2勝3話 ゆりかごから外へ
8歳になった。
当初からの予定通り、アプトと魔法学校へ行くための準備を進めていたのだが、ここで問題が起こった。
ハインラットとエトナはついて来られないことが分かったのだ。
「何故なのです、ゼレス様。私はラフエル様第一の臣下。お側を離れることなど考えられません」
珍しくハインラットがゼレスに食い下がっている。
「お前のラフエルに対する忠節は分かっておる」
「それなら何故」
「ラフエルのためだ」
「ラフエル様の?」
二人の目が俺の方を向く。
「そうだ。ラフエルは子供の頃からエトナとハインラットに頼り切っている。このままでは自立出来ない可能性がある」
頼り切ってる、かなぁ。切ってるなぁ。
「しかし、いきなり教都に一人というのは、危険ではありませんか」
「そこは考えている。ラフエル、お前はアプトに王子だと言うことを隠しているそうだな」
「は、はい、その、王子だとばれたら、仲良くして貰えないかと思って……」
「それをそのまま利用する」
「利用、ですか?」
「そうだ。学校へ行ったらお前は、ラフエル・ド・ウェンデールと名乗り、ハインラットの甥として過ごすのだ」
あぁ、そう言うことか。貴族ではあるが、階位が下がったウェンデール家の外戚の末弟。
王子ならいろいろ利用価値もあるだろうが、先の失態も知れ渡っている。変に利用しようと近寄ってくる者もいないだろう。
「ラフエル様が私の甥、ですか」
ハインラットが考えるように俺の方をちらちらと見てくる。
あれ、なんか少しうれしそうだな。
「分かりました。ラフエル様のためと有れば仕方有りません」
くっ、もう少し粘ってくれよ……やっぱりアプトと二人かぁ。
「ラフエル様。もし何か困ったことが有れば、すぐに駆けつけます」
「……うん」
困ってから駆けつけるまで、何日掛かるんだよ。
こうして俺とアプトは、二人で教都の学校に向かうのだった。
「ラフエ……ラフ様、良い匂いがするからと言って、何でも食べてはいけませんよ」
出発の朝、二頭立ての馬車の前で、エトナが俺の少しずれた服を直しながら、名残惜しそうに俺の手を握る。
「うん」
「あと、他の人のスカートをめくったりしてはいけませんよ?」
「うん」
「あとは、え〜っと」
エトナが沈んだ顔をする俺を、元気づけようとしているのが伝わってくる。
「エトナ、ありがとう。がんばってくるよ」
無理矢理笑顔を作る。
「アプト、ラフ様のことをお願いしましたよ」
自分の荷物を馬車に運び込んだアプトが、俺の横に並ぶ。
「大丈夫だよエトナ先生、ラフは私なんかよりよっぽど物知りだから」
「そう、そうね、知識だけはその辺の大人よりよほどあるわね。でも、それだけじゃ駄目なのよ」
このエトナの言葉に、分からないと言うような顔をするアプト。
「アプトも不安だろうけど、がんばるのよ」
「はい、エトナ先生!」
この城ともしばらくお別れかと見上げると、2階の窓に人影があるのに気がついた。ゼレスとテテュスだ。いや、その隣の窓にミハイル、サラエル、イリスもいる。
テテュスとイリスが鼻水を垂らさんばかりに泣いている。
はぁ。明日から何があっても基本一人で解決しなければならない。
一応教都にはポラルトの外務館がある。だが、正体を隠している以上、おいそれと頼ることもはばかられる。
俺は少しだけ手を振って「行ってきます!」と大きな声で精一杯虚勢を張って馬車に乗り込んだ。
俺が手を振った方をアプトがちらりと見るが、馬車に素早く乗り込んだ俺を見てあわてて乗り込んでくる。
「誰に手を振っていたの?」
「ん、親しい使用人さ」
馬車が走り出す。後ろの方からエトナの声に混じって、イリスやテテュスの声が聞こえる。……ゼレスの声も混じってるな。
俺は寂しくなるから振り返ったりせず、馬車の座席に深く腰をかける。
と、城の門をくぐるとき、馬に乗った男が併走してくることに気がついた。
「ラフ様、これをお持ち下さい」
併走したまま、ハインラットが複雑な文様が刻まれた革の鞘に収まった短剣を渡してくる。
目を凝らしてみると、魔力を帯びていることが見て取れた。
「これは?」
「我が家に伝わる、守り刀です。言い伝えでは、主に危険が迫ると、鳴いて知らせるそうです」
「そんな物をいいの!?」
「私の代わりと、お思い下さい。お元気で!」
「ありがとう!ハインも、ハインも達者で!」
ハインが馬車か離れていく。
「ラフは皆から好かれてるね」
「……全部親の七光りだよ」
「それは違うよ。ラフは……ラフは誰に対しても優しいから」
少し複雑な顔で顔を赤くするアプト。
アプトに正体を隠していることに、少し罪悪感を覚える。
多分自分が王子と知ったら幻滅するだろうな……
こうして、俺は生まれ故郷であり、ある意味ぬるま湯であるポラルトを出て、教都アドレアへ向かうのだった。




