6章6話 使徒
(くそっ、また失敗か!)
そう思った瞬間、障壁にかかっていた圧力が消える。
耐えるために踏ん張っていたため、支えを失ったようにバランスを崩しそうになる。
「何してるの!あきらめるな!」
ローズの声だ。
顔を上げると、ローズが黒竜の首付近を切り裂いている。
黒い霧が消えたこともあり、先輩とその騎士達が、前足をついて剣が届く距離になった黒竜の腹を切り、グラスドールなどは、光刃で黒竜の角を1本切り落としている。
おおぉ!
俺は急いで加勢すべく、観客席の縁に手を突いて飛び降りようとする。
「いっつ!」
右手をついた瞬間、強い激痛に襲われる。
見ると、指先が第二間接まで、ドス黒く染まっている。まるで鬱血した血がそのまま皮膚の下で固まってしまったかのように。
とりあえず今は考えないようにし、飛び降りると、ローズやグラスドールの騎士達に、左手で疲労回復や防御障壁の張り直しを行う。
「ラフエルか!助かるぞ…む?」
「あんたそれ大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫です。まずは目の前の障害を排除しましょう」
「む、そうか。そうだな」
「はぁ、あんたに怪我でもされると、私がハインにどやされるのよ」
ローズは小言をいい、グラスドールは俺の右手を見て何かいいたそうだったが、まずは俺の言葉に従うことにしたようだ。
「それで、どうするのよ」
「黒竜のやっかいな部分は二つ有り、最大の障害は常時身に纏う黒い霧です。あれは剣も魔法も無効化する、とてもやっかいなものです。初めて戦ったときはそれでとても苦労――――」
「あんなのと前にも戦ったことがあるのか!?」
グラスドールが驚いたように、一瞬こちらに目線を送りながら言う。
「あ、いえ、戦ったことは無い、はずですが……昔読んだ本にそう書いてあったんですね、多分」
一瞬初めて戦ったときの映像が、脳内にフラッシュバックされた気がした。
それで思わず口をついて出てしまったが、生まれてこの方、本物の竜と呼ばれる生き物とは、戦うどころか姿すら見たことがない。
「でも、その黒い霧は今は無いみたいだけど」
「はい。最初の魔法で削り落としました。そしてもう一つやっかいなのが……来ます!」
黒竜のブレスを、今度はしっかりと障壁を展開し、角度も付けて受け流す。右手のしびれは収まらないが、無視してアプロテから貰った力を流し込み強制的に動かす。
「障壁はなくなり、ローズさんとグラスドール先輩による攻撃で体力が減り、ブレス自体の威力もだいぶ下がっています」
「ということは」
「やれます」
「よし!」
グラスドールが配下の騎士に号令し、隊列を組み前にでる。
「ダッソン!下がってないで前に出なさい!」
俺の言葉を受け、ローズが被害が及ばないように下げていた(下がっていた?)ダッソンに命令する。
「あ〜、手当はずんで下さいよ〜」
ダッソンとその他の部下達が、嫌々ながら前に出てくる。
「部隊は整ったわ。あんたが主役なんだから、頼んだわよ」
ローズが部下と黒竜に向けて駆けていく。
俺はローズとその部下に防御魔法をかけ、護身用兼お守りとして持ってきていたハインラットの短剣を引き抜き、魔力を流し込む。
短剣は俺の魔力に呼応するように、青白い光を放つ刀身を延ばす。
良し。行ける。
グラスドール達が盾を前に構え、声を上げて黒竜の気を引き、その隙を逃さずローズ達が切りかかり、すぐに距離を取る。
そこに、グラスドール達が魔力を込めた光刃を飛ばす。
黒竜の鱗それ自体はそこそこの防御力を持っている。だが、今黒竜を攻撃しているのは、この国でも指折りの猛者だ。
視界外からの攻撃に苛立ったのか、黒竜が全方位に尻尾を振り回すが、その大げさな動きではグラスドールやローズを捕らえることは出来ない。
怒りが頂点に達したのか、黒竜が又息を吸い込むために動きを止める。
「今だ!」
身体強化で飛び上がると同時に、風の魔法で体を加速させて黒竜の頭上へ躍り出る。
その俺の動きに脅威を感じたのか、ブレスの照準をグラスドール達から俺に変える。
「いっけぇぇ!」
風魔法で方向転換し、さらに地属性の魔法で重力を強くして、落下速度を上げる。
俺は竜の頭に激突した勢いそのままに、短剣の刃を深く突き立てると、鱗を割って肉に食い込む感触が手に伝わる。
「還れ!」
手の中の短剣に魔力を叩き込むように送ると、その刀身から写し身のように幻の刀身が現れ、実剣が割った外皮から、一気に黒竜の頭部を貫き通す。
青白い刀身が黒竜の顎の下から飛び出し、同時に、盛大にほぼ黒にしか見えないドス黒い赤い血が吹き出す。
黒竜が激しく咆哮したと思うと、その口から血と黒い瘴気の様な物が混じった物を吐き出し、一瞬体を震えさせると、そのまま地面に盛大に倒れ込む。
黒竜の死を確認するかのように、コロシアムが静寂に包まれる。
一瞬の後、その反動で爆発したのか、コロシアム全体が振動するかのような歓声に包まれる。
「やった!やったぞ!」「助かった!」「神よ!」「勇者だ!」「英雄だ!」
死を覚悟した反動だろうか、人々の表情に熱狂的な熱が入る。
「まだだ!」
光の矢を一本作り、横たわる黒竜の陰で魔力を練っている人物に向けて飛ばす。
「ぐああ!」
俺のはなった光の矢を受け流そうと、あわてて練っていた魔力を障壁にしたが、受けきれなかったようで弾き飛ばされ、無様に地面にはいつくばるロムロス。
「くっ、たかが加護を受けた程度の人間が……貴様、何者だ」
よろよろと立ち上がりながら、それでもなお敵意をこちらに向けてくる。
「多分、私も使徒、なのだと思う」
「多分、だと?……そんな、あやふやな使徒など、いるものか!」
怒りにまかせ魔法を放ってくるのだが、そこにはもうあまり力など無く、左手に纏わせた魔力だけで軽く弾く事が出来た。
それでもまだ魔力を練り続けるロムロス。
「そんな事はどうでもいい。降伏しろ、ロムロス。さもなければここで公開処刑になるだけだぞ」
「はっ、はは!異端者を火炙りにするような教会に、降伏など!」
また俺の光の矢とは真逆の、黒い矢を飛ばしてくるロムロス。だが、これにも力が無く、簡単に弾く。
「それはロウレスの信徒がやってきた事を思えば、仕方がないだろう」
一瞬頭に過去の映像が流れたかのようなイメージが走り、思わず口をついて出る。ロウレスの信徒がやったこと?なんだ?
「我らが相容れることなどあり得ないのだよ」
ロムロスがまた魔法を放ったかと思うと、今度は俺とロムロスの丁度中間地点で爆炎が広がり、一瞬視界からロムロスが消える。
その瞬間、少し強い魔法の発動を関知する。
「ロムロス!させるか!」
俺は一気に魔力を短剣に流し込むと、跳躍し、魔力を感じた部分をなぎ払う。
「うっぐっ!」
ロムロスのうめき声と、何かを切ったらしい感触。
だが、ロムロスのいた付近に着地したとき、そこにロムロスの姿はなく、残っていたのは魔力の残滓と、切り落とされた、人の左腕だけだった。
ロムロスが本当に練っていた魔法は、恐らく転移魔法だったのだ。あの力のない黒い矢は、囮だったのか……くそっ!
「やったの?」
ローズが後ろから、あまり期待していないような雰囲気で声をかけてくる。
「いえ、逃がしました……すいません、完全に追いつめたつもりでいました」
「竜を二匹も準備するような奴だもの、失敗したときの隠し玉ぐらい持ってると思うべきだわ」
「はい。次は、絶対に逃がしません」
「……所で、ラフエル坊ちゃん」
「あ〜、はい。そうです。すいません」
身分を偽っていたことに対しての謝罪のつもりだった。
「それはいいんだけど、なんかあんた、急に背が伸びてない?」
「え?」
言われてみると、何となく視界が高くなっている気がしないでもない。
「ラ、ラフ?ラフだよね?」
アプトの声がしたので思わず振り向くと、そこにはアプトだけではなく、タルーニャやアイラ、元兵士達、それに、アプロテがいた。
あれ、アプトが頭一つは小さいような?というか、タルーニャより背が高くなってる??
「あれ、背が、高くなってる……」
「そりゃそうよ。私から渡した力で、器が受け止めきれないから、許容できる範囲まで大きくなったのよ」
「大きくなったのよって……でも、やっぱりアプロテ様は縮みましたよね」
「仕方ないでしょ!あなたに力を渡しすぎたのよ!」
「お返ししましょう、か?」
「そのままでいいわ。元々あなたが持っているはずだったものよ」
元々持っていたもの……元いた世界では、こんな力持っていなかったけどなぁ。
「おい、ラフ!どうなったんだ!?」
グラスドール先輩が、少し乱れた金髪をかき揚げながら、状況が分からないと話に入ってくる。ちっ、乱れた髪がセクシーだなくそ。
「グラスドール先輩、黒竜を倒し、異教徒の司祭を撃退したと勝ちどきを上げて下さい」
「む?それはすべてお前がやったことではないか。ラフ。お前がやるべきだ」
「そうしたいのは山々なのですが、事情があり、あまり目立ちたくありません。あくまでメインで倒したのは、グラスドール先輩であり、私は補佐と言うことにして下さい」
「お前の功をかすめ取るようで、あまり気分の良いものではないな」
「この恩は必ず返しますので」
「む……良かろう」
グラスドール先輩が、横たわる黒竜の頭の前に立ち、剣を掲げる。
「黒竜とロウレスの司祭を討ち取ったぞ!」
グラスドール先輩のこの言葉に、コロシアム全体がまた揺れるほどの歓声が上がる。
「良くやった!勇者グラスドールよ!後で褒美を取らす!」
国王が大袈裟に宣言し、横にいたお姫様が顔を上気させてグラスドールを見ている。あ、フラグ立ったな。
だが、ほとんどすべての人間がグラスドールに注目する中、教皇だけは俺の方をじっと見つめていたかと思うと、一人の使用人が俺に駆け寄り、そっと耳打ちする。
「教皇様が内々に話があるので、後で都合の良い時間にお会いしたいそうです」
俺はすぐに返事が出来ず、少し休んだ後お返事しますと答えた。
とにかく今は、休みたかった。




