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2章2話 心細くて

「そういえばラフエル、来年はどっちの学校に進むんだ?」


 夕食の時、ミハイルが話しかけてきた。

 我が家は来客などや忙しい時をのぞき、出来るだけ家族で食事をとるように皆が心がけていた。


「おまえなら魔法使いとして十分にやっていけるだろうが、だからといって道は一つじゃないんだ。騎士としての道も悪くはないと思うぞ?

特に時と場合によってはお前が兵を率いて戦うこともあるかもしれない。何を学んでも悪いことはないはずだ」


 最初、ミハイルが何を言っているのか全く分からなかった。


「8歳になったら、学校があるのですか?」


 俺は7歳になっていた。


「なんだ、知らなかったのか。教会圏に住む貴族や才能のある子供は、教都にある騎士見習い学校か、魔法学校に通えるんだぞ」

「僕や兄さんも通ったんだよ」


 サラエルも話しに加わってくる。

 学校。俺には嫌な思いでしかなかった。班を作れと言われればあぶれ、遠足や修学旅行でも、結局一人だった。


「……エトナが教えてくれてるから」


 当時の記憶がよみがえり、頭の中にもやが掛かったようになる。


「確かに勉強だけならこのままでも学べる物は多いだろう。だがな、学校はそれだけじゃないぞ。同世代の貴族同士の顔つなぎの場でもある」

「難しく考えることはないよ。楽しんで勉強してくればいいんだよ」


 楽しむ……確かに前世での俺には高すぎるハードルと言えた。

 でも、今生ならどうか。いまだに剣ではハインラットにかすりもしないが、魔法なら中級をすべて納めているし、合成魔法もうまくいけるようになってきた。炎なら上級クラスの威力もあるはず。

 もっと自分に自信を持っていいのではないか。人より優位であれば、知らない人の前で上がらずにすむのではないか?


 いや、天狗になってはいけない。王子と言う時点で調子に乗ってしまいそうなのだ。人と比べてはいけない。


 自分がどれだけ自分を肯定できるか、だ。その中に言い訳を入れてはいけない。


「アプトは、一緒に行けるんでしょうか」


 だめだ。やっぱり一人は怖い。これぐらいのわがまま許してほしい……アプトといると、本当の自分を隠さなくてすむ。


「アプトは、あ〜、まだエトナの元で学んでもいいんじゃないか」


 ここでゼレスが会話に入ってくる。


「しかしお父様、アプトの魔法の力もかなりあります。学校で学ぶべきではないでしょうか」

「いや、それはそうなのだが、な」


 ゼレスがもごもごと言いにくそうにしている。

 なんだ?何が言いたいんだ?


「お父様はアプトの才能が他国に知れて、正式にうちの国の魔法使いになる前に、他国に取られることを恐れてるんだよ」


 サラエルがゼレスの苦しい思いを代弁する。


「アプトは将来お城に仕えることを夢見ています」

「必ずしもその城がこの国であると言う保証はあるまい」


 魔法使いは有能であればあるほど、扱いが難しいと言うことか。

 そりゃそうだ。自分の力をより認めてくれて、その対価を払ってくれる国へ行く。当然の権利だ。

 でも、アプトがお金だけでそんな事をするだろうか?……心情的にはしないと思いたいが、父親が亡くなって、母親と貧しい暮らしをしている現状を考えると……


「お父様、アプトに名誉階位を授けられないでしょうか?」


「……名誉階位か!確かに、実力が伴えばいずれ授与する予定であったが、なるほど、それならこの国の所属魔術師として送り出すことも可能だ」


 この教会圏で貴族階級を表すのは、伯爵や男爵と言ったものではなく、階位だった。

 通常ただの騎士や、何らかの勲功が有った者には1位が与えられる。

 そこから上がっていき、普通の者が目指せるのは5位まで。そこから先は、教会の騎士団長クラスや最高位の司祭等が6位、あとは教会圏各国を治める王が7位。

 そして、教会最高位、教皇は8位だった。


 あぁ、ちなみにミハイルは6位でサラエルと俺は5位を貰っていた。ただの権威付けでほとんど意味はないが。

 そうそう、男尊女卑の風潮が強いこの世界だが、イリスには4位が与えられていた。なので、アプトに階位を与えても問題はないはずだし、名誉階位は1位で継承も出来ず、実際何の権限もない。


 ただ、階位を与えた場合、その位に応じて給金も発生するため、そうそう与えられないのも事実では有ったが。


「もしお父様さえよければ、明日にでも話してみようかと思いますが」

「そうだな、確かに早い方がいいだろう。良く言ってくれた」


 翌日、剣術の稽古のためにお城にきたアプトに、この話を持ちかけてみた。


「えぇ!?僕なんかがそんな、貴族なんて……」


 驚いたと言うより、考えもしたことがないようで、少し怯えるように困っている。


「別に怖がる事なんて何もないよ。有能な人をお城に召し抱える時なんかに良くある手だよ」

「有能な人なんてそんな……僕なんてまだ中級始めたばかりだし……」

「心配しなくて大丈夫だよ。アプトは十分優秀だし、それに給金も増えるんだよ?」

「で、でも、僕まだ何も出来ないし」

「名誉階位はあくまでこのポラルトの所属だって意味だけで、いままでと何も変わらないよ。それに……」

「それに?」

「これを受けて貰えないと、来年から教都の魔法学校に行けなくなってしまうから」

「えぇ!?」


 学校という言葉に、さらに驚いたような顔をするアプト。


「学校って、ここでエトナ先生に教えて貰うだけじゃ駄目なの?」

「教都の魔法学校ではもっと高度な技術を教えて貰えるんだ。家族と離れるのは寂しいけど、僕の兄さんも通った学校らしいし」

「お兄さん?お兄さんも魔法使いだったの?」


 あ、しまった。アプトについて来て欲しいあまり、思わず口が滑った。


「あ、いや、兄さんは、魔法は使えないんだけど、その、普通の学校?に、ね」

「そうなんだ……ラフは行くの?」


 上目使いで聞いてくるその問いに、一瞬言葉が詰まる。君が来てくれれば。一人は嫌だ。


「そう、行かなきゃならない。アプトが階位の話を受けてくれないと、一人で、ね」

「そんなの嫌だよ!」


 俺が悲しい顔をして泣き落としをかけようとする前に、アプトが泣きそうな顔をする。あぁ、やめて、可愛い顔を曇らせないで。


「大丈夫、階位を受けても何も変わらないし、学校の話しも安心していいよ。僕が保証する」


 そういうと、アプトは考えるような表情になる。


「……わかった。でも、お母様に話をしてから、だけど」


 俺はアプトの母を安心させるため、階位を受けた際の給金の話もしておく。月に金貨1枚だ。親子二人が十分に暮らせる。

 この給金は階位毎に決まっているわけではない。

 将来の宮廷魔術師に払う給料としては安い気もするが、ポラルトも裕福ではない。来年学校に行ったとき、その授業料や生活費も国が持つのだ。妥当なラインだろう。


「まぁ!でも、この子が貴族なんて、そんな……」

「大丈夫です。僕が必ず守ります」


 本当は自分が不安だからついてきて欲しいなどとは言わないというか、言えない。


「そう、ね。確かにラフ君がいてくれるなら、安心かしらね」


 そう言って隣のアプトを意味ありげにのぞき込む。


「お、お母さん」


 アプトが顔を真っ赤にしてうつむいている。


 俺は未だにこの二人には王子だと言うことは隠していた。

 ただの貴族の三男坊で魔法使いとして修行中、と言うことにしている。

 もし王子だとばれたら、この家に遊びに来るのが難しくなるじゃないか。アプトのお母さんのご飯は、庶民的ながらとてもおいしいし。

 いや、本当はこの関係が壊れることが怖かったのだ。


 たまに騙しているような気がして、心が痛いが……

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