第25話 五国親善会議
建国祭から、およそ八週間が過ぎていた。
王立紋章院へは何度か来ている。それでも、王宮の正面階段を上がり、大広間へ続く廊下を歩くのは、あの夜以来だった。
壁際に立つ儀典官が、私を見て姿勢を正した。勧告書を受け取った人だと気づく。
「本日から、よろしくお願いいたします」
彼は私へ頭を下げた。
今度は書類を抱えた手が、震えていなかった。
会議の開幕まで五日。
私は五国の儀典委員が集まる準備会合で、就任の挨拶をした。
その前に提出した書面には、グランツ大使館との契約終了証明と、私の関係者についての申告が添えてある。
「王太子宮への出向歴、大使館との契約歴があります。また、カシアン殿下から私的な好意を告げられ、私にも好意があります。交際についてのお返事は、会議終了まで保留しています」
書面を見ていた一人の委員が、顔を上げた。
「返事をしていなければ、中立ということか」
「いいえ。それで影響がなくなるとは考えておりません」
私は、彼の目を見て答えた。
「ですから、関係をお知らせしたうえで、私の判断を別の担当者にも検証していただきたいのです」
短い沈黙があった。
恥ずかしさはあった。カシアン殿下の方を見れば、声が揺れそうでもあった。
私は前を向いたまま、権限を記した頁を開いた。
疑義品の暫定保留と隔離。最終判断は、五国儀典委員会の合議。
「一国の物品に関する判断は、その国以外の監察担当にも確認してもらいます。私自身の過去の業務が対象になる場合は、検証の責任者を別に置いてください。私は資料と説明を提出します」
島嶼公国の委員が、手元の合意書に一行を加えた。
「保留にも期限が要る。止めたままにしてよい権限にはしないことだ」
「はい。保留した理由と、解除に必要な確認、次の報告時刻を記録します」
条件を整えたうえで、委員会は任命を確定した。
私の告白が信用されたのではない。私を信用しきらなくても仕事を確かめられる形にして、受け入れられたのだ。
会合のあと、宮内府副長官ゲオルクが廊下で待っていた。
「王宮の調達は我が国の内政ですぞ。どこまで御覧になるおつもりですか」
「会議で使用する品の図案、制作指示、審査記録です」
「過去の契約原本まで、外国の委員に開くわけにはいきませんな」
「調達の監査は監査院が担当します。私は意匠の確認に必要な箇所を、所定の手続きで照会します」
彼の言葉に、まったく理由がないわけではなかった。
だから、五国の肩書きで押し通してはいけない。
「会議用資料の提出範囲は、陛下の開催命令にも添付されています。出せない資料がある場合は、理由を書面でお願いします」
ゲオルクは、私が示した頁を見た。
そこには宮内府自身の受領印もあった。
「……承知した」
彼は短く答えて去った。私はその背中より、これから届く資料を気にした。
* * *
検分は、各国の監察担当と組んで行った。
私はすべての意匠を知っているわけではない。セルネの担当者は宗派ごとの織り方に詳しく、島嶼公国の担当者は、首飾りを見れば島ごとの真珠の並べ方を言い当てた。
「これは十三粒ですが、よろしいのですか」
私が尋ねると、公国の担当者が笑った。
「帯の房ですから。相手へ差し出す飾りとは違います」
私は配置の図を描き、確認者の名を添えた。
次に似た品を見る誰かへ、答えだけでなく違いを残す。
カシアン殿下とも、業務上の照会はあった。
「アーレン責任者。随員の礼装資料を、事務局へ提出した」
「承知しました。帝国の担当者と照合いたします」
それだけで別れた。
隣に並んで図を見ることも、終業後に紅茶を飲むことも、今はしない。
彼が通り過ぎたあと、私は手帳に回答期限を書き込んだ。いつもより少し、強い字になった。
* * *
開幕前日、追加の礼装と卓上装飾の検分が終わった。
無地の布と現行登録済みの国章を使う。急ぐ品は簡素にするという案に、儀典長も同意してくれた。
残る搬入品の一覧を確かめていると、事務官が一本の欄を指した。
「大広間正面の特大旗幕だけ、まだ現物確認の署名がありません」
「図案は、どちらに」
「半年前に承認済みなので再審査不要、と宮内府から。ですが、今回は承認済み品も現物と照合する取り決めですので」
私は差し出された調達票を受け取った。
半年前の発注日。王宮の倉庫で保管していたという納品記録。
そして、『監察確認済』の欄。
私の五桁の職員番号が書かれていた。
「アーレン責任者?」
返事をするまでに、少し時間がかかった。
自分の記憶だけを頼りに、違うとは言えない。日々、多くの図案を見ていた。
だが、この紙には、いつも必ず書いたものがない。
「元の監察票を取り寄せてください。出典番号の欄が、空白です」




