2勝4話 憐れみを持って
「なぜ馬車が出せないんだ!」
旅装の冒険者風の男が、宿屋1階の酒場の主人に食ってかかっている。
俺とアプトは、教都へ向かう途中の宿屋で、食事をとっていた。本来なら泊まる予定のない小さな宿場町に、護衛の騎士二人と御者の併せて5人で足止めされていた。
「昨日までの雨で川が氾濫して道が通れなくなってまして」
「今日は朝から降って無いじゃないか!」
「そう言われましても、水が引くには今日中はかかります。割引きしておきますから、どうか今日は押さえて下さい」
「しかし、なんとしても今日中にはウェンデールに行かねばならないんだ!」
客の無茶な言い分に、乗り合い馬車の受付もしているらしいマスターも、困った顔をしている。
本当なら俺たちも、この先の少し大きめの町で宿泊する予定だったのだ。
「くそっ!」
男は忌々しそうに酒場のイスを蹴飛ばして、宿泊する部屋のある二階へ上がっていく。
「なんか怖いね」蹴飛ばされたイスの音にアプトが驚いて首をすくめる。
「そうだね、3日前から通れないみたいだから、大分イライラが募ってるんじゃないかな」
護衛の騎士がちらりとこちらを見てくるが、大丈夫だという風に目で返事をしておく。この二人の騎士は俺がラフエルだと言うことを知っている。
「でも、怒っても仕方ないのに」
「まぁ、小さな宿場町だから、遊ぶ場所もないし、ね」
食事を終えると、やることもないのでアプトと二人で部屋に戻り、魔導書を開いて勉強をしたり、アプトにせがまれて、自分の知っている限りの知識で教都アドレアの話をして過ごした。当然自分は行ったことがないので、すべて旅行記とケリーとエトナから聞いた話だけなのだが。
それでも、うれしそうに話を聞くアプトに自分の知識を披露するのはとても楽しく、夜もあっという間に更けていった。
翌朝、前日の曇り空とは打って変わって、穏やかな春の日差しの中を馬車が出発する。
前世での車を知っている俺とっては、乗り心地は決して良くはなかった。だが、道は良く整備され、ふかふかのクッションが載った座席に衝撃を吸収する板バネがついた馬車。これ以上のものは望めなかった。
「良かったね、天気が良くなって」
アプトが馬車の窓から空を見上げて、少し涼しく感じる午前の風を受け気持ちよさそうにしている。
だが、俺はまだ少し寝たり無かった。馬車をまだ明け切らない早朝から出すためだろう、昨日の客が大声で怒鳴り散らしていたせいで、まだ少し眠かったのだ。
「はぁ、少し予定より遅れてしまったなぁ」
「いいんじゃないかな?大分余裕のある出発だったし、ね?」
ほとんど城壁の外へ出たことのないアプトは、ただの馬車での移動でもとても楽しそうにしている。
「そうだね」とあくびをかみ殺して答えつつ、この揺れの中で寝れるだろうかとうとうとしながら俺は考えていた。
「なんだろう、あれ」
アプトが馬車の窓から身を乗り出して、馬車が進む先をのぞき込んでいる。
「ねえねえ、ラフ。あれなんだろね?」
アプトに服を引っ張られて、俺も眠い目をこすりながら窓から外をのぞこうとすると、密着したアプトの髪から、良い匂いがする。
あ、これ、エトナと同じ匂いだ。そういえば、エトナに石鹸とか貰ったって言ってたなぁ。良い匂いだなぁ。このまま眠れたら幸せだなぁ。
「ねぇ、ラフ、ラフってば」
「え、あ、うん、そうだね」
あわててアプトが指す方向に目を凝らす。
初めはよく見えなかったが、よく見ていると進行方向の上空に、黒い鳥のような生き物が旋回している。
遠見の魔法を唱え、目の前に現れたスクリーンの拡大してぼやけた映像に手を入れ、徐々にピントを合わせる。
「鳥、じゃないよね?なんか尻尾が長いような?」
俺が作った映像を見ようと、顔をひっつけるようにしてのぞきこんでくる。
ほっぺたが柔らかいし、良い匂いだし、天国が近い。
「ラフ、映像がぼけすぎてよく見えないよ」
俺が意識をぶれさせたせいでぼけた映像を、アプトが手を入れて、ピントを合わせ直す。
「あぁ!これ、ケリー先生が言ってた、翼竜じゃない!?」
多分匂いからすると、アプトって甘い味がすると思うんだなぁ。幸せって近いところにあったんだなぁ。
「ねぇ、ラフ!さっきから変だよ!?」
「違うよ!当然の反応だよ!」
「え?」
「え?」
一瞬変な空気が流れたのを、咳払いで流して映像に注視する。
「確かに翼竜というか、ワイバーン、って奴かな?」
以前にケリーの魔物に関する授業で出てきた、竜の亜種というか、竜の下級ではなく、爬虫類の上級と言った分類だった記憶がある。
竜ではないのだが、姿形の特徴が似ているため、竜の一部と見なされることが多い。
尻尾が長いせいで体長5mと数字だけは大きくなるが、体だけを見れば2mほどで、細身な事もあって見た目はそこまで大きくは感じない。
「確か、生息地はもっと山の方だったはずだけど、何かを襲ってるのか?」
街道の先が森になっており、どうもその上空で旋回しながら、時折降下して何かに攻撃をしているようだ。
このまま接近して良いものか悩むが、何をしているのかとても気になる。
「何だあれは!」
悩んでいる間にも馬車は進み、肉眼でもワイバーンを確認できる距離にまで来たようで、御者が驚いたような声を上げる。
「ラフエ……ラフ様、前方に翼竜と思われる魔物を確認しました。危険が去るまで、待避した方がよいと思われます」
護衛騎士の2人のうち、年長のトラムが馬車に馬を寄せて提案してくる。
確かに安全を考えればそうなのだが、普段ならポラルトの北に連なる山から降りてくることも希なワイバーンが、なぜこんな所にいるのかがとても気になっていた。
そして、もし襲われているのが、ポラルトの国民ならば。
幸いなことに、ワイバーンは今ここにいる戦力で考えた場合、何とか出来ない敵ではない。
護衛の騎士2人の人選は、ゼレスの駄目なお父さんモードで行われたようで、トラムはバルター率いる騎士団の副隊長だし、もう一人の少し若い騎士セコイエも、かなりの腕があるのは馬の扱いからも見て取れた。前方にワイバーンがいるというのに、あわてた様子もなくトラムからの指示を待っている様子だ。
そんな二人が第三王子である俺のお守りって、どう思われてるかとても不安だったが、今となってはそれがありがたかった。
そしてアプトは火と土は中級に入り始めたばかりだったが、風と水は中級を越えて上級を目指す勢いだし、俺は全属性中級で火と土は威力だけなら上級とエトナに言われていた。
「トラム……さん、襲われているのが何か知りたいのと、もし人が襲われているなら何とかしたいと思います」
トラムが考えるような目で俺を見返してくる。うぅ、面倒くさい王子だなとか思われていないだろうか。
「わかりました」
トラムがセコイエに声をかけると、セコイエは馬に蹴りを入れ、速度を上げて先行する。
「ね、ねえ、ラフ、翼竜と戦うの?」
「まず、何が狙われているのか、だけど、場合によってはね」
俺たちが乗っている馬車も速度を上げる。出来ればこんな平地でワイバーンに襲われたくはないからだ。中に乗っている俺とアプトはともかく、ふきっさらしの御者代に座っている御者は、余りよい気分ではないだろう。
「ゆ、揺れるね」
「あんまり喋らないほうがいい。舌を噛むよ」
アプトが口を閉じてうなずき、心配そうに窓の外を見る。
馬車が速度をゆるめることなく、森の中へ続く街道へ入る。
そのかなり鬱蒼とした森は、街道以外はあまり手つかずになっているようで、街道から離れた場所は少し荒れた印象がある。
だが、逆にワイバーンからしても、こんな狭いところでは戦いにくいようで、森の中の獲物を攻め倦ねているようだ。
「副長!」
先行していたセコイエが戻ってくる。
「何があった」
「それが、今朝早くに出た乗り合い馬車が襲われているようで、この先の森の深い場所に待避しています」
トラムがちらりと俺の方を見てくるので、了解したという風に頷いておく。
このやりとりにアプトが変な顔をしているが、今は先を急ぎたいので何も言わずに馬車を進める。
「あそこです」
先行した騎士が示す方向を見ると、少し街道からはずれた場所に、柔らかい所に車輪を取られて傾いた馬車があり、その馬車を引いていたらしい馬が、血を流して倒れていた。
そしてさらに視線を奥にやると、重なり合うように生えている太い木の下に隠れるようにして、数人の人間が身を寄せ合っている。
昨日の夜に騒いでいた、冒険者風の男とその仲間だ。
こちらを見つけたのか、武装しているトラムたちを見て、しきりに手を振っている。
「何をしている!こっちだ!助けてくれ!」
男たちが騒ぐと、森の上を旋回していたワイバーンが咆哮を上げながら、街道を走るこちらの馬車に狙いを定めるように、首を持ち上げる。
やっぱり竜というより蛇みたいな鳴き声だ。
「馬車を脇に寄せて、木の陰へ!」
ワイバーンが、頭をしたに向けて滑空を開始する。
ワイバーンの位置と馬車が待避しようとしている場所を見て、どう考えても間に合わないと思った俺は、馬車から身を乗り出すと岩弾の魔法を、ろくに集中せずに放つ。
本当は高威力の物を撃ちたかったのだが、馬車の揺れが激しくとてもではないが魔法に集中できなかったのだ。
だが少しは効果があったようで、ワイバーンはそのままこちらに降りるのをやめ、また上空に戻って体勢を整え直しているようだ。
「アプト、僕が外へ出たら、馬車の周りに風と水の防御壁を張って欲しい」
馬車が木の横に待避すると、扉を開けて外に出ようとしたが、アプトが俺のローブを掴んで止める。
「ら、ラフはどこへ行くの!」
「このままワイバーンが上空にいる限り、何も出来ない。だから、倒してくる」
「え、大丈夫なの!?」
「あれは竜じゃない。ただの爬虫類さ」
「爬虫類?」何それと言いたそうなアプトを残し、俺は外へ飛び出し、木の間を抜けながらトラム達に合流する。
「ラフ様!馬車にお戻り下さい!」
「トラム!なぜこんな所にワイバーンがいるのか、原因は分かったか!」
戻れという言葉を無視し、王子としての言葉で叫ぶ。
「はっ!狙われているのはあそこにいる冒険者3人のようで、どうも何か持っているようです!」
俺の言葉に姿勢を正し返事をするトラム。アプトがいないから、演技をする必要もない。
「単刀直入に聞く。お前達は何者で、その後ろにある物は何だ」
実は少しイライラしていた。ワイバーンが襲っている物に目星がついたからだ。俺は馬車から飛び出すと同時に、広範囲に探知の魔法を使った。それで分かったのは、この森にいる人間はここに見える範囲の物だけで、大きい動物などは逃げ出していた。
この冒険者達の後ろにいる何か以外は。
「な、何とは何だ。お前に、そんな事を言う必要があるのか」
いきなり子供に誰何されたあげく、この状況を作っているらしい核心を突かれたせいか、冒険者3人に動揺走る。
「私は……私はこの地方を治めている領主の息子だ」
偽った身分を掲げてみて、相手の出方を伺ってみる。
だが、この選択はあまり良いものではなかったようで、目の前の男が目配せすると、いきなり抜刀して襲いかかってきた。
この冒険者3人の予想外の行動に、俺の反応がわずかに遅れたが、横にいたトラムが先頭で突っ込んできた男の剣を叩き落とし、そのまま首を切り落とす。そしてもう一人前に出ていた男も、セコイエに袈裟懸けで切り捨てられる。
「まて、一人は残せ!」
俺は目の前でいきなり問答無用で斬り殺された二人にあわてたが、最後の一人が杖を持ち上げたのを見て、圧縮した風の魔法で殴りつけるようにして、そのまま体を束縛する。
「後ろの袋に入っている物に注意しろ!」
もがいている最後の一人を、セコイエが縛り上げる。魔法使いらしい華奢な男が悲鳴を上げているが、意に介さずそのまま縛り上げている。うわ、縛られた部分が内出血している…・・容赦ないな。
「出来れば、その二人も生きてとらえたかったが」
「申し訳ありません。ですが、敵の技量も不明で、なによりラフエル様を狙っていました。すべてにおいて安全が優先されます」
「いや……すまない、責めるつもりはなかったんだ。良くやってくれました、ありがとう」
一人は捕らえる事が出来たのだし、この二人は職務を忠実に果たしただけなのだ。俺だってもしアプトが襲われたとしたら、敵の命は考慮する価値を持たないだろう。
「あぁ、いえ、お気になさらないで下さい。我々は職務を果たしたまでです」
俺の礼の言葉に驚いたような表情をし、あわてたように答えるトラム。
「さて、と。お前達の目的と、あの袋に入っている物を知りたい」
「……」
「答えが得られないなら、あの男にお前を引き渡さなければならないが」
この言葉は少し効果があったようで、後ろにいるトラムと切り捨てられた仲間の死体とを交互に見て怯えたような目をする
「も、目的は知らない」
「では、あれはなんだ」
「……卵だ」
「なるほど。そういうことか」
俺は張り出した木の根の間に置いてある袋に手をかけると、縛ってあるヒモをほどいて中を見る。
薄緑色の30cmほどの楕円をした球体。殻は堅く、ダチョウの卵のようだ。
だが、中から取り出そうとして、袋の底が湿っていることに気がつく。
「くそっ、割れてる……」
この卵をワイバーンに返してお帰り願おうと思ったが、それも出来ないようだ。
「依頼者は誰だ」
「ひっ!」
俺は湿った袋を縛られて寝かされている男の顔のすぐ横に落とす。
「わ、割れて」
「そうだね、もう孵らない。で、誰の依頼?」
「そ、それも知らないんだ!そこの男が儲け話があるとこの話を持ってきただけで、ワイバーンの目を欺くために俺の魔法が必要だからって……ウェンデールに運ぶって事以外、何も聞かされていないんだ!」
男が必死に汗を流して弁明しているのを見るに、嘘はついていないようだった。やっぱり殺したのはまずかったなぁ。
「トラム、この男は明日ウェンデールの警備の者に引き渡す」
「罪状はどうしましょうか」
「……はっきりとしたことは分かりませんが、本当はこのワイバーンをウェンデールに引き寄せようとしていた節があります。なので、罪状としては騒乱幇助あたりか……第三王子暗殺未遂、も追加しておいて下さい」
「はっ!」
「さて、と」
俺は重い腰を上げる。今からやることに気が進まないからだ。
てくてくと歩き、街道上、木が少し開けた地点で上を見上げるお、旋回していたワイバーンがこちらを見つけ、咆哮する。事情を知った今、その声が悲しく聞こえる。
だが、このまま野放しにするわけには行かない。人に危害を加えるようになるからだ。
「すまない」
ワイバーンに対する憐憫そうさせるのか、先ほどまで感じていた恐怖心が、まったく消えて無くなっていた。
また岩弾を作り上げると、今度は先ほどより念入りに魔力を込め形も整える。
ワイバーンがこちらを攻撃するために頭を下げ、滑空を開始する。
「ラフエル様!!」
俺が街道にいることに気がついたトラムが、叫びながらこちらに走ってくる。
俺はそのまま狙いを定め、圧縮した魔力を解き放つと、空気が破裂したような音とともに、岩弾が飛び出していく。
岩弾は狙い違わずワイバーンの頭を貫き、首の骨や脊椎を砕いて、貫通していく。
一瞬空中で体を振るわせたようにのたうつと、そのまま滑空した勢いそのままにこちらに落ちてきたので、風を操って街道の脇に落ちるように逸らせる。
「ラフエル様!無茶をしないで下さい!」
脇に落ちたワイバーンを警戒しながら、トラムが非難するような表情をする。
「あぁ、すまない」
だが、気分が落ち込んだ俺は、事後の処理をトラムに任せ、ウェンデールへ向かうように指示すると、馬車に戻るのだった。




