虚実
宮村は通話をスピーカー状態にして、近くの建物から双眼鏡で伊達伊吹──二条宗親の姿を覗っていた。
『──で、その話というのは何だ』
電話越しに聞こえる低い声は、夏草組組長である夏草仁のものだ。
双眼鏡の先には、表情は変わらず口元に余裕の笑みを浮かべる二条が居る。
『有名な画家をご存じですか?歌楽先廉介』
歌楽先廉介──。戦後の日本画家。作品数が少なく、市場に出れば億単位で動く名だ。
夏草の声が、僅かに低くなる。
『知らねぇわけがないだろう』
『その歌楽先廉介の作品が一枚あります』
宮村は双眼鏡越しに、二条の口元を見ていた。相変わらず、余裕のある笑みだ。
『未発表作品です』
沈黙が落ちた。電話越しでもわかる。夏草が今、値踏みしている。
『……そんな話は山程聞いた』
『でしょうね』
二条はあっさりと肯いた。
『ですが普通の噂とは違います。作品目録に載っていない理由が、ちゃんとあります』
『言ってみろ』
『簡単です』
二条は僅かに顎を上げた。
『発表される前に、作者が死んだからです』
宮村の口元が緩む。
(始まったな。あの男の“仕事”だ。)
電話の向こうで夏草が低く笑った。
『死に際の絵だと?』
『ええ。亡くなる三日前の制作日が残っています』
今度の沈黙は、さっきとは質が違う。疑いではない。計算だ。
『……それで、その絵は今どこにある』
二条はわざと間を置く。宮村には分かる。相手が食いついた時の間だ。
『海外です』
『どこだ』
『倉庫の場所なら教えられます』
そして、淡々と続ける。
『もちろん、タダではありませんが』
電話の向こうで小さく舌打ちがした。
『いくらだ』
二条は笑った。その笑みは、双眼鏡越しでもはっきり分かる。
『情報料だけなら──一千万で』
宮村は静かに息を吐いた。
──安い。安すぎる。だからこそ怪しい。だが夏草のような男は、こういう餌に弱い。
電話の向こうで、低い声が落ちた。
『……伊達伊吹』
『はい』
『お前、本当か?』
宮村の視線が二条の表情を追う。冷静に見せながらも、言葉の端々で微かに揺れるその目。
──この男、やはり普通じゃない。
計算された間、淡々とした口調、けれどどこか余裕の笑みを残すその佇まいに、胸がざわつく。
『嘘かどうかは、確かめれば分かりますよ』
宮村は双眼鏡を少し下げた。口元が、ゆっくりと歪む。
──面白い。
負ける演技はしないと言っていたが、その言葉は、落ち着いた佇まいそのものに体現されていた。伊達伊吹という男は、やはり目が離せない。




