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3章2話 権力の使い方

 鞄の中から洗濯する物を分けたり、寮に入った際に必要な物をまとめたりしていると、扉をノックする音がする。


「はい、どうぞ」


 返事をすると、少し怒ったような顔をしたトラムが中に入ってくる。


「どうしたの?」

「どうしたのではありません、ラフ様。何ですかこの部屋は」


 あぁ、ウェンデールでアプトが受けた仕打ちをみた、俺と同じようなことを思っているらしい。ひどい仕打ちだと。


「まぁ、明日には寮に入るようだし、アプトと一緒の部屋だしね。そこまで不便は無いかと思って」

「そういう問題ではありません!」

「少し外で話そうか」


 俺は激高してやばいことを口走りそうなトラムを連れて外に出る。


「何故本当のことを仰られないのですか。一言仰っていただければ、すぐにでも待遇を改善させます」

「それも考えたんだ。でもね、今の僕は王子ではないし、アプトにばれたくないっていうのもあるけど、むやみに権力を行使するのも好きじゃない」

「ですが、ラフ・ド・ウェンデール様だとしても、この扱いは、憤りを覚えます」


 あぁ、トラムが怒っている理由がわかった。

 俺が雑な扱いを受けているから怒っている訳ではなく(それが無いとは言わないが)、トラムはウェンデール家に仕える者として、受けた扱いに憤慨をしているのだ。


「……なるほど。それは考えもしなかった。確かにウェンデール家の者として抗議する必要があると思う。何か考えてみます」


 この言葉に、トラムの眉間の皺が和らぐ。


「ありがとうございます」


「ラフ、大丈夫?」


 アプトが部屋に戻ってきた俺に心配そうな声をかけてくる。


「少しだけ問題があっただけだよ。本当に少しだけ」

「別々の部屋にならないんだったら、いいや」


 そう言ってにこっと笑うアプト。

 最近少し伸びてきた髪が傾きかけた窓からの光できれいに輝く。

 この笑顔が見られることに幸せを感じると共に、少しだけ、いつまで一緒にいられるのか不安を感じる。


 俺はこの問題をどう解決するか、少し悩んでいた。

 ウェンデールと、ガナル。

 帝国との戦争時、ウェンデール家は武勲を上げ、ガナル家は大きな失敗はしなかったが、積極的な動きもしなかった。

 ウェンデール家はポラルトにとって重要な地位に就き、ガナル家は何も無し。

 当たり前と言えば当たり前の話だったのだが、どうもそれでウェンデール家に八つ当たりのようなやっかみがあるらしい。


 今ここで俺の正体をこっそり明かすのは、簡単だ。

 だが、それでは問題は解決しない。


 俺は紙を取り出して一筆認めると、ポラルトの刻印がしてある封筒を取り出して中に入れ、鞄の奥、隠しに入れてある指輪を取り出す。


「何それ?」

「手紙を書いてるんだ。アプトもどう?」


 少し恥ずかしがる振りをして、指輪は隠す。


「あ、書く書く」


 アプトが手紙を書き始めるのを確認して、こっそりと封筒に指輪で封蝋する。

 俺は使用人を呼ぶと、封書を渡し、ホールトンへすぐに届けてくれるようお願いする。

 ホールトンは曲がりなりにも領事なのだから、この封書の意味に気がつくはずだ。


「出来た」


 しばらくして、アプトが母への手紙を書き上げたようで、封筒に入れて可愛らしい鳥の絵が就いた印で封蝋をする。以前誕生日に俺がプレゼントしたものだ。


「ねぇラフ、手紙って、どこで出せばいいんだろう?」

「領事館からの書類と一緒に運んで貰えるよ」

「い、いいの?」


 大丈夫だからと手紙を受け取り、また使用人を呼ぼうと扉を開けようとしたとき、不意に扉をノックされる。


「あぁ、ホールトンです」

「お入り下さい」


 扉を開けると、最初に出会ったときとは違う、少し戸惑うようなそれでいて柔和な表情を作ろうと苦労しているような、微妙な表情のホールトンが部屋の中に入ってくる。


「何かご用でしょうか」


 俺は解っているのに知らない振りをする。


「なんと言いますか、手違いがあったようで、本当に案内する予定だった部屋に案内させていただこうと思いまして」


 両手の置き場に困っているのか、胸の前閉じたり開いたりしている。


「お持ちします」


 俺とアプトが荷物を運ぼうとしていると、使用人が有無を言わさず荷物を取り、運んでいく。


「では、また夕食の時に」


 ホールトンは退出していき、俺たちは使用人の後をついて行く。


「こちらです」


 案内された部屋は、領事館の3階にある貴族用の客室だった。

 場合によっては王族も使用するため、それに合わせた部屋の一つと言ったところだろう。


「別にさっきの部屋でも良かったのに」


 なぜか少し残念そうなアプト。


「部屋が広いと落ち着かないし、ラフと距離も感じるし……」


 もう本当にアプトは可愛くて困るし。部屋が広いからって離れなくてもいいんだよ。


「……ラフ、なんか怖い」


 距離を積めようと近寄ったら、表情が悪かったのか少し怯えられた。

 うん、もう少し大きくなってからにしよう。



 しばらく休んでいると、使用人が夕食の用意が出来たと知らせてきた。

 俺とアプトは旅で汚れた服を脱ぎ、少し小綺麗な服装に着替えて、迎えに来た使用人の後に続く。


「こちらです」


 使用人が2階の1室の扉を開け、俺とアプトを通す。

 中はそれほど広くはないものの、手の込んだガラスのシャンデリアや、毛足の長い絨毯などから、そこそこ位の高い者を迎え入れる部屋であることが伺える。

 そんな部屋に長めの机に白いテーブルクロスが引かれ、その上にはスープや鳥の丸焼きに焼きたての香りがするパンなど、食欲をそそる品々が並べられていた。


「さぁ、好きなだけ食べなさい」


 出会ったときの態度からは想像もできない笑顔で、食事を勧められる。 先ほど渡した手紙の効果がありすぎて、少し不気味だ。


「……どうしたんだろうね」


 アプトが不審がって小声で話しかけてくる。

 先ほどの手紙には大したことは書いていなかった。

 だが、王家の刻印が入った封筒に、封蝋に使った印も王家の紋章だ。

 そして中の手紙には「私の友人であるアプトとラフ・ド・ウェンデールが、初めての教都で困らぬようホールトン殿にご助力願いたい」と書いただけなのだ。ラフエル・ド・ポラルトとして。 


 刻印の封筒に王家の印。そして自筆でホールトンと名指しで名前も入っている。

 少しでも目端の効くものなら、アプトと俺を通して、ポラルトでの自分を売り込む一つの方法と見るだろう。


「格別な待遇、ありがとうございます」

「なに、大したことはない。ラフ殿とアプト殿は、ここを我が家のように思って貰って良いのだぞ」


 本当に気持ちいいほどの豹変ぶりだ。


「なんでも、ラフ殿はウェンデール家の3男で、魔法で身を立てようとされているとか。我も同じ3男でな、引き継ぐ土地などもない身。似たような境遇なれば、ラフ殿には期待しておるのだよ」

「ありがとうございます」


 食事が進む中、ホールトンは上機嫌でいろいろな情報をもたらしてくれた。

 曰く、

 ポラルトは歴史のある国だが教都での影響力は弱いとか、

 今一番勢いがあるのはポートヴェイルだがやり方が下品で好かないとか、

 そのポートヴェイル家の者が父神騎士団の団長だとか、

 現教皇は結構な歳なので、数年以内には教皇を選ぶ選挙も行われるだろうとか、

 現教皇の息子も魔法学校に入学したとか、

 パルウェアの王子も魔法学校におり中級だとか、

 ポートヴェイル家の長男も騎士学校に入って上級だが、実力より金で買ったとか。


 ホールトンは領事としての仕事を確実にこなしているようだ。情報をべらべら喋るのは何だが、こちらが一言聞きたいことを言えば、即座に引き出しから答えが返ってきた。

 嫌な奴ではあるが、無能ではないようだ。


 その日はたらふくご飯を食べ、ゆったりとしたお風呂にも入り(当然一緒にね!)、どこまでも埋まっていきそうなベッドにくるまって、ゆっくりと休みを取った。


 翌日、学校に向かうべくトラムに案内をお願いしようとしたところ、ホールトンが「領事館の馬車を使いなさい」と、4頭立ての豪華な馬車を用意していた。

 いや、町中少し移動するだけの予定なのに……


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