3章1話 初めての教都
教都アドレア。
英雄王カーンが神のお告げにより起こした国で、その教えを広めることを国の方針としている。
「ラフ、すごく大きいね」
ウェンデールを発って6日。ようやく目的地が見えてきた。
だんだんとアドレアの城壁に近づくにつれ、遠近感がおかしくなりそうな、高さがある堅牢な城壁が視界いっぱいに広がってくる。
「ポラルトの城壁でも大きく感じたけど、教都のはなんか少し威圧感すらあるね」
城門へたどり着く前に、中へ入るための検問渋滞に巻き込まれる。
馬車に荷物を満載した商人や、ただの観光や仕事を探しに来たような者もいるようだ。
特に目立つのは巡礼者の1団で、頭から足まですっぽりと元は白かったと思われる、薄茶色に汚れたローブをまとった者が、大小さまざまな集団となってそこかしこに見られた。
「こちらへはどのような理由で?」
決まりきった文句なのだろう、別段何の感情も乗せずに門番が前を行くトラムに声をかける。
「教都の学校に入学するためです」
トラムがそう答えながら、必要な書類などを見せている。
おそらく、書類の内容を確認するためにこちらをみたのだろう、門番と目があったので、アプトと愛想良く手を振っておく。
「通って下さい」
門番は特にこちらに反応も見せず、早く通れとでも言うように手を振る。
俺はともかく可愛いアプトに手を振られて無反応とは!と思ったが、なにぶん1日で相手をする数が多すぎるのだろう、疲れているのだ。
4頭立ての馬車が並んで通れそうなほどの門を抜けると、広場になっている市街地に入る。
「すごいお店がいっぱい出てるね!」
アプトは思いついた感想をそのまま口にする。
だが俺の第1印象も、同じような物だった。
時間は夕方にさしかかったあたりで、夕飯の買い出しに来ている人もいるのだろう、大変活気があるように見える。
「そうだね、人口が多いから、こんな物なのかも知れないけど」
きょろきょろ見ていると、馬車が急に減速して停止する。
「こら!危ないだろ!」
御者が怒鳴る声につられ、窓から顔を出して前を見ようとすると、突然花が顔の前に突き出される。
「ねぇ!これ買ってよ!」
俺よりも年下と思われる、汚れた服を着た少女がどこかで摘んできたのだろう、花を何本か束にした物をこちらにつきだしていた。
どうも物売りの子供が飛び出してきたらしい。
「あー、えーっと、いくらかな?」
「銅貨1枚!!」
商品が売れる期待感だろう、花売りの少女が顔を輝かせて答える。
俺もそれぐらいならと、ポラルトを出るときに持たされた自分用の財布から銅貨を1枚取り出す。
「はい。これでいいかな?」
「坊ちゃん、いけません!」
銅貨を少女に手渡そうとしたとき、馬車の前で道をあけていたトラムが叫ぶ。
俺は何のことかわからずにいると、少し遠巻きにしていたらしい子供達が、一斉に馬車めがけて詰め寄ってきた。
「これ買ってよ!」
「おいしいよ!」
「お守り買ってよ!」
「お店より安いよ!」
あっという間に取り囲まれた馬車は、身動きがとれなくなる。
あぁ、しまった。そういうことか。
軽率なことをしてしまった。
「ガキども!これを見ろ!」
どうしたものかと悩んでいると、トラムがなにやら叫んで右手を上げている。よく見ると、指先に銅貨が数枚握られている。
馬車に殺到した子供達の視線が、一斉にトラムの指先に集中する。
「そらっ!取ってこい!」
そう言ってトラムは手に握った銅貨を、人の少ない広場へ放り投げる。 子供達は我先にと、銅貨が地面に落ちるより早く走り出す。
「今の内に!」
御者が馬に鞭を入れ、馬車がまた進み出す。
「ラフ様、お気をつけ下さい」
「ごめん、トラム」
俺が素直に謝ると、トラムは少し笑いながらまた馬車を先導する。
「びっくりしたね、ラフ」
「うん。僕もびっくりした。ポラルトだとこんな事見たこと無かったから」
「そうだよね、教会に行けばご飯も服も貰えるし、望めば仕事だってあるから、こんな事しなくても良いはずなのに」
俺もそれは考えていた。でも、きっと教都は人が多すぎるから、老神教会の許容量を越えてしまっているのだろう。
馬車は第2の城壁でまた検問を受ける。最初の城壁と比べ人が減り、巡礼者の一部や、明らかに貴族系の人々しか見かけない。
最初の城壁入ってすぐの、お店や一般市民が暮らす場所を、第3区と呼んでいた。そして今通っているのが、教会や高級なお店や住宅などがある第2区。
3区と比べると明らかに人が少なく、出店などもない。
そして3つ目の城壁で、並ぶこともなく検問を受けて中へ入る。
そこは今までの場所とは明らかに異なり、出歩いている人は制服などを着た使用人風の人たちばかりで、主立った住人は馬車を使用しているようだった。
第1区。ここの住人は、貴族であり、教会圏各国の領事館もここに建てられていた。この先の城壁を越えると、そこにはお城と聖家族教会の本山があるだけだった。
馬車が一軒の建物の前に止まる。二階建てのシンプルな作りをした建物だが、門に使われている鉄の装飾や、よく手入れの行き届いた庭など、見た目よりお金がかかっているのが見て取れた。
「ここはポラルトの領事館になります。我々は騎士団に顔を出したり、手続きを済ませて参りますので、ラフ様とアプト様は、お疲れでしょうしこちらでお休みになっていて下さい」
トラムとセコイエが馬に乗ったまま去ると、御者が馬車の後ろに積まれた荷物を下ろし始める。
俺とアプトが自分の荷物を運ぼうとすると、御者が慌てて「私がやりますので」と困った顔をしている。
すると門の横に立てられた小さい小屋から、門衛らしき人物が出てくる。
門衛なのに、門の前に立っていないことに少し驚いたが、次の言葉にさらに驚くことになる。
「ウェンデールの者か」
相手が御者とは言え、門衛がウェンデール家の者に問いかける言葉としては、不適切と言わざるを得ない。
「はい、ラフ様とアプト様をお連れしました。領事にお取り次ぎをお願いしたいのですが」
「うむ、少し待ちなさい」
俺はこの門衛の不遜な態度が気に入らなかった。
確かにここはポラルトの領事館であり、ウェンデール家は立場的に指示などを受ける立場にあるため、下にはなる。
だが、それはポラルトという国からの指示であり、この領事館自体の立場が上な訳ではないのだ。
何か言ってやろうか悩んでいると、建物の扉が開き、中から40代と思われる、きっちりと折り目がついた服を着て、口ひげを生やした中肉中背の男が出てくる。
「私はここの領事をしている、ホールトン・ド・ガナルである。遠路ご苦労であった。今宵はゆっくり休まれるが良かろう」
この男の態度の端々からも、門衛とは比べものにならない尊大な空気を感じる。上が上だと下がああなるわけだ。
確かガナルと言えば、ポラルトの東にあるさほど大きくない領地だ。
おそらくそこの次男とか3男だろう。
「ん?ワシの顔に何かついているのか?」
「あー、いえ」
何か言ってやろうかと考えたのだが、こんな事でアプトに身分がばれるのも嫌だったため、ついホールトンの顔を睨んだまま黙ってしまったのだ。
「ふん。そんなに畏まらんでも良いぞ。どうせお前らは明日にも寮に入るのだからな」
俺の目線が気に入らなかったのか、本当に畏まっていると思ったのかはわからないが、ホールトンは興味を無くしたように建物に戻っていった。
「なんか、怖そうな人だね」
「大丈夫だよ」
俺とアプトは、やっぱり自分の荷物は自分で運ぶと、恐縮する御者からトランクを受け取り、建物の中に入る。
中は外よりも華美な印象を受けた。
エントランスには裸婦の彫像と、東の国で作られたらしい派手な大きい壷などがあり、何故か領事の肖像画が飾られていた。
普通こういう所に飾るのは、国王の肖像画じゃないだろうか。
「こちらです」
使用人が1階の奥にある一つの部屋に俺とアプトを案内する。
中を見ると、簡易ベッドが二つに、小さい窓が一つの簡易な部屋だ。
簡単に言えば、ウェンデールでアプトが使用人に勝手に案内されたあの部屋を、2人用にした感じである。
「またこれか」
「え、でも、二人一緒だから前よりいい部屋だよ」
俺が部屋に落胆していると、アプトが笑顔で訂正する。
それを見て俺も少し考え直す。
確かにこっちの世界で俺は王子様だ。3番目だが、それでも普通の市民から比べれば格段に幸せな生活を送れている。
俺が贅沢に慣れてしまったのかなぁ。
明日からの寮生活もあるし、これぐらいで文句を言うのは間違っている気もしてきた。
そうだ、アプトと二人でいられる。まずはその事を喜ぼう。
「そうだね。長旅で疲れたし、今日はゆっくりしようか」




