第28話 模様の出所
「どの保管庫ですか。運び出している箱の番号は」
私は立ち上がりながら聞いた。
事務官は、廊下で受け取った移送票の控えを差し出した。王宮西棟の調達資料庫。箱には、リンデル工房を含む一括契約の旧書類が入っているという。
「廃棄前の整理として、外の倉庫へ移すそうです。今なら、まだ荷馬車が裏庭に」
「この票の写しを監査院へ。会議事務局にも、同時に知らせてください」
事務官が一瞬、躊躇した。
「こちらで止めなくてよいのですか」
「帳簿を保全するのは監査院です。私からは、照会中の原本が動いていることを伝えます」
言い終わる前に、私は通報書へ署名した。
説明を長くしている時間はない。移送票の番号と、照会番号を並べる。
マルタ先生を通して出した正式照会には、監査院の担当者名が既に付いていた。会議の準備監査で、王宮にも担当が来ている。
私は別の事務官と裏庭へ向かった。
荷馬車には木箱が四つ積まれていた。
御者が手綱を取り、作業員が荷紐を締めている。私は箱へ触れず、移送票にある番号を見える範囲で書き留めた。
「アーレン責任者。作業の邪魔をしないでいただきたい」
宮内府の書記が言った。
「照会対象の資料が含まれています。移送先と到着後の管理者を、書面でお示しください」
「許可は副長官から出ています」
「その許可書も、確認をお願いします」
書記が胸元の書類へ手を入れた時、裏庭へ別の足音が響いた。
監査院の査察官二人と、資料庫の管理人だった。
「箱を下ろしてください」
先頭の査察官が、命令書を開いた。
「本件契約は調査中です。保全対象の原本移動を認める許可は出ていません」
「副長官の指示で――」
「指示書と移送票も、併せて受領します」
御者は手綱を緩めた。
私はそこで初めて、息を吐いた。
箱が地面へ下ろされるまで、どの箱からも目を離さなかった。
* * *
夕方、監査院から検分への立会いを求められた。
マルタ先生も来ていた。彼女の前には、紋章院に残した引き継ぎ書の控えがある。
「原本も残っていたわ」
保全された束の上に、私の筆跡が見えた。
保留中の旗幕。図案未着。現行規則の照会が必要。
ゲオルク副長官の受領印は、控えのものと同じ位置に押されていた。
「こちらは読んでいない、と言うかもしれない。でも、受け取っていないとは言えないわね」
マルタ先生の声は静かだった。
私は、引き継ぎ書を渡した日の執務室を思い出した。分厚すぎると嫌な顔をされた。そのために一枚目へまとめた注意も、ここに残っていた。
監査院が取り出した発注原本には、旗幕の制作は半年前、意匠の監察は別途行う、とあった。
費用の決裁と意匠の確認は、もともと別の手続きだったのだ。
その後の調達票だけが、私の確認済みに変わっている。
「この票には、先月から使用している書式が使われています」
査察官が欄の位置を示した。
「日付は半年前ですが、記入用紙は当時のものではない。単なる転記なら元の票が要りますが、担当書記は、今週の指示で作成したと供述しています。指示の控えも提出されました」
余白には、古い在籍名簿から私の番号を転記するよう指示があった。
出典番号がないことだけでは、偽造とは決まらない。
だが、連番の監察記録、保留の引き継ぎ、用紙の時期、作成の指示。それらが同じ結論へ向かっていた。
私は図案に関する照合を求められ、首飾り、軍帯、旗幕の番号と、それぞれの制作票を並べた。
リンデル工房の第四版は九年前のものだった。七年前の条約改定を反映していない。
職人側に残った制作控えには、王宮の注文を仲介する商社から『指定図からの変更不要。現行規則の確認は発注側で行う』とある。
ところが、王宮側の書類では『納入元の保証により確認を省略』になっていた。
誰も確認しなくて済むように、責任だけが一周していた。
「工房の責任者は、旧版の方が型を流用でき、納期も価格も抑えられたと説明しています」
査察官が言った。
「首飾りの事件後には変更の相談をした。しかし、仲介商社からは、既存契約分を指定どおり納めるよう返答があったと」
誤った印を掲げて皇帝を挑発したい、という注文は見つかっていなかった。
古い型の方が安く、契約を変えれば支払いと納期をやり直さなければならない。その手間を惜しんだまま、危険なものが作られ続けた。
「仲介商社との関係は」
マルタ先生が聞いた。
査察官は、図案とは別の資料を開いた。
「登記上の経営者は、副長官の親族です。先に提出を受けていた商社側の送金記録と、本日保全した契約台帳が対応しました。契約額に応じた金が、副長官の資産管理先へ送られています」
私には、金の記録を読んで結論を出す仕事はできない。
その説明を聞き、図案の番号が結んだ先を、初めて知った。
フェリクス殿下への同様の送金は、これまでの調査では確認されていないという。
ただし、外務部門の警告と、帝国側からの注意書きには、王太子宮で対応を見送った記録が残っていた。
副長官に任せた。それ以上、読む必要を感じなかった。
その判断まで、部下の不正に隠すことはできなかった。
* * *
翌朝の会議開会に先立ち、公開査問を行うことになった。
私が説明するのは意匠と監察の経過。調達と記録作成の責任は監査院が示す。処分は、王国が判断する。
私は机へ戻り、資料を分けた。
事務官が、相手方から提出された質問書を運んできた。
最後の頁に、八角星の件があった。
『自ら誤読をした監察官の判断を、いかに信用できるか』
胸が冷えた。
私はしばらく、その一行を見つめた。
それから引き出しを開け、自分の誤った助言書と撤回書を取り出した。
正しかった書類だけでは、明日の台へ立てなかった。




