暗流
「──一千万!」
ガベルの一撃が響き、会場に緊張の波が走る。
椎名伊吹──二条宗親はブローカー兼価格操作屋として微動だにせず、視線だけで次の動きを探っていた。
二条は胸元を軽く整える。内ポケットを確かめる癖は昔から変わらない。
落札者は佐倉組若頭、宮村和成の側近の一人だ。
誰も知らないが、すでに二条の手元には本物の略奪品はない。会場に並ぶのは全て、完璧に作られた贋作だった。
「次は二千万!」
架空入札者の名前が静かに読み上げられる。
二条の手際で複数の入札を操作し、価格は吊り上がる。
落札者は欲に目が眩み、贋作の存在など微塵も疑わない。ガベルの音に合わせて会場がざわめく。 裏社会専用のこのオークション、誰一人として油断していない。
しかし二条の目は冷静そのものだ。一瞬の表情の変化も見逃さず、次の手を決める。
「三千万!」
落札の声が響く。宮村は眉間に皺を寄せる。宮村の中で何かがざわついた。しかし確認する術はない。隣に居る二条を観察する目が鋭く光る。
だが表情は無機質に整えられており、贋作の罠は完全に成功していた。
会場の奥で、裏切り者の探索が始まった。主催者達は焦燥を隠せない。
二条はその場に立ち、唯冷静に次の落札を見届けるだけ。
オークション終了後。 宮村は落札品を手に取り、じっと二条を見つめる。
「……椎名伊吹か」
小声だが、僅かに反応する。
その瞳の奥には、興味と執着が混ざった感情が垣間見える。
二条は微笑む。
「ご満足頂けましたか?」
言葉に挑発はない。淡々と、しかし確信を帯びている。
宮村は頷くだけだ。言葉は少ない。理知的な男は確証を求め、今は手を出さない。
だが、内部では何かが変わった事を、二条も宮村も知っている。
場を離れ、静かな廊下。宮村が二条に声をかける。
「伊達伊吹って男を探してる。見つけたら教えてくれ」
二条は眉を上げる。
「何故それを私に言うんですか?私はブローカーですよ?」
宮村は微笑む。
「面白いだろ? 真相はお前自身で確かめろ」
二人の視線が交わる。
緊張も警戒も、けれど互いの力量は理解している。
ここに確かな敵はない。
しかし、確かな“関係”が生まれた事だけは明らかだった。




