理性
「あの──…」
連絡がきたのは、京都から帰宅した翌日の事だった。
『中峰しばらく事務所出禁らしいわ(笑)羽島は現場回されて機嫌悪い』
軽い文面だが、でもその裏には“制裁はあった”事が滲む。
『由紀ちゃん、最近京都寒すぎ。現場回されて最悪』
『由紀さん、変わりはないか?』
そして、そこから二週間後に思いもよらぬ連絡がきた。
『明日、中峰と羽島とそっち行くわ』と。
「三人共落ち着いて下さい…!」
二条はどうにか宥めようと必死だった。周囲には一般人しか居ない。そんな所で、ヤクザに暴れられても困るからだ。
「いーや、由紀ちゃん。コイツ抜け駆けして由紀ちゃんに会ったの、ツーショットまで見せ付けて自慢してきたんだからな?」
「多岐にはこのくらい当然だ」
「はぁ!?だからって何で羽島と由紀が隣なんだよ」
「多岐が悪い。文句を云うな」
肉が乗った網の下で火が揺れている。まるで今の三人を表しているようだ。
二条とこの男達の関係は何と呼ぶべきか。友人──なのだろうか。
何にしても、二条が多岐、中峰、羽島と連絡を取り合っているのは、瀬良組長との関係を崩さない為でもあるのかもしれない。仲良くしておいて損はない。
◆
一方、同じ店で吾妻と紫羽も焼肉を食べていた。
「ねぇ龍臣、何してんの」
焼き肉を前に箸を持つ手は動いているが、視線は皿の上ではなく、店内のどこかに集中している。何かを探すように、目だけが泳いでいた。
「あ?何って、肉食ってんだろ」
「いや、そうなんだけど、さっきから何処見てんの」
「…。二条の方」
目線の先を追うと、二条の姿が視界に入る。気付かれないように見守るような、無意識の距離感がそこにあった。
「宗親クン?たまたま同じ店に居るだけなら、気にする必要ないじゃん」
「いや、まぁ、そうなんだが」
「何?珍しくハッキリ言わないね」
眉間に指をやり、無意識に押す。考えを整理しようとしているのか、それとも苛立ちの残滓を形にしているのか、本人も定かではない。
「あそこ見ろ。二条が居るだろ」
箸の先が示す先に目を向けると、男達と話している二条の姿見えた。視線の先で笑顔を振り撒いている姿が、思わず意識を引き寄せる。
「何処?居ないけど」
「襟からチェーン下げたシャツ着た奴居るだろ。あれが二条」
更にスマートフォンを差し出し、先日二条が送ってきた写真を見せる。女装した姿が画面に映り、普段見せない表情に思わず目を凝らしてしまう。
「えっ、これお姫様!?めっちゃ可愛いじゃん。いや、てか、何で女装よ」
画面の中の二条をじっと見つめ、予想外の姿に戸惑いながらも、どこか和む自分がいる事に気付く。
「仕事で着たんだとよ」
「へぇ。で、何で宗親クンの事気にしてんの?宗親クンの格好以外、別に野郎と肉食べてるだけじゃん」
「…。」 言葉が出ず、箸を握る手が一瞬止まる。思い浮かぶのは、二条の仕草や表情、そして心の距離感。黙ってしまう自分に、少し苛立ちながらも認めざるを得なかった。
「龍臣さぁ、まるで好きな子が他の奴に取られないか気にしてる側だよ。これ」 紫羽の言葉に、無意識に肩が緊張する。「遥虎達の話で恋愛嫌いになったの知ってるけど、あの子は違うんじゃない?コンビニで会った時に話してて思ったけど、一途に龍臣しか見てなさそうだし」
言葉の意味を頭で反芻しながらも、表情は変えずにいる。胸の奥で小さくざわつくものを感じながらも、理性がそれを抑えて言葉を選ばせる──答えを出す必要があるわけではない、唯整理するだけだ。
「そうだけどよ…。俺は確かにアイツを傍に置いてる。だが、恋愛というものが性に合わねぇし嫌いな事に変わりねぇんだよ」
「けど、好きでしょ?」
「───…。」 言葉を探すが、口を噤む。胸の奥に芽生えた感情と理性がせめぎ合い、素直に答えられない自分を痛感する。
「まぁ、それを宗親クンが理解してるならいいけど、たまには優しくしてあげなよ?怒られてばっかだって言ってたよ」
「はぁ?アイツが碌な事しかしねぇからであって」
「ちゃんと見てるんだね」
吾妻の表情や手の動きから、普段気付かない細かい仕草まで目を向けているのが分かる。紫羽の指摘に思わず頷き、少しだけ照れくさい気持ちが混じった。
「それに…、アイツ、リードしててもすぐどっか行くような奴なんだよ」
紫羽は言葉を返さず、驚いたように目を見開きながらも、どこか楽しそうに吾妻の表情を見つめる。
「んだよ、その表情」
「龍臣って意外とそういう事云うんだなぁって、表情(自分で何言ってるか、解ってなさそ)」
思わず頬が緩む。照れや苛立ち、そしてどこか満足げな気配が混じる表情に、自分でも苦笑してしまう。




