第54話 乗換駅
今の地図に、オルナという町はなかった。
翌朝ギルドで古い路線図を見せると、昨日の男性が北東のセルトを指す。川の向こうに長い建物があり、川の中には橋の柱だけが残っているという。
『オルナも、南に川があった。渡ったところで乗り換えるんだ』
レイナと顔を見合わせた。少なくとも、見に行く場所はできた。
道の様子を聞いている間に、掲示板の紙が目に入る。人の名前と服装、戻らなくなった日が何枚も並んでいた。
「最近、人がいなくなった話が多いんですか」
「この町でも、ほかの町や村でもあります。働き盛りの男性が多いそうです。一人で出歩かず、行き先も誰かに伝えてください」
仕事へ出た人ばかりではなく、買い物から戻らない人もいるらしい。テオも紙へ顔を向ける。
「それから、こちらの道は避けてください。野盗が出ています。騎士団が向かっていますが、まだ通せるという知らせは来ていません」
男性の指が地図の東へ移った。
「騎士団が出るほどなんですか」
「護衛のいる荷車も襲われています。奪われた荷の量や足跡から、五、六人ほどと見ていますが」
「五、六人で、そんなに」
エマが道を見る。
「魔物のいる外で待ち伏せして、護衛を見てから襲う連中です。それに顔を隠している。町で食料を買っていたって、捕まえられないでしょう」
森の中を探して倒せば済む話でもないのか。
俺たちの泊まる宿を、向こうが先に知っていたら。魔物を探すときのように、こっちが見つけるつもりではいられない。
セルトへ行く便は北へ回るため、その街道を通らないという。乗り継ぐ町でも確かめるよう言われ、俺たちは礼を言った。
*
馬車は明後日の朝に出て、乗り継ぎを待つ日も含めて十日。歩けば三週間ほどかかる。
運賃を聞いてレイナと顔を見合わせたが、昨日の報酬で往復できる。四人分を頼んでから、おっさんへ尋ねた。
「昔は、どれくらいかかったんだ?」
『この辺りからなら、列車で四時間くらいだったな。途中で何度か停まるやつで』
十日かけて行く運賃を払ったばかりだ。
「朝出れば、昼には着いてたのか」
『まあな。長いから、何か食うものを買って乗るんだ』
「長いって言うなよ、四時間で」
『当時は長かったんだよ』
レイナが笑った。確かに日本にいた頃なら、俺だって駅弁を買おうと思っただろう。
今その列車があれば、おっさんより先に飯を買って乗り込む自信がある。
*
ルーゼンを出てからも、東の道が開いたという知らせはなかった。乗り継ぐたびに先を確かめ、北へ進む。
七日目は次の馬車を待って、宿でテオとモリスをした。駒を置いた途端にあいつの口元が上がり、俺は慌てて手を戻す。
「待った。まだ指、離してない」
「離してたって」
『離したな』
おっさんは黙っててくれてもいいだろ。
夕方に町を歩くと、門の脇の荷車へ子供が駆け寄っていった。籠を下ろしかけた男が片手で頭を撫でる。
『この辺りも窓から見て通り過ぎてたんだろうな』
「途中では降りなかった?」
『オルナで乗り換える以外は、ずっと乗ってた。早く帰りたかったからな』
新幹線で通った場所なんて、俺もいちいち覚えていない。
十日目の午後、馬車はセルトの橋を渡った。
上流には四角い柱が等間隔で並んでいる。上のものがなくなったという話のとおり、柱の先には空しかなかった。
『もう少し、向こうを見せてくれ』
対岸には、新しい木の屋根の下に古い建物が残っていた。太い柱の間の窓は板戸になり、前で荷を積み替えている。
馬車を降りると、テオが俺の袋も下ろしてくれた。
「見に行こうぜ。ここだろ?」
「うん。ありがとう」
それから人に頼み、木箱の積まれた端を通らせてもらった。
『右の壁だ。何か残ってないか』
高いところに細長い板が掛かっている。端は欠けていたが、真ん中の文字は読めた。
オルナ。
「……あった」
三人も見上げる。レイナは帳面を開きかけ、そのまま手を止めた。
『ああ。ここで降りて、向こうで北行きに乗り換えてたんだ』
おっさんの言う方には、天井近くに四角い穴があった。階段はなく、壁から短い金具だけが突き出している。
おっさんは、あそこを上っていたのか。
俺なら乗り換えまで何分あるか気にしながら、たぶん駆け上がる。おっさんも同じように走ったことがあるかもしれない。
地図の上では遠かったサディウスが、ここから乗り直せば帰れる場所だった。
北行きの案内を探し、荷車を出すついでに隣の板戸も開けてもらう。
その先では、鶏が土をつついていた。
『……なくなってるな』
低い塀と草ばかりで、行き先を書いた板は一枚もない。
戸を押さえていた男性に事情を話すと、丘の建物に古い図があると教えてくれた。町の屋根の向こうに見える塔の下だ。
「ギルドの人がいるよ。今日はもう帰ってるかもしれないけど」
礼を言って外へ出る。川の風が背中の汗を冷やした。
「明日、行こうか。先に宿を取って、靴脱ぎたい」
「俺は飯」
『俺もそっちに一票だ』
「おっさん、歩いてないだろ」
『十日間、馬車に乗ってたのは一緒だぞ』
それはそうだけど。
*
翌朝、丘へ上ると低い建物が二棟あった。一棟は屋根が崩れ、もう一棟にギルドの札が掛かっている。
古い門柱の文字を声に出した。
「中央技術院、地域技術局、オルナ支所」
『技術院か。俺の専門の資料でも、名前を見たことがある気がする』
「オヤジの仕事場?」
「違うって。研究をしてたところらしい」
テオが大剣を見た。俺も、地図だけでは惜しい気がして建物へ入る。
卓の前にいた男性は、道の図を見たいと言うと浅い箱を出してくれた。溝に立った薄い板を一枚抜き、平たい道具へ差し込む。黒い面に線と文字が浮かんだ。
「ここを押すと次の図。抜く前はこっちだよ。写してもいいから、場所が分かったら教えてほしい」
最初の一枚は川を渡る管、次は橋の柱。線路だと思って追っていた線が、途中で排水管になった。
「これ、電車は通れないよな」
『詰まるな』
分かってるなら、もう少し早く言ってくれ。
エマが見終えた溝へ紙を挟み、駅の名前がついた次の板を出してくれる。隣のテオは運搬用の道具の図に引っかかっていた。
「これ、背中に荷物を載せて歩くのか?」
『工事で使うやつだな』
「そうだって」
「馬がいらねえの、いいな」
俺も覗きかけたところで、目の前の表示が変わった。
オルナ駅構内。
テオを呼び、四人で卓へ寄る。昨日の階段を辿ると隣の乗り場へ出て、線路が北へ延びていた。
『そうだ。それを左へ曲がるんだ。右は荷物を運ぶ方だったと思う』
レイナが分岐と、その先の駅名を写す。図は敷地の端で切れていたが、ただ北へ行くよりは探せそうだった。
次の番号を探していると、画面の下に小さな字があった。
地域技術局オルナ支所、生体応用室。
「生体って、生き物のこと?」
『そうだな』
「そこの棚にもあったよ、その名前」
レイナが奥を指す。生き物にナノマシンを使う研究なら、取り込みすぎた身体も調べていたかもしれない。俺の頭の中に声が残った理由も、分からないままだ。
男性に聞くと、壁の戸棚から出てきたという道具を見せてくれた。レイナの帳面くらいの大きさで、黒い面がついている。
「何も映らないんだ。魔素を通しても駄目でね」
裏へ返すと、おっさんが声を上げた。
『これ、台に載せて充電するやつだよ』
一緒に見つかったものを出してもらう。テオが持ち上げた金属の台には、道具の窪みと合いそうな出っ張りがあった。
「電気を通すものらしいんです。試してもいいですか」
男性は線の先を確かめてから、今まで使っていた閲覧用の道具と差し替えてくれた。
充電中。
向こうで毎日のように見ていた文字が、端に小さく浮かぶ。
地図を見直しながら待つうちに印に色がつき、横の細長い部分を押すと画面が点いた。エマも男性も、肩越しに覗き込む。
「中に残っていたんだね。読めたら教えてくれるかな」
「はい」
日付と番号、マウスという文字。その後ろには人の名前らしいものもある。
『待ってくれ。最初へ戻してくれんか』
おっさんに言われ、上へ戻す。
外部へ渡す報告に、この記録を含めないこと。閲覧者を別の名簿で管理すること。その下に研究の名前があった。
人格情報の保存と、別個体への移行。
「……人格?」
レイナの手が止まる。俺は一つ下の欄を読んだ。
保存媒体、ナノマシン群。
頭の中へ呼びかけようとして、言葉が出なくなる。おっさんも何も言わない。
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