第52話 動かない理由
翌朝、見学の受付へ向かう途中で、エマが足を止めた。
通路の脇に大きな昇降台がある。昨日乗ったものより広いが、入口には縄が渡され、荷車を押してきた男たちはその前を素通りしていた。
「これ、使わないんですか」
エマに聞かれた一人が、足を止めずに答える。
「先月から駄目なんだ。向こうの小さい方まで回るよ」
荷車の上には布の袋が積まれている。二台が通り過ぎると、今度は空の籠を抱えた女性が同じ方へ歩いていった。
「昨日の、あれか」
テオが通路の先を見る。乗るときは面白かったが、一度に運べる量が減ったなら、あそこで待つ時間も長くなるのだろう。
『こっちの方が、よく使われてたんだろうな』
おっさんに言われて床を見る。台の前だけ、車輪が通った跡が白く擦れていた。
*
ギルドにある見学の窓口で、受付の男性が図を広げてくれた。奥の区画は水も明かりも止まり、閉鎖されているという。大きな昇降台もその一つで、使える場所へ店や荷物を移しているらしい。
レイナが図へ顔を寄せる。
「一度に止まったんですか」
「いや。大きい昇降台が先で、次が水。明かりは、まだ最近だよ」
図を見ていると、おっさんが声を落とす。
『……それ、全部別々に壊れたのかね』
聞き返しかけたところで、男性が俺たちの腰の剣を見た。
「冒険者なら、仕事で中へ入る気はないか。見学より奥になるけど」
通路の終わりに、町の設備へつながるらしい部屋がある。そこまで行って、途中の扉や明かり、読める表示を確かめてほしいという。
「昔の図には道がある。ただ、今もそのままとは限らないからね。古い建物や洞窟を調べたことは?」
「ベルカで、採掘場に開いた横穴へ入ったことならあります」
男性の指が図の上で止まる。
「ベルカの横穴って、ドラゴンがいたところか?」
「あとから、そう聞きました。俺たちは見てません」
折れた天井と食べ残された魔物を見て戻ったと話すと、男性は頷いた。
「最初の報告をしたのが、あんたたちか。こちらの採掘場にも知らせが回ったよ。今回も、危なければそこで戻ってくれればいい」
テオの口元が緩む。あのとき引き返したことが、仕事につながるのか。
レイナを見ると、彼女もこちらを見ていた。
「調べたことが役に立つなら、やってみたい」
「俺も。エマとテオは?」
「行きたい。昨日は、見えないところばっかりだったし」
エマが図の奥を見た。テオは大剣の帯を持ち直す。
「俺も行く。帰る道は、ちゃんと書いとこうぜ」
引き受けて、図の写しと鍵を借りた。
*
立入禁止の札を越えると、店の声が遠くなった。
扉を数えて図へ書き足し、落ちた欠片を照らしながら進む。床の継ぎ目はまだ揃っていた。
「これ、さっきのと同じ印だよ」
後ろからエマが指した矢印の下には、丸を二つ重ねたような印がある。
『供給設備の印だな。そっちへ行けばよさそうだ』
「道が合ってるって。印も書いておこうか」
レイナへ伝え、文字と印を照らす。おっさんにも読めるよう、顔を上げておく。
角ごとに変わる番号も確かめる。ゲームなら使い回しだと思うような通路でも、帰りに間違えたら困る。
最後の扉は、借りた鍵で開いた。
部屋の奥に、俺たちの背より高い箱が並んでいる。太い管が天井へ続き、壁際には文字の浮いた板があった。明かりが消えた通路を来たのに、そこだけは点いている。
「動いてるのか?」
テオは剣へ手を伸ばしかけ、俺を見た。
「まだ分からない。先に、あれを見よう」
板へ近づくと、低い音が耳に入った。箱のどれから鳴っているのかまでは分からない。
主電源、一部停止。
蓄電供給、継続。
その下には数字と、横に長い棒がいくつも並ぶ。
『上から読ませてくれ。急がんでいい』
おっさんに言われた順に表示を見せる。
『電気を作る方の一部が止まって、ためてあった分を少しずつ減らしながら動かしてるんだな』
「だから、全部は消えてないのか」
『ああ。足りなくなって、使う量のでかいところから切ってる』
俺が伝えると、レイナが帳面を開いた。
「昇降台、水、明かりって順だったよね。全部が壊れたんじゃないんだ」
「じゃあ、こっちが動けばあの台も使える?」
エマに聞かれ、俺はもう一度板を見た。
『ほかに壊れてるところがなければな。まず、止まった理由だ』
おっさんに言われた文字を探す。何度かやり直そうとした記録が残り、どれも同じところで止まっていた。
「始動補助、応答なし」
『そこか。発電する方まで進んでない』
線と表示を辿る。前へ回るたびにテオが明かりを持ち替え、エマは床に何もない方を教えてくれる。
小さな蓋の前まで来た。
『その下に、外から始動を助けるところがあるはずだ』
蓋の取っ手を引くと、掌ほどの丸い面が見える。その脇にも始動補助と書いてある。
「魔素を使うの?」
『それで最初だけ手を貸せると思う。立ち上がれば、あとは勝手に動く』
車のバッテリーのようなものだと思うと、急に手の届くところへ来た気がする。関さんの店でも、締め直しただけで動く道具があった。
「やってみても大丈夫かな」
『止める方も確かめとけ。その右だ』
すぐ隣の停止の表示を確かめ、箱の周りへ顔を向ける。人の手や服を挟みそうなものは、外へ出ていない。
『この手の設備なら、まずい状態じゃ動かんようにしてあるはずだ』
「安全装置か」
そういうものはあるよな。
電子レンジだって、扉が開いていたら動かない。俺が中の仕組みを知らなくても、毎日使えていた。
俺がおっさんの話を伝えると、表示を見ていたレイナが停止する場所へ指を添える。
「じゃあ、こっちは私が見てる。何かあったらすぐ止めよう」
「頼む。テオとエマは、扉のところにいてくれる?」
テオが入口へ戻り、エマと並ぶ。俺は足元にものがないことをもう一度確かめ、丸い面へ手を近づけた。
魔素を集める。薄い膜を作るのではなく、そこへ働かせるものを送る。
『そのくらいで待て。向こうが受け取る』
手の下で、小さく何かが鳴った。
音が途切れ、もう一度鳴る。今度はそのまま続く。
板の文字が変わった。待機の横にあった印が消え、棒の一つが端から伸びていく。俺は手を離したが、今度は途中で止まらない。
奥で低い音が大きくなる。
レイナが俺を見た。その頬が、さっきより明るい。
天井の灯りが点いていた。
「……ついた」
入口でエマが外を見る。
「こっちも。通路の、向こうまで!」
俺も駆け寄りかけ、おっさんに表示を見ろと言われて戻った。
主電源、稼働。
読めた途端、笑いが出た。
「動いたぞ」
『ああ。もう魔素は送らんでいい。動いてる』
テオが明かりを消す。さっきまでその小さな光を頼りに歩いていた道が、扉の向こうまで白く続いている。
自分の手を見た。頭は重くない。これで、あの荷車も遠回りをしなくてよくなるかもしれない。
*
部屋を出る前に、レイナが板の数字を書き写す。
明るくなった通路は、行きには気づかなかった壁の色までよく見える。テオも番号を確かめながら「こんなに広かったんだな」と言っている。
最後の扉を開けると、受付の男性に別の職員、それに腕章をつけた二人の男まで待っていた。
「中で何かしましたか」
「はい。奥の設備が止まっていたので、動かせるか試してみました。今は――」
「何を、どう動かしたんです」
声が硬い。
俺は言葉を止め、手に持っていた図を見る。レイナも帳面を閉じた。
「上の水槽へ急に水が入り始めました。ほかにも、何か動いたという知らせが来ています」
水。昇降台。明かり。
部屋の中では、動けば使えるようになるものの名前だった。
「すみません。どこか、おかしくなりましたか」
「それを今、確かめています」
男性は入口を職員へ任せ、俺たちにギルドへ来るよう言った。
ギルドの一室で、操作した場所を説明した。男性はレイナの記録を写して立ち上がる。
「確認が終わるまで、この部屋で待っていてください」
「俺たちも、動いたところを見に――」
「今は、ここにいてください。まだ聞くことがあるかもしれません」
扉が閉まった。
外には、さっきの腕章の男が残っている。
テオは椅子へ腰を下ろし、俺を見た。
「……俺たち、帰れないのか」
答えようとして、何も出てこなかった。
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