セリオン登場
エスカローネは一人、道路を歩いていた。
エスカローネは考え事をしていた。
ローザリントが言い残した言葉――
「おまえ自身を知れ」
それがエスカローネから離れなかった。
いったい、自分は何者なのだろうか?
自分の何が原因で命を狙われなくてはならないのか?
なぜ?
わからない……
そんなことを考えていると、周囲に霧が起こった。
「霧? 変ね。さっきまでは晴れていたのに……」
エスカローネはそんなことを思った。
すると、突然、霧の向こうから何かが投げつけられた。
「!? これは!?」
それは氷の塊だった。
氷の塊はエスカローネの両手、両足を拘束した。
「くっ!? 動けない!?」
氷の塊がエスカローネの四肢にまとわりついた。
「私は機会を待っていた」
霧の向こうから声が聞こえた。
それはエスカローネが知っている声だった。
「フフフ……久しぶりだな、エスカローネよ」
声の主が霧の向こうから姿を現した。
オールバックの長い髪に、黒いローブを着た女――
「悪魔メドゥサ!」
「ほう……覚えていてくれたのか。これは光栄なことだ」
メドゥサはさやからブロードソードを抜いた。
「フフフ、私はこの機会を待っていた。おまえが一人きりになるこの時をな……ザンクト・エリーザベト修道会はにこもられると手が出せなかった。しかし、おまえは一人きりになり、絶好の機会が訪れた」
「どうして、私を狙うの!? 私の何が狙わせるの!?」
エスカローネは自分の思いを口にした。
「ほう……少しは自分のことを自覚するようになったようだな。だが、手遅れだ。今度こそ、おまえにはここで死んでもらう。我々悪魔の脅威となりえる者はとわに消えていなければならないのだ」
そう言うとメドゥサは左手を上に上げた。
ゆっくりと巨大な氷のつららが形成された。
「フフフ……前回は防がれたが、今回はどうかな? おまえの四肢は拘束されている。もはやおまえには打つ手が残されていない。そのまま、一思いに貫いてやろう! 死ぬがいい!」
メドゥサは氷のつららを投げつけた。
氷の鋭い先端がエスカローネに迫る。
エスカローネは不合理な死を前に両目をつぶった。
エスカローネは死ぬはずだった。
「何奴!?」
ところがそうはならなかった。
氷のつららは粉砕された。
つららの残骸が美しく砕け散った。
幻想的な光景だった。
エスカローネは目を開けた。
そこには青いマフラーをひるがえらす一人の青年が、大剣を振るっていた。
この金髪の青年が蒼い闘気「蒼気」をまとわせた一撃で氷のつららを砕いたのだ。
「きさま……いったい何者だ! 私の一撃をやすやすと砕くとは!?」
「俺か?」
青年は口を開いた。
「俺はセリオン。セリオン・シベルスク(Selion Sibersk)。テンペルに属する騎士だ。またの名を人はこう呼ぶ。『青き狼』と」
(え?)
エスカローネはセリオンの後姿を見た。
というのはセリオンがエスカローネの前に躍り出て、氷のつららを砕いたからだ。
それだけではない。
エスカローネは「セリオン」のことを知っていた。
その「セリオン」が今、自分の目の前にいるということが信じられなかった。
なぜなら、それは……
「青き狼だと……!? シベリア共和国の英雄、セリオン・シベルスク!?」
メドゥサは動揺した。
「なんだ、俺のことを知っているのか。それなら話は早い」
セリオンは大剣をメドゥサに突き付けた。
「今、このまま去るのなら、見逃す」
「何だと!?」
「判断は的確にな。このまま逃げ去るのなら命は助けてやる」
セリオンは言い放った。
メドゥサは怒りに支配された。
「ふざけるな! 今この場で、小娘より先に斬り殺してくれる!」
「なるほど……俺の『敵』になるんだな?」
「死ね!」
メドゥサはブロードソードでセリオンに斬りかかった。
セリオンは大剣でガードした。
メドゥサは剣で攻撃した。
だが、その斬撃は、セリオンには届かなかった。
すべて防がれた。
「ぐぬうっ!」
メドゥサは上から下に剣で斬りつけた。
セリオンは大剣を前に出し、メドゥサの斬撃を軽々と受け止めた。
「行くぞ?」
セリオンの青い瞳に意思が宿った。
セリオンは大剣でメドゥサに連続攻撃を行った。
乱舞のごとく、猛烈な攻撃だった。
「ちいいい!?」
メドゥサは一転して守りに回った。
セリオンの攻撃を受け止めるので精いっぱいのようだった。
一方、セリオンには余裕があった。
メドゥサはそれを認めると、バックステップでセリオンと距離を取った。
強い――
エスカローネはセリオンの戦いぶりを見て、そう思った。
セリオンの強さはメドゥサを圧倒している。
セリオンとメドゥサが対峙する。
セリオンの青いマフラーが風を受けてひるがえる。
一瞬、そのマフラーは「誰が作ったのか」、エスカローネの意識をよぎった。
メドゥサは怒りの表情をセリオンに向けた。
「まだ戦う気か? なら俺も本気で行くぞ? 蒼気!」
蒼い闘気がセリオンから放出された。メドゥサはプレッシャーを受けた。
「…………」
メドゥサの沈黙。
メドゥサはセリオンを忌々し気に見つめていたが。
「きさま……よくも邪魔をしてくれたな。これで済むと思うな! 後で必ず、きさまも葬ってくれる! セリオン・シベルスク! いや、青き狼よ!」
そう言うとメドゥサはブロードソードをさやにしまった。
「小娘! 二度も邪魔が入るとは幸運な奴だ! 覚えていろ! 次こそは必ず、その命をもらい受ける! さらばだ!」
そう言い残した後、メドゥサは後ろを向き、ダッシュして霧の中に消えていった。
メドゥサが消えると、霧が晴れてきた。
「霧が晴れた、か……」
セリオンは蒼気の放出をやめた。
くるりと後ろを振り向くと、エスカローネに近づいた。
セリオンは軽く蒼気を放ち、エスカローネを拘束していた氷の塊を破壊した。
「あ、ありがとうございます……助けていただいて……」
エスカローネは感謝の言葉を口にした。
「ところで、君は……もしかしてエスカローネか?」
セリオンはまじまじとエスカローネを見つめた。
「もしかして、セリオンなの? 私よ。小さいころよく遊んだ、エスカローネよ」
「やっぱり、エスカローネだ! こんなところで出会うなんて! 俺はセリオンだ! 久しぶりだな! 会えてうれしいよ!」
「それは私のセリフよ。私もずっとあなたに会いたかったわ! あのセリオンと再会できるなんて夢にも思わなかったわ!」
エスカローネに顔が赤くなった。
「本当に、セリオンなのね……」
「ああ、そうだ。本当にエスカローネなんだな……」
二人は見つめ合った。
エスカローネの目から涙がこぼれた。
なぜなら、セリオンとの思い出はずっと昔からのものだったからだ。
ずっと昔からの、大切な思い出……
エスカローネは今でもセリオンを愛していた。
エスカローネはセリオンを愛している――
その気持ちに偽りはない。
エスカローネはセリオンとはもう再会できないと思っていた。
だからこそ、セリオンとの再会が信じられなかった。
「セリオン……すごく強くなったのね……あのメドゥサを返り討ちにしてしまうなんて……」
エスカローネは感極まった。
「今俺は宗教軍事組織テンペルに所属している。
この国ヴェヌスタシアの北東に広がる北の大地シベリア、そこにいるんだ。俺はテンペルで訓練・修行して騎士になった。俺はそれから暴竜ファーブニルを倒した。それ以来俺は『英雄』と呼ばれている。もっとも俺は『青き狼』と呼ばれる方が好きだけどな」
セリオンは照れながら、今の現状について語った。
「本当にすごくなったのね。すてきだわ」
「シベリア共和国の首都ヴァナディースには俺の母さんも住んでいる。俺と同じテンペルの一員で、シュヴェスターだ」
「へえ、そうなんだ。確かお母さまの名前は……」
「ディオドラ(Diodora)」
「そうそう! ディオドラさんだったわね。それにしてもセリオンはすてきなマフラーを巻いているのね? 誰か大切な人からのもの?」
エスカローネは気になっていたことを質問した。
セリオンはマフラーに手を添えて。
「ああ、これか。これは俺の母さんが編んでくれたんだ。誕生日のプレゼントさ」
「そうなの……あなたの大切な恋人からの物かと思ったわ」
エスカローネは内心安心した。
「いや、そんな人はいないよ。ところで、何で、エスカローネがあの女に狙われていたんだ?」
「彼女は私の命を狙っているの。理由はわからない。私の存在が邪魔なのは確かなんだけど……」
「エスカローネには狙われる理由がわからないのか?」
「ええ……だから今はね、ザンクト・エリーザベト修道会に保護されているの……ただ、父と母のことが気になって一人で家まで帰ってきたのよ。父と母は謎の黒集団にさらわれてしまったわ。それから修道会に戻ろうとしていたところを、メドゥサに狙われたのよ。それからのことはセリオンが知っている通りだわ。私はあなたに命を助けられた。ありがとう、セリオン」
「別に礼を言われるほどじゃないさ。それにしてもエスカローネ?」
「何?」
「エスカローネはヴェヌスタシアの軍隊に入ったのか?」
「ええ、そうよ。どうして?」
「いや、着ている服が軍用スーツだったからさ。気になったんだ」
「ふうん、そう」
「そうか……命を狙われているのか……あの女、かなりの腕の暗殺者だった」
セリオンが熟考した。
「でも、あなたにはかなわなかったようだけど?」
「まあな。エスカローネ?」
「どうしたの?」
エスカローネはふしぎに思った。
「これからどうするつもりだ?」
「これからは……そうね……修道会に戻ろうって思ってる……」
「そうか……なら俺がいっしょについて行くよ。それなら安全だろ?」
エスカローネとセリオンはザンクト・エリーザベト修道会の門の前までやって来た。
門の内側ではアンネリーゼをはじめ、ベアーテ、マリア、シャルロッテ、アウラたちシュヴェスターが立っていた。
「エスカローネ!」
アンネリーゼがエスカローネをがばっと抱きしめた。
「アンネリーゼ……」
エスカローネはアンネリーゼのぬくもりを感じた。
「エスカローネ! 私たちは血のつながった姉妹じゃないけど、本当の姉妹だと思っているのよ! 本当に、本当に心配したんだから!」
「アンネリーゼ、それにみんな……」
エスカローネはシュヴェスターたちの顔を一人ずつ見た。
みなが安心した表情を浮かべているのがわかった。
「みんな、本当にごめんなさい。どうしても父と母に会いたくて、修道会を抜け出してしまったの。誓ってもう二度とこんなことはしないから……」
「どうして一言いってくれなかったの……ところで、隣の彼は?」
アンネリーゼはエスカローネから離れて、セリオンを見た。
「俺はセリオン・シベルスク。シベリア共和国にあるテンペルの騎士です。そしてエスカローネの幼なじみでもあります」
「あなたがシベリアの英雄ですね? 青き狼・ブルーダー・セリオン?」
ベアーテが言った。
「よくご存じですね」
「シベリアの兄弟姉妹のことには関心を持っておりますので」
ベアーテはほほえんだ。
「私はまたメドゥサに命を狙われたの。今度はもうだめかと思ったわ。その時、彼がさっそうと現れて、助けてくれたのよ」
「そうですか、それはありがとうございます。私たちはエスカローネのことを本当の姉妹同然だと思っています。そのエスカローネを助けてくれたことは本当にありがたいです」
一同を代表して、アンネリーゼが答えた。
「本来なら、当修道会でもてなしたいのですが、当修道会は男子禁制なのです。申しわけありませんが、これ以上は……」
「ええ、わかっています。俺は彼女の安全のためついてきただけですので、気になさらないでください」
「セリオン?」
エスカローネはセリオンを見た。
「じゃあ、エスカローネ、俺はここで去るよ。ここにいるシュヴェスターたちなら、君の身を守ってくれる。信頼できる人たちだ。本来なら再会の喜びを祝いたいところだけど、今の君は命を狙われている身だ。下手に動かないほうがいい」
「ねえ、セリオン」
「何だい、エスカローネ?」
「また、会いに来てくれる?」
「ああ、また会いに来るさ」
セリオンは明るくうなずいた。
「それでは、失礼します」
セリオンは一礼すると、振り返って立ち去っていった。
エスカローネはそんなセリオンの姿をじっと見つめていた。
セリオンの青いマフラーが風で揺れていた。




