第7話 似合う服
数日後、約束した服屋の前でハロルドさんを待っていた。
俺もレイナもいつもの服だ。通りの向こうにハロルドさんを見つけ、手を上げる。
「悪いな、休みの日に」
「俺たちも町にいるつもりだったんで」
今日のハロルドさんは剣も外套も身につけていない。それでもこのまま採取に行こうと言われたら、ついていってしまいそうだった。
「マルタさんとは、どこへ行くんですか?」
レイナが尋ねる。
「昼を食って、店を見て回るくらいだ。あいつはオレがいなけりゃ、買うものだけ買って帰っちまうからな」
「ハロルドさんも、そうじゃないですか」
言ってから、ちょっと馴れ馴れしかったかと思った。
「だから、お前らに聞いてるんだろうが」
肩を軽く叩かれる。レイナが吹き出し、俺も笑って店の扉を押した。
*
店の女性は俺たちを覚えていて、入っていくと嬉しそうに声をかけてくれた。今日はハロルドさんのものを探していると伝えると、奥から何枚か持ってきてくれる。
俺が選んだのは、襟のある深い青の上着だった。
「これ、どうですか」
「ちょっと気取ってないか」
「マルタさんと出かけるんでしょ」
レイナにも勧められ、ハロルドさんは上着へ袖を通す。前を留めると、肩幅にちょうど合った。袖の長さもちょうどいい。
「あ、いいですね」
思ったまま言う。普段よりきちんとして見えるのに、ハロルドさんの顔から浮いてはいなかった。
レイナが横へ回り、背中も確かめている。
「動きにくくないですか?」
「平気だ」
ハロルドさんは鏡の前で体をひねる。俺とレイナの顔を順に見てから、店の女性へ向き直った。
「これより、少し小さいのはあるか」
何で?
店の女性も肩の辺りへ目をやったが、同じものをもう一枚出してくれた。ハロルドさんはいったん脱ぎ、そちらへ腕を通す。
肩が引っかかった。
片方ずつ腕を伸ばし、布を引いてようやく着る。前は留まったが、胸のところに横向きの皺ができていた。
ぴちぴちだ。
「小さくないですか、それ」
「そうか?」
鏡に向かって胸を張る。さっきより布が突っ張った。
レイナは脱いだ方をまだ持っている。
「こっちの方が、楽そうでしたけど」
「仕事に着るわけじゃないからな」
「でも、腕、上がります?」
俺が聞くと、ハロルドさんは両腕を少し持ち上げた。肘が肩まで来る前に止まる。
「上がる」
そこまでならな。
防具を合わせたときは、俺にもっと大きく動かせと言った人だ。だが、本人はもう鏡の中の自分を気に入っているらしい。
「どうだ。似合うか」
「似合ってますけど、さっきの方が――」
「よし。これをもらおう」
最後まで聞いてほしかった。
レイナが大きい方を店の女性へ返す。俺を見る目が、いいの、と聞いていた。
よくは分からないが、服を買うのはハロルドさんだ。
そのまま着ていくというので、古い方を包んでもらって店を出た。
*
「助かった。自分じゃこの色は選ばん」
ハロルドさんは襟を直しながら歩いている。機嫌はよさそうだ。俺も、色は間違っていないと思う。
「マルタさん、何て言うかな」
レイナが小声で言った。
気になる。かなり気になるが、俺が聞くより先にハロルドさんが振り返る。
「そうだ。夜、うちへ来いよ。飯にする頃には戻ってるから」
「今日、お出かけするんですよね?」
「昼は外で食うが、夜は家だ。エマの分も作ってある。お前らの分くらいあるさ」
レイナと顔を見合わせ、またお邪魔することにした。
ハロルドさんは片手を上げ、家の方へ歩いていく。その背中はいつもより姿勢がよかった。
俺たちは見送ってから、夕方に持っていく菓子を探すことにした。
*
夕方、菓子の包みを持って訪ねると、エマが扉を開けてくれた。
「今日はありがとう。お父さんの服、選んでくれたんだって?」
「ああ、うん。お邪魔します」
もう話が回っている。
中へ入ると、マルタさんが俺たちを迎えてくれた。今日は髪を片側で編んでいる。
「二人とも、いい服を見つけてくれてありがとうね」
レイナが俺の方を見た。よかった、と言いかけたところで、マルタさんは食卓の方へ顔を向ける。
「形も色もいいのに、どうしてまた小さいのを買うんだろうね」
ハロルドさんは、椅子に座ったまま前の留め具を一つ外した。
「小さいってほどじゃないだろ」
「さっき、上の棚へ手が届かなかったじゃない」
「届いたぞ」
「私が取ったじゃないか」
俺は菓子を渡すついでに、マルタさんの方へ向き直った。ハロルドさんと目が合うと、笑ってしまいそうだった。
「いつもこの人、自分で選ぶとぴちぴちの服を着るのよ。今日は二人に選んでもらったっていうから、今度こそ大丈夫だと思ったのに」
「大きいのもあったんです。同じので」
つい言うと、ハロルドさんがこっちを向く。
「お前、似合うって言ったじゃねえか」
「似合ってますよ。色とか。俺、最初はそっちを勧めましたからね」
ハロルドさんは俺から目を逸らし、娘の方を見た。
「……エマ」
「着替えた方が、ご飯食べやすいと思うよ」
誰も味方になってくれなかった。
マルタさんがパンの皿を置く。
「窮屈なの、好きじゃないでしょう。普段はすぐ緩めるくせに、出かけるときだけ、どうしてそうなるの」
ハロルドさんは開いた襟元へ指を入れた。そのまま布を引き、何か言いかけてやめる。
「……お前が、昔」
「うん?」
「かっこいいって、言ったから」
最後は俺にもぎりぎり聞こえるくらいの声だった。
マルタさんの手が皿の縁で止まる。
「ああ……あの服?」
「覚えてねえのかよ。あの服も、これくらいぴったりしてただろ」
「覚えてるけど。あんたが腕まくりして、荷物を運んでくれたときでしょう」
ハロルドさんが頷く。マルタさんはその肩を見て、息を漏らした。
「そこじゃないわよ」
俺はもう顔を背けても間に合わなかった。笑った拍子に肩が揺れ、隣のレイナまで口元を押さえる。
「小さい服がかっこよかったんじゃないの。荷物を運んでくれた、あんたがかっこよかったの」
「……同じようなもんだろ」
「同じなら、苦しくない方にしてちょうだい」
ハロルドさんは俺たちを見る。
「お前ら、笑いすぎだぞ」
「すみません。でも、言ってくれれば――」
「言えるか、こんなこと」
それもそうだと思ったのに、余計に笑ってしまった。
レイナはやっと息を整えると、持ってきた菓子をエマと皿へ出し始めた。マルタさんは鍋を温めに戻り、ハロルドさんはしばらく襟を引っ張っている。
やがて椅子を引き、奥の部屋へ消えた。
*
着慣れた上着で戻ってきたハロルドさんは、席につくなり大きく息を吐いた。
「楽ですか」
「お前な」
言いながらも、さっきは届きにくそうにしていた皿へ手を伸ばす。俺も笑うのをやめて、回ってきた皿からパンを取った。
「それで、どこへ行ったんですか。お昼」
レイナが尋ねると、マルタさんは川沿いの店だと答えた。焼いた肉がおいしかったらしい。
「もう一皿頼もうかって言ったんだけどね。この人、珍しくいらないって」
ハロルドさんが口へ運びかけたパンを止める。
俺はその腹を見てしまった。レイナも見た。
「違うぞ。昼はあれで十分だったんだ」
マルタさんは返事をせず、その器へ肉を足していた。
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本編は全143話、完結まで執筆・校正済みです。
本日は第10話まで、10分おきに公開します。
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