痕跡
二条は仕事の予定も無かったので、休みの吾妻の自宅に転がり込んでいた。 それはいつもの光景だった。 ベランダに並ぶ二人の間に、濃い煙が漂う。
「煙草変えようかな。龍臣君のやつに」
「自分の気に入らないのか」
「好きな番号で選んだだけで意味は無いんだよね。龍臣君が俺の煙草好きなら、変えないけど」
「別に変えなくてもいいだろ。変えたいなら変えればいい」
何気ないやり取りの中、夜風が煙をさらう。
「俺、今日誕生日なんだよね」
吾妻は一度、煙を吐いた。
「…………………は?」
「知らなかったでしょ?」
知る由もない。 出会ってまだ二ヶ月程なのだから。
「プレゼントは要らない。あの日みたいに、名前呼んでよ。俺の髪触ってた、あの朝みたいに」
聞かれていた。 寝ていると思い、半ば無意識に零した名前を──。
「……は!? おま……アンタ、あの時起きて……」
吾妻は何故か半歩距離を空けていた。二条は何も言わず、唯視線を逸らさない。
張り詰めた空気が、二人の間に落ちる。
「…………宗親」
吐息に混じる低い声が、近すぎる距離で響いた。
「…もう一回」
後ずさった分を取り戻すように、二条は一歩前へ出た。
「調子に乗んな」
それでも吾妻の手は前髪に触れる。指が髪を梳いた流れのまま、額へ短い口付けを落とした。
「誕生日なんだろ」
触れられたまま、二条は一瞬だけ目を伏せ、煙草の火を落とした。
「うん」




