ロムティアの前世 ヒュリオス視点
「わ、私まだ(一応)レオンハルトと婚約してます…」
ピンク色の瞳を泳がせながら、ロムティアはそう言った。私が彼女の手を取るために差し出した手は宙を浮いている。どうにも寂しかったので手は引っ込めた。
周りの人間も、ロムティアの言葉に、確かに、と共感しているようだ。
どうやら私がおかしいらしい。…しかし、どう考えても円満な仲ではなさそうだったし、そもそも婚約破棄を宣言されている。そこから婚約破棄を破棄してはいるが、その婚約破棄の破棄に愛がないのであればそれは無効ではないのか。いや、無効にしたい、しなければならない。ロムティアは、国に尽くすためだけに王妃の座が必要だと考えて、義務的に婚約破棄を破棄した。そこに情愛なんてものは存在しない。多分、…絶対。
…それにしても、改めて、目の前にいるロムティア・ヴァンダルを見ると不思議な感じがしてならない。人間というのは、自分の欲が最優先ではなかったのか…?ロムティアは何の疑いもなく自分が国を支えるためにある体だと疑っていなかった。話の途中途中で、周りの人間もそれに気づいて、彼女の静かな異常さに一種の恐怖さえ感じていた。舞踏会中でロムティアについての囁きが聞こえたが、彼女にはそれが聞き取れていないようだった。
…やはり、ロムティア…マルガレーテは変わっていないようだ。
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マルガレーテと私は天界で世界を創造し、見守る創造神として生まれた。
彼女は今私たちのいるカンテェーレなどの国があるこの世界を創造し、私はまた別の世界を創造した。神にとって、世界を作り、見守ることは人間で言うペットを飼うようなもので、大切に甲斐甲斐しく育てる者もいれば、いつまで経っても石器時代から発展しない者もいる。マルガレーテと私がそのいい例だった。
「マルガレーテ。…調子はどうだ?」
私は雲の端で微風に揺れている、一つの大きな翼に向かって声をかける。すると、ピンク色の何とも愛らしい瞳と髪が私を照らす。
「あ、エンペリオン。そうね、今、人が600万人を超えたところ!もう少ししたら、少しサボってた大陸の続きをつくっておかないと!航海が始まった時に大変なことになってしまうわ。私の世界はあなたと違って平面だからいくらでも広げていけるから大変よ。そう言うあなたは?そもそも世界に生命生まれてる?」
「………」
「……嘘でしょ。1000年間で何をどうしたら生命も生まれずただの土地だけが広がるって言うのよ。綺麗な球体にできてはいるけれど…肝心の生命が産まれなきゃ何も始まらないじゃない」
「君の言うとおり種蒔きはしたんだが…」
「欠かさず水やりもした?」
「…あ。………すまない。せっかく種を分けてくれたのに…」
「そんなにしょげないでよ!ほら、また1から作り直そう?」
思えばこの頃から私は彼女に恋心を抱いていたのかもしれない。しかし、まだ恋を知らなかった私は彼女に近づくと頬を染めることくらいしかできなかった。彼女の横にいるだけでも満足だった。それでもそんな平穏な日々がずっと続いてほしいと願っていた。けれど、歪みは突然やってきた。
いつも通り、自分の世界の手入れをしていたマルガレーテが突然歌っていた陽気な鼻歌を止めた。
「どうした?」
彼女は滝のように汗を流し、声を荒げていった。
「歪んでしまったわ!」
それと同時に彼女は口から血を吐いた。彼女の背中に豊かに生えた翼の羽も、一つまた一つとちぎれていく。若かった私は何が起こったのか分からず、私たちよりものを知っている神のもとに、彼女を抱き抱えて行った。
「あぁ…彼女は世界を平面にしたんじゃな」
「世界が平面であることに何か問題が…?」
「平面の世界には永遠に終わりがない…有限でないからこそ、何者でもどんなものでもその世界に入り込むことができるのじゃ。たとえそれが、神自体の力を弱らせる歪み…邪気であってもじゃ。邪気が存在する限り、神の体は弱体化し続ける。決して死に至ることはないんじゃが、その世界を救うことはほぼ不可能。だから大概の神は歪みができてしまった世界は捨ててしまうんじゃ」
悪いことは言わないから、さっさとその世界への加護を放棄した方がいい、そう言い残して神は去っていった。
神が去った後、マルガレーテは体を震えさせながらも叩き起こして、焦点を虚にしながら立ちあがった。
「マルガレーテ…!起きたのか…体は平気か?気分は…」
「私の体はどうでもいいの!早く…!私の世界を守らなきゃ…!」
彼女の体はどう見てもボロボロで、すでに翼の半分は失われてしまった。私が止めるべきだったのに、私は彼女の気迫に押され、何も言うことができなかった。
「何を、する気なんだ」
神らしさもなく、彼女の腕に惨めにしがみつく私に、彼女は優しい目を向けながら言った。
「…もうこの世界は限界よ。勇者転生の儀式が行われるはず…私は彼の召喚に全てを賭ける…!あの世界は球体よ。歪みに対抗する力がきっと、彼にはあるわ」
「しかし、今の弱った体でそんなことをしてしまったら君の体は確実に‘人間堕ち’してしまう…!」
神の力の象徴である翼。その翼がなくなることはすなわちその神の失格…人間堕ちを意味する。マルガレーテに手厚く世話をしてもらっていても、人間は自分の欲を最優先し、醜い争いを繰り広げる。そんな世界に、彼女に堕ちてほしくなかった。
彼女が祈りの姿勢をとることを何とか阻止しようと腕を必死に掴んだ。
——————『おぉ!勇者が召喚されたぞ…!』
『俺たち勇者パーティーなら必ず成し遂げられるさ!』——————
——————『やっとここまで来た!魔王!勇者 田中浩一の名において、お前を倒す!』
彼女の世界ではいよいよ、勇者と魔王の戦いが始まろうとしているようだった。それがますます彼女の焦りを増幅させた。
「早く!加護をもっと与えなければ!彼だけがこの世界を救えるの!」
私の抵抗も虚しく、彼女は勇者タナカに力を与えた。
『が、はっ……!ば……かな……』
マルガレーテの加護によって増強された力によって、魔王は見事打ち滅ぼされた。彼女の世界の民からすれば、両手をあげての万々歳だろうが、私にとっては絶望でしかなかった。恐れていた通り、彼女の翼に残っていた羽の一本まで落ち切って、頼りない翼の骨だけが残っていた。徐々に、マルガレーテの体が雲の上から落ちていく。雲を通り抜けた後は私の腕も、彼女を通り抜けて、触れることができなかった。
「マルガレーテ…マルガレーテ…!」
「そんな顔しないで。エンペリオン…ほら、きれいなかおが、だい、な、し…」
そう言いながら、マルガレーテはこの世界の人間になるための魂となって消えていった。
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「それから私は人間となったマルガレーテを探すため自らも人間堕ちして、彼女を探し続けた。そして見つけた。私の愛する人。ロムティア…」
私が胸に手を当て、頭の中で回想を浮かべていると、ロムティアの声で起こされた。
「…壮大な作り話でしょうか…?いや、でも先ほどまでの出来事は紛れもない事実…にわかには信じがたいですが、真実だと一旦は受け止めておきましょう」
「?!」
「え?そんなに無表情なのに顔面に『?!』の文字が見えるような顔をされても…」
「聞いて…いたのか…?」
「聞いていたも何も…ヒュリオス陛下の口からどんどん垂れ流されてましたし…ね?」
そう言ってロムティアが周りの人間と目を合わせる。そして皆頷いた。
…そうか。全部口から出てしまっていたか。天界のそれなりの機密情報を流してしまったかもしれない。
……よし。あとで都合の悪い部分は記憶を消しておこう。
「…まぁ、つまり、そう言うことだ」
「陛下、一つ、質問をいいでしょうか」
「…!もちろんだ」
マ…ロムティアが私に質問をすることが新鮮で、嬉しさでかおが綻びそうになったが、神の威厳を保つためにどうにか表情筋を静止させた。
「…人間堕ちとは、翼の羽がなくなることで起きるんですよね?…だとしたら、エンペリオン陛下はどうやって下界まで来たのですか?」
聡いロムティアにしては珍しい。それとも少し鈍感なんだろうか。
「翼を千切った」
「えっ?つ、翼を…?」
「あぁ。翼を」
会場中にざわめきが広がる。神から加護を受けていなさそうなメガネの私の側近、モースも両手でバッテンマークを作っている。
…どうやらまた何か間違えたらしい。羽ではなく翼をちぎる意味がわからなかったのだろうか。
「翼についている羽を一つ一つちぎる暇はなかったから、翼ごと千切った。それだけだ」
「いや、そういうことじゃ……い、痛くなかったのですか?」
「ふむ…。強いて言えば、腕をちぎっているのと同じ程度の痛みだ。それほどじゃ、ない」
これでどうだと言う目線を、モースに送ると、大きなため息をついて肩を項垂れさせていた。どうやらこれも違うらしい。一体何がダメだと言うのか。これだから、人間界は難しい。けれど私はロムティアのためにこの世界に来たのだ。こんなことですごすご帰っていてはいられない。
新たな魔王に、彼女が苦しめられないようにするために。




