第21話 訂正できる専門家
私はカシアン殿下の前へ、最初の助言書と撤回書を並べた。
何を間違えたかは、もう記してある。だが、自分の口でも伝える必要があった。
「更新通知を町名だけで探し、見つからないことを、更新がない根拠にしました。共同体名での登録を照会しませんでした」
「期限を理由にしたのか」
「それもあります。ただ、古版図案の問題を追っていたので、また危険な品が来たのだと先に決めました」
殿下は黙って、私の書いた二つの欄を見た。
確認できていること。未確認のこと。
「明日から、これを報告の最初に置くのだな」
「はい。最新登録を確かめていない場合は、差し替えの結論を出さず、確認待ちだと分かるようにします」
「館側の処理も改めよう。助言を受けて搬入を止めたのは担当部署だ。期限と、影響する荷の範囲を確認する欄が必要だ」
責任を半分にしてもらった気にはなれなかった。
私が間違い、信じた人が仕事を動かした。そのつながりを、二人で見ているのだと思った。
「倉庫代と宿泊費の補填は、見積もりどおり認める。大使館の監察予算から支払う。歓迎行事は明日の午後へ移し、職人たちにも伝えた」
「ありがとうございます」
「ただし、しばらく使用中止や差し替えを勧める案件は、文化院の別の担当にも確認してもらう。君の名で提出する前に」
私は頷いた。
悔しくないと言えば嘘になる。一人で任されていた仕事だった。
それでも、その悔しさより、今日の職人代表の声の方が強く残っていた。
「承知しました」
殿下は、撤回書の一行に指を置いた。
「この説明は、元の勧告が渡った先へ同じように回す。公表する際の地域名と費用の扱いは、共同体にも確認を取ろう」
「私の名前は、そのまま残してください」
「もちろんだ。職人たちの許可なく、こちらの信用回復の宣伝に使うこともしない」
仕事の話が終わると、部屋は急に静かになった。
解雇されるものと思っていた私は、次の言葉を用意していなかった。
「……契約は、続けてよいのですか」
カシアン殿下が、私を見た。
「今回の判断を、正しかったことにはできない」
「はい」
「だが私は、一度も間違えない人間を雇ったつもりもない。根拠を示し、間違えば直せる人に、この仕事を任せたい」
喉の奥が詰まった。
褒められたのではない。確認を受けながら、失った信用を仕事で取り戻せと言われたのだ。
それでも、ここから続けてよいという言葉が、こんなに苦しく、ありがたいとは知らなかった。
「……明日の説明には、私も参ります」
「頼む」
彼は椅子から立った。
私はその背中へ、思わず声をかけた。
「殿下」
振り返った彼を前にして、言葉が途切れる。
仕事は終わった。追加の照会もない。ここにいてほしい理由を、書面のようには並べられなかった。
「少しだけ、ここにいていただけますか」
言ってしまうと、視界が滲んだ。
カシアン殿下は急いで近づいても、抱きしめてもくれなかった。もう一度、対面の椅子へ座った。
「お茶を頼もうか」
「……今は、いりません」
「分かった」
それから本当に、何も言わずにいてくれた。
私は、震える指を見つめた。ペンを持っていない手を、彼の前に置いたままでいられた。
* * *
翌日の歓迎行事で、八角星の旗幕は正面に掛けられた。
白い線は、近くで見ると一筋ではない。左右から来た二本の糸が、中央で縫い合わされている。
私は開始前に、職人たちへ謝罪した。全員が頷いてくれたわけではなかった。
終わり際、昨日の代表が、撤回書の控えを鞄にしまった。
「町で、これを読みます」
「お願いします」
「次の展示の照会先も、書いておきました。私以外が来た時でも、そこへ聞けます」
私は渡された紙を、両手で受け取った。
次はない、と言われても仕方がなかった。その紙の一行が、昨日より重く感じられた。
会場の向こうで、カシアン殿下が職人の説明を聞いている。
こちらを見つけても、大袈裟に笑いかけることはしない。少しだけ顎を引き、また織物へ目を戻した。
昨日、私が何もできずにいた時間を、この人は知っている。
その時間まで、そばにいてくれた。
私は彼が好きなのだと思った。
私を必要だと言ってくれたからだけではない。何も求められない静かな時間に、一緒にいたい相手だった。
心が落ち着くのを待ってから、私は会場の隅で次の照会票を開いた。
登録者の欄を、今度は最初に読む。




