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「花びらの数を数えているだけ」と婚約破棄されましたが、その首飾りは隣国で「現皇帝を認めない」という印です  作者: 他力本願寺


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第27話 冠のない獅子

私は旗幕の前に、三枚の図を並べた。

 一枚目は七年前の条約改定より古いもの。冠のない獅子が、開いた環の内側にいる。

 二枚目は現皇帝の国章。獅子の頭上には、三つの星を戴く宝冠がある。

 三枚目は、条約に添えられた政治標章の一覧だった。


 検分室にいた誰もが、布と三枚目を見比べた。


「同じですね」


 セルネの監察官が言った。


「冠を省いただけではありません。脚の向きも、環の切れる場所も一致しています」


 私は頷いた。


「摂政期には、皇位が空いていることを表す図案でした。即位と条約改定のあと、帝位否認派の標章として記録されています。グランツから提出される現行登録で、失効や変更がないかを確かめます」


 旧版では使えた。今の公式の席では、使えない可能性が高い。

 首飾りと同じ、時点の違いだった。


「皇帝を迎える場に、これを。意図的な挑発ではありませんか」


 事務官の問いに、私は旗幕の裏を見た。

 縫い込まれた制作票には、図案帳第四版の記載がある。


「この品の意味と、注文した人の意図は別に確かめる必要があります。今分かるのは、旧図案との一致です」


 わざとでも、知らずにでも、掲げた時に問題は起きる。

 だが、責任を問う時まで同じではない。


 私は保留の継続を記録し、委員会へ使用しないよう勧告した。制作指示や調達票の作成経路は、監査院へ照会する。

 会場に掛けるものを決める人と、書類を保全する人は、違う。


 予定した二時間後、途中経過を報告した。

 五国委員会は保留の継続と、代替装飾の準備を決めた。最終の使用可否は、帝国の現行登録を受領したあとの臨時会合で判断する。

 私は、その時刻を保留票へ書き込んだ。


   * * *


 午後、資料を受け取りに回廊へ出ると、向こうからカシアン殿下が歩いてきた。

 書記官と、五国の事務官が同行している。

 彼の顔を見ただけで、張っていた肩の力が抜けそうになった。

 いつもなら、まず図を見せた。ここまで分かったのです、と。


 けれど、今日は立ち止まって待った。


「要請された現行規定です。特命大使の提出として、受領をお願いします」


 五国の事務官が、私へ資料を渡した。

 カシアン殿下から直接受け取れば、少しだけ指先が触れたかもしれない。そんなことを考えている自分に気づき、私は書面の宛名を見た。


「受領します。照合後に書面で報告いたします」


 形式どおりに答え、一礼した。

 彼も礼を返す。

 すれ違う時、殿下の右手がわずかに動いた。私の袖から糸が出ていた。大使館では、図案の布くずがついていると教えてくれた人だった。

 その手は、何にも触れずに下りた。


 私は廊下を曲がってから、自分で糸を取った。

 胸のあたりが、少し痛かった。

 好きだから距離を守れるのだと、美しい言葉にしてしまうには、会って話したかった。


 今夜、何を食べるのかさえ知らない。

 そんなことを気にする相手ができたのだと、私は小さな糸を握り込んだ。


   * * *


 現行登録は、旗幕が現在も政治標章に該当することを示していた。

 セルネと島嶼公国の監察担当が、それぞれ条約付属文書と照合する。グランツ側の主張だけで判断しないための確認だった。

 臨時会合で説明を終えると、議長が結論を告げた。


「本会議における当該旗幕の使用は認めない。無地の垂れ布と現行国章による代替案を採用する」


 会場の準備は、それで進められる。

 次に確かめるべきなのは、なぜこの品が承認済みになっていたのかだった。


 制作票にはリンデル工房の印があった。制作指示書の写しには、第四版から図を変えずに作ること、と記されている。

 発注を認めた署名は、ゲオルク・ハーゼン。

 私の職員番号が載った調達票と、並べて置いた。


 誰かが監察したことにすれば、この布を開かずに済むと思ったのだろうか。

 しかし、今は開いている。図柄も、日付も、空白の出典欄も、私以外の人が見た。


 その時、事務官が扉を叩いた。


「宮内府が、保管庫の書類を運び出しています。会議の準備で場所を空けるためだと」


 私は顔を上げた。

 指示書の原本は、まだその保管庫にあった。

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