第29話 公開査問
五国親善会議が始まる朝、大広間の正面には無地の垂れ布が掛けられていた。
その前に、現行の国章が五つ並ぶ。
冠のある獅子は、他の四つの国章と同じ高さに置かれていた。
私は証言台に立った。
各国代表と王国の役人が席に着き、正面にはゲオルク副長官がいる。公開査問を主宰する監査院の長が、発言の順を告げた。
「意匠の扱いと、調達記録の作成経路を分けて確認します。まず、旗幕を保留した根拠から」
私は調達票を示した。
「私の確認済みとされていましたが、出典も監察票番号もありませんでした。原記録と現物の照合が済んでいないため、暫定保留としました」
「その程度で、会議前日に品を止めたのか」
ゲオルクが口を挟んだ。
「その女は、グランツ皇弟に求愛されているのです。母国の失態を作り、皇弟に恩を売りたいだけではないのか。中立な判断などできるはずがない」
私は、息を吸った。
「カシアン殿下からの好意と私の気持ちは、就任前に申告しました。大使館との契約も終了しています。ただ、それだけで疑いが消えるとは申し上げていません」
申告記録の次に、検分の署名簿を置く。
「私の過去の監察記録は、セルネの担当者が確認しました。旗幕の図柄は二か国の監察担当が現行資料と照合し、使用しないと決めたのは五国儀典委員会です」
セルネの主任監察官が立った。
「確認しました。アーレン責任者の当日の連番記録に、旗幕の監察はありません。後日の受付記録にも、図案を待っていると記されています」
私以外の声が、広間へ届いた。
私はゲオルクではなく、次の資料を見た。
「意匠の意味については、こちらです」
王立紋章院に保管された登録写し。七年前の条約付属図版。グランツの現行登録。そして、工房への制作指示書。
四つは、それぞれ違うことを示していた。
「王国がいつ、この政治標章を知り得たか。両国間でどう扱うと定めたか。現在もその規定が有効か。実際に何を作るよう命じたかです」
事務官が図版を掲げる。
カシアン殿下は、帝国の現行登録が真正な写しであることだけを述べた。私の人柄も、能力も、口にしなかった。
それでよかった。
見比べられる位置に資料が並び、各国の代表が自分の目で確かめていた。
「意味など、変わるのでしょう」
ゲオルクが、私へ視線を戻した。
「先日は八角星を反乱の印だと決めつけ、職人の納品を止めた。その程度の目しかない人間が、今度は正しいと言うのか」
会場の空気が変わった。
私は自分の誤った助言書を、台の上に置いた。
「私は、八角星の現行登録を確かめずに誤った勧告を出しました。共同体へ謝罪し、勧告を撤回しました。遅延に伴う費用は大使館の監察予算から補填し、その後の停止勧告は別の担当者にも確認を受けています」
「では、今回も間違っているかもしれない」
「はい。私だけが正しいと言うのなら、その疑問は残ります」
私は旗幕の図と、条約図版を並べた。
「ですから、私を信じていただく代わりに、この図柄と、日付と、適用する場をご確認ください。八角星を間違えた事実は、こちらの資料を確かめなくてよい理由にはなりません」
ゲオルクは答えず、図版を見た。
私は証言台の下で握っていた手を、開いた。
「誤った時の書類も残しました。どこを間違えたか、他の方が検証できます。今回の記録も、同じように残します」
議長が、調達の説明へ移ると告げた。
監査官は、旗幕の発注原本と、後から作られた確認済み票を示した。
発注原本は、意匠の監察を別途行う内容だった。偽の票は新しい書式を使いながら、半年前の日付と私の職員番号を記している。
作成した書記の供述と、ゲオルクの部署から出た指示の控えも提出された。
「転記だ。書記が必要な情報を補っただけだろう」
「補うべき元の監察記録はありません。代わりに、未確認であることを示す引き継ぎ書があります」
監査官が受領印を示した。
「これは、副長官の印で間違いありませんか」
ゲオルクは、初めて返事をしなかった。
次に運ばれてきたのは、小さな封印箱だった。
立会人が印を確かめ、蓋を開く。
黒い七弁花が、白い布の上にあった。
あの夜より小さく見えた。人々の視線を集めていたのは、その宝石の大きさではなかったのだ。
「製造番号は封印記録と一致します。制作票をたどると、使用図案はリンデル第四版のRL―4071です。軍帯と旗幕も、同じ旧版を使っています」
監査官が説明した。
「古い図案を使っただけで、不正とはなりません。問題は、現在の使用可否を誰が確認する契約だったかです」
工房側の制作控えと、宮内府側の記録が示された。
発注側で確認する。納入元が保証する。
同じ品の確認を、双方へ押し戻す文書だった。
さらに、仲介商社の登記と、契約に応じた副長官側への送金が読み上げられた。
「だから、納入を止められなかったのですか」
議長の問いに、ゲオルクが声を上げた。
「選んだのはベルク嬢だ! 私は、王太子の望まれた新しい趣向を整えただけだ!」
広間の後方から、リリア嬢が進み出た。
派手な髪飾りはない。両手に、自分の提出資料の控えを持っていた。
「図案を選んだのは私です」
その言葉に、ゲオルクが顔を上げる。
「ですが、渡されたのはリンデル工房の図案だけでした。他の工房を尋ねると、一括契約なので変更できないと言われました。安全の確認は済んでいる、とも」
彼女は受領証にある番号を示した。監査官が、先に預かっていた原本を証拠袋から取り出す。
請求書を返さなければ、すべて彼女の独断だと公表する。そう書かれた脅迫状だった。
「紙と封蝋は手掛かりでしたが、それだけで差出人を特定したわけではありません」
監査官が続けた。
「備品の受払記録、王宮内のベルク家用客室への使者記録、配達した者の供述を照合しました。差出しの指示は、副長官の秘書を通じています。秘書も指示の経緯を証言しています」
リリア嬢は、紙から手を離した。
私は何も言わずに、その横顔を見た。
ゲオルクが口を開くたび、議長は該当する記録を示すよう求めた。
やがて、彼の前にだけ、提出するものがなくなった。
五国委員会は、旗幕の使用禁止と、代替装飾による開催を改めて確認した。
王国監査院は、承認記録の偽装、報告の隠蔽、調達上の利益関係について調査結果を読み上げ、司法機関への送致を求めた。
国王陛下が、ゲオルクの職を解き、身柄と資料を保全するよう命じた。
近衛が彼を連れて退出するまで、私は立っていた。
拍手は起きなかった。午後には、この広間へまた客を迎えなければならない。
監査官が、残った書類の束をフェリクス殿下の前へ置いた。
その一番上には、あの夜の使用停止勧告書があった。




