ゴットフリート
22年前のザンクト・ゴットハルト島――
「あなた」
「ああ、サクラか」
そこには二人の男女がいた。
ここは島の研究室だった。
男は金髪に青い瞳、白衣を着ていた。
男の名はアーダルベルト・ゴットフリート。
生命科学者である。
一方女は茶色の長い髪に黒い瞳。
女の名はサクラ・イノウエ=ゴットフリート。
アーダルベルトの妻である。
夫と同じく生命科学者で、白衣にタイトスカートをはいていた。
「最近、研究に精が出ているけど、没頭しすぎじゃない? 少しは休んだら?」
サクラは心配した声で言った。
「いや、今少しで、研究の成果が出るかもしれないんだ。休んでいる暇はないよ」
アーダルベルトは現在30歳。
妻のサクラは26歳だった。
サクラはアーダルベルトを気遣った。
「でも、もう丸二日も寝ていないじゃない? 少しは休んだ方がいいわ。あなたの体がもたないわよ?」
アーダルベルトは妻の気遣いをうれしく思った。
「ありがとう、サクラ。君の気遣いはうれしいよ。でももう少し、もう少しなんだ。ゲノムは神秘だ。もう少しでその神秘に迫ることができるんだ」
アーダルベルトは液体の入ったガラスケースを見つめた。
「もう、知らない! 勝手にしたら!」
プイっとサクラは横を向いた。
「ああ、サクラ。機嫌を直してくれ。わかった、わかったよ。君の言う通りにする。私も少しは疲れている。助言通り休むとしよう……」
「うふふふふ、愛しているわ、あなた」
「ああ、愛しているよ、サクラ」
二人は近づき、口づけをかわした。
二人は本当に愛し合っていた。
そこに自動ドアが開いた。
「あー-! パパとママがキスしてる!」
そこに5歳の女の子が現れた。
髪は金髪のツインテール、瞳の色は青だった。
「エカジェリーナ……」
「エカジェリーナ!」
エカジェリーナ・ゴットフリート。アーダルベルトとサクラの娘である。
エカジェリーナは元気いっぱいに二人のもとにやってきて、抱きついた。
二人のあいだに。
「ウフフ、パパ! ママ!」
「ははは、エカジェリーナはいつも抱きつきたがるな。さあて、誰に似たのかなあ?」
「私はパパとママに似たんだよ! だって二人はいつも抱きついたり、キスしたりしてるんだもん!」
アーダルベルトとサクラは互いに自分たちの顔を見合わせた。
二人は赤面していた。
「ねえ、パパ、ママ?」
「なあに、エカジェリーナ?」
「私、今度の休みの日に遊園地に行きたい!」
「遊園地か、いいな。家族で遊びに行こう!」
「連れてってくれるの?」
エカジェリーナがアーダルベルトを見上げて。
「ああ、約束だ。今度の休日に家族で遊園地に行こう!」
「わあい! パパ大好き!」
アーダルベルトはしゃがんでエカジェリーナを抱きしめた。
エカジェリーナはアーダルベルトの胸に収まった。
エカジェリーナはアーダルベルトのほおにキスをした。
「まあ、エカジェリーナったら。パパが大好きなのね」
「うん! パパ大好き! ママも大好きだよ!」
「うふふ、ありがとう、エカジェリーナ。!? うっ!?」
「!? サクラ!?」
「うう……大丈夫よ」
サクラは吐き気を催させるように背を曲げた。
これはつわりだった。
「つわりか。サクラ、私より、君が安静にした方がいいんじゃないか?」
今度はアーダルベルトがサクラを心配する番だった。
右手でサクラの背をさする。
「? ママはどうしたの? 体が悪いの?」
エカジェリーナは疑問に思った。
「そうじゃないんだよ、エカジェリーナ。これはうれしいことなんだ」
「? うれしいこと?」
「エカジェリーナに妹ができたんだよ」
「妹?」
「そうさ。エカジェリーナはお姉ちゃんになるんだ」
「やあねえ、あなたったら。まだ男の子か女の子かわからないでしょうに……」
「いや、女の子に決まってる! 私の勘がそう告げているんだ! 名前もある。ローザリントだ」
アーダルベルトは胸を張った。
「もう、科学者が非科学的なことを言わないでください!」
「はははははは!」
「うふふふふふ!」
「あははははは!」
「いやあ、家族で楽しそうだね、アーダル、それにサクラ」
そこに一人の男性が現れた。
茶色の巻き毛に、グレーの瞳をしている。
白衣を着用していた。
「シュテファン!」
「私もいっしょですよ」
「ハンナ!」
一人の女性が現れた。
茶色のセミロングの髪にグレーの瞳。
彼女も白衣を着ていた。
エルフェンクランツ夫妻である。
シュテファンもハンナも研究員だった。
「まったく、いつ見てもうらやましいよ。君たち家族は本当に愛し合っていて」
「シュテファン、ハンナ、結婚おめでとう!」
サクラが言った。
「でも、君たちだって結婚したんだ。子供も生まれれば、私たちと同じようになれるさ」
「そのことなんだが……」
シュテファンは顔を曇らせた。
それからハンナの方を向いた。
ハンナは押し黙ってしまった。
沈黙が訪れる。
アーダルベルトは疑問に思った。
「どうかしたのかい?」
「今日、病院で検査してきたんです。そうしたら、子供が産めない体だと言われました」
「そうなんだ」
とシュテファン。
「そうか……すまないな」
「悪いわね、ハンナ」
二人は気を悪くした。
「いや、いいんだよ。これも神が望んだことだと思ってる。ぼくたちには捉えられない高次の意味があると。それに子供の件は養子をとればいいさ」
「そうか……悪いな、シュテファン。私はそろそろ休もうと思う。続きを頼めるか?」
「ああ、いいよ。ゆっくり休んでくれ」
「ママ、買い物に行きたい!」
「はいはい、行きましょうね」
「うん!」
「あなた、私たちは買い物にデパートまで行ってくるわね」
「ああ、行ってくるといい」
「行ってきます!」
アーダルベルトは一人で部屋に行くとそこで、ベッドの上に横たわった。
それから眠りに入った。




