凪恋
「龍臣君」
「二条、先に俺の話聞いてくれ」
吾妻は顔を手の平で覆い、もう片方の手で待てと合図する。
「あー…そんなに言いづらい話なら今度でもいいよ」
「…………待て、言うから待ってくれ」吾妻は煙草を一本吸い、どうにか精神を落ち着かせる。「二条……アンタさえ良ければだが、明日どっか行くか?」
二条は瞬きを二つして、それからゆっくり頷いた。
「うん。行く」
拍子抜けする程あっさりした返事だった。
だが吾妻は、それ以上何も言えなかった。誘えただけで、もう十分だったからだ。
その夜、二人共少しだけ寝付きが悪かった。
そして翌日――
コーヒーはまだ殆ど減っていない。
「あの…龍臣君。その…今更だけど…デートとして誘ってくれた感じかな」
二条は吾妻がゲームセンターで獲得したキャラクターのぬいぐるみを抱えながら、ケーキを口に運ぶ。
「ちげぇよ」
吾妻はテーブルに肘をつき、顎を支える。口元を指で隠し、気だるげに視線を逸らした。平然を装う癖は、昔から抜けない。
「そんな食い気味に否定しなくても」二条はフォークで吾妻を指し「でも、龍臣君そんな可愛い顔しちゃってさぁ、説得力ないよ」表情を指摘する。にこやかに笑ってはいるが、その目には少しばかりニヤつきが混ざっていた。
「だからちげぇって言ってんだろ」
吾妻は二条の足に蹴りを入れる。
「ったぁ。ごめんごめん、じょーだん冗談」
眉を下げ、両手を低く上げる。
「だけどさ、龍臣君から誘ってくれるなんて思わなかったからさ」
二条は一口に切り分けたケーキをフォークで刺し、吾妻に差し出す。
食べるまで手を引っ込めないと判っていたから、吾妻は恥ずかしさを隠しきれないままケーキを口に運ぶ。
甘さが広がるより先に、二条の言葉が胸の奥に残った。
窓ガラスに映った吾妻の横顔。耳元でフープピアスが少し揺れている。
「嬉しさもあるけど、正直ビックリしたんだよね。出会ったばっかの時に誘ったら、普通に誘い受けてくれたから、龍臣君ってこういう時受け身なのかなぁって。でも最近の行動からすると受け身って言ったらおかしいから、ただ単に誘うのが恥ずか──」
クリームの山をフォークで削りながら、二条は言葉を重ねる。吾妻が黙っているのは平常運転だ。聞いてはいるだろう。多分。
吾妻は甘さ控えめのケーキを一口サイズに切り分け、二条の口に突っ込んだ。
「二条黙れ」
「このケーキ美味しい!…さっきの仕返し?」
「アンタが五月蝿ぇからだよ」
「だよねぇ」
何でもない顔をしてみせる。右手はフォークをくるくる回す。だが膝の上のぬいぐるみは、いつの間にか少しだけ強く抱き寄せられていた。
吾妻の唇の端がほのかに上がった。口には出さないが、今日の事を少しだけ嬉しく思っている──。




