報告
冬の京都は、夜になると音が遠のく。
瀬良組長が指定した料亭は、表通りから一本入った静かな場所にあった。暖簾をくぐると、白檀の香りが微かに漂う。
通された座敷。上座には瀬良。二条は伊達伊吹として、無駄のない所作で座る。
「手書きで申し訳ないです。時間がかかりましたが、集めた情報です」
ノートから丁寧に切り離した紙を数枚、瀬良組長の前に揃えて差し出す。
瀬良は無言で目を落とす。
そこには──
・多岐侑仁の行動履歴
・接触人物
・金銭の流れ
・組内での立ち位置
・私見
整然と、読みやすくまとめられている。
そして数分の沈黙。
「……えらい字綺麗やな。それにまとめ方が上手い。うちに欲しいもんやな」
二条は口元だけで笑う。
「ご冗談を。読まれたら分かりますが、多岐侑仁さん、白でした」
瀬良の視線がゆっくりと上がる。
「ほう」
「私的な出費、接触先、移動経路。いずれも不自然な点はありません。唯──」僅かに間を置く。「金は動いています」
今の一言で、空気が変わった。
「多岐さんは無自覚に利用されています」
瀬良の目が細くなる。
「誰にや」
二条は即答しない。
「山側の動きと一致します」
それだけで十分だった。京都の人間にとって、“山”の意味は一つ。
瀬良は紙をめくる。
「帳簿と資金管理に関わるお二人──中峰貴之さん、羽島悠雅さん。黒ではありますが、主導ではありません」
「利用されとる、言うんか」
「はい」
二条は淡々と話を続けていく。
「戦の準備金の可能性が高いかと」
部屋の温度が一段下がったように感じる。湯呑から立つ湯気だけが、静かに揺れる。
瀬良は目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
「……阿呆やな」怒号はない。唯、低い声で発せられた。「甘い」
誰に向けた言葉かは明白だった。やがて、瀬良が二条を見る。
「伊達君。アンタはどっちや」
一瞬の試し。二条は迷わない。
「商売人です」声は静かだが揺れない。「依頼は“多岐侑仁さんの調査”。完了しました」
それ以上は踏み込まない。線は越えない。
瀬良は暫く二条を見つめ、やがて笑った。
「気に入った。ほんまに使える子や」
前回の豪快な笑いとは違う。重く、含みのある笑い。
「山が崩れても、アンタは関係あらへん。ええな」
二条は軽く頷く。その意味を深くは問わない。
料亭を出ると、夜気が頬を刺した。冬の京都は静かだ。
ポケットの中でスマートフォンが震える。
差出人──柏木。
二条は画面を見ず、そのままポケットへ戻した。




