョギングする。
「無理矢理付き合わせているようで、すまんな」
「いえ、いつもしていることですから」
いつもより早い時間になり、場所が変わっただけで、日々の日課なのでジョギングは問題ない。
それに、
「大丈夫ですよ、グラスドール先輩。私も毎日走ってますから」
アプトも一緒に行くという話をしたら、逆に歓迎された。
グラスドール的には、話しやすい雰囲気が出来ると踏んでいるのだろう。
「そう言ってもらえると、助かる」
……しかし、恋は人をここまで変えるのだろうか。
自信家で、初見では傲慢にすら映る感じだったのに、今は自信なさげに恥じらう乙女のようだ。
「なんだ、君達も朝の鍛錬か?」
不意に後ろから声をかけられる。
グラスドールの思い人、サリア先生だ。
「お、お、おはよう、ございます、サ、サリア先生」
グラスドールのぎこちない挨拶の後に続いて、俺とアプトもおはようございますと挨拶をする。
「おや?そっちの女の子は、魔法学校の生徒だね?あと、男の子は、あ――」
「魔法学校初級の、ラフエルと申します。以後お見知り置きを」
「あぁ、君か、グラスドール君の悩み事を作ったのは」
「あ〜、それに関しては、その、大変申し訳なく思ってはいるのですが……」
「む?大丈夫だラフエル。私はお前に助けられている。望めるのであれば、これからも良い関係を望んでいる。だからこれ以上気に病む必要などない」
「ほう、もう悩む必要も無くなったのかな?」
「い、いえ、悩んではいるのですが、ラフエルがそこまで、気にする必要を、感じないと言うか」
こっち向いてしゃべるときと別人だな、おい。
「ははは、なんだ、無理矢理押しつけられて悩んでいるのかと思えば、2人の関係は良好なのだな」
「ええ、ええ!それはもう、良好です!」
「しかし、今日はどうしたのだ。こんな時間に珍しいな」
グラスドールが「え!?」と言葉に詰まり、こちらを見て焦った顔をする。
「その、先日のこともあり、改めて魔法使いとはいえ体を作ることは大切だと思ったもので、グラスドール先輩に鍛錬を付き合って貰ってるんですよ」
「なるほど。それはよい心がけだな」
「そ、そうなんです!」
グラスドールがほっとしたようににこにこ顔で返事をする。
「それで、もしよろしければサリア先生の朝稽古に、ご一緒させていただければと思いまして。……ご迷惑でなければ、ですが」
ここでいかにも、少し申し訳ないような態度を見せる。自分で言うのもなんだが、少し媚び気味に。
「授業以外で自ら稽古がしたいと言い出すとは、うちの騎士学校の生徒に聞かせたいものだな。迷惑どころか、一人でやるより身が入りそうだ。こちらこそよろしく頼む」
サリア先生が優しそうに微笑む。
あぁ、グラスドールが惚れたのが分かる気がする。こんな凛々しい感じの大人の女性が、ふとしたときに見せる優しげな微笑み。
そのまま4人で校庭を3週ほど走る。
「ふむ。なるほど。このペースで走ってもほとんど息切れしないなんて、グラスドール君が誉めていただけはあるね」
「え?先輩が僕のことを?」
「あぁ。悩みを打ち明けられたときにだね、私が何も知らずにラフエル君のことを迷惑な子だなと言ったんだ。そうしたらグラスドール君が慌てて「先生!私は、ラフエルは必要なときに正しい判断を下せる人間だと思っています。だから悩みはしますが、迷惑だとは思っていないのです」と言っていてな、よほど君のことを買っているのだな、と」
「あ、ありがとうございます、グラスドール先輩」さすがに照れる。
「いや、うん、ははは」グラスドールも先生の前と言うこともあってか、照れている。というか、誰だ。
「さて、ウォーミングアップもすんだし、型の練習に移ろうと思うのだが、魔法学校の生徒さんは、どうする?」
「私とアプトは、国にいたときから剣の型も教えて貰っています。なので、よろしければご一緒させて下さい」
「ほう。魔法使いなのに剣も習っていたとは。魔法剣士みたいな物を目指しているのかな?」
「そう言うわけではないのですが、とても剣の腕が立つ者が私に仕えてくれていまして、自然に習うようになったと言いますか」
「なるほど。少し見させて貰って良いかな?」
「え?」
サリアは返事を待たず、俺とグラスドールに木剣を渡してくる。
「では、はじめ!」
グラスドールが体を半身に引き、片手で剣を握り俺に正対する。
盾を持っていないグラスドールの構えを初めて見た。
俺はそれに対し、両手でしっかりと持ち、正眼に構える。
「ふむ。そう言えば、ラフエルと剣を交えるのは、これが初めてだな」
「私は魔法使いで、グラスドール先輩は騎士ですから」
「そうか、こういう機会でもなければ、剣を合わせることもなかったか。ならば、良い機会だなっ!」
グラスドールが一歩踏み込むと同時に、速度を重視したの、かさほど力を入れず上から振り下ろしてくる。
俺はそれに対し、木剣を両手で振り上げ、グラスドールの木剣をかちあげようとする。
(どうする?爆ぜを使うか?でも木剣だとまずいか?)
その一瞬の逡巡の間に、かち上げようとした俺の剣に衝撃が走る。
グラスドールが躊躇無く爆ぜを使ってきた。
(そっちがその気なら)
爆ぜを食らった衝撃を利用し、半歩下がりつつそのまま体を回転させて、その勢いをグラスドールの木剣にぶつける。
グラスドールの木剣が跳ね上げられ、俺はさらに一歩踏み込んで突きを放つ。
しかし、グラスドールはそれを見越していたかのように上半身を反らせ、さらに元々下げ気味だった重心から、一歩後ろに下がり俺の突きを避ける。
「思っていたとおりだ。ラフエル、お前は魔法使いでありながら、剣も騎士としてなら中級……いや、上級と言っても過言ではあるまい」
「それは、買いかぶりすぎです。グラスドール先輩っ!」
俺は気持ちを集中し、わざと少しゆっくり木剣をグラスドールの木剣に這わせる。
「む?」
グラスドールの体に流れる魔力が、木剣を伝わり放出されるその瞬間、その魔力をこちらに誘導して掴み、思いっきり引き寄せる。
「ぬ!?」
引っ張られまいと重心を後ろに移した瞬間、俺が掴んでいた魔力を離すと、グラスドールが僅かにバランスを崩し、上体が泳ぐ。
「そこ!」
バランスを失い、重心が完全に後ろに引いた左足に乗っている。
避けられないはずだった。
だが、俺の木剣は空を切った。
信じられないことに、グラスドールは体勢を立て直すどころか、そのまま仰け反るように倒れ込み、俺の木剣を躱すと、信じられない体勢から木剣を切り上げてきた。
「そこまで!」
サリアのかけ声でグラスドールの剣がぴたりと俺の喉元で止まる。
「ま、参りました」
「む!?」
グラスドールが気の抜けた声を出した瞬間、剣を止めた体勢のまま、背中から地面にどさりと倒れ込む。
「今のは何ですか!」「今のは何なのだ!」
俺とグラスドールがほぼ同時に声を上げる。
ただの実力を見るための手合わせではあるが、勝ったというのにグラスドールの表情は浮かない物になっている。
とりあえずグラスドールに手を貸して、立たせると、服に付いたホコリを払ってやる。
「そんな物はいい。さっきのあれは何なのだ」
「あれってなんですか?それより、グラスドール先輩のあの動き、あれはどうやってるんですか?」
「あれというのは、あれだ、剣をその、ぐいっと引っ張ってとーんっと離した奴だ」
「ふむ、二人とも魔力を、面白い使い方をするのだな」
サリアが手を叩きながらやってくる。
「そうだな、少し休憩しよう」
また出張で時間が開いてしまいます......申し訳ありません。




