第49話 俺の剣(テオ視点)
テオ視点です。
首都を出て三日目、馬に水を飲ませるために馬車が止まった。
ヨコヤマさんの帳面は約束の日に返し、俺たちはその翌朝に出発した。
俺は先に降りて腕を伸ばす。歩かなくて済むのはいいが、座ってばかりいると、今度は動きたくなる。川べりまで行こうとしたら、コータもついてきた。
「あと何日だっけ」
「今日を入れて六日。順調なら」
「長いな」
「三日目から言うなよ」
そういうコータも降りてからずっと腰を伸ばしている。
レイナとエマは御者に水を汲める場所を聞いていた。俺たちも空いた水筒を持って、その後ろへ続く。
川の向こうにも道があった。あっちを行ったら、どんな町へ着くんだろう。枝道の先を見ていると、コータが東へ続く街道を指した。
「こっちだぞ」
「分かってるよ。早く着かねえかなって」
「アーティファクトの町で余計なもん買うなよ」
俺は振り返った。
「まだ着いてもねえのに」
「前科があるだろ」
コータが馬車の荷台へ結びつけた大剣を指す。
あれは今じゃちゃんと役に立ってる。それを言うと、買ったときは分かってなかっただろと返された。そっちこそ、ルーゼンの図を何度も見ていたくせに。
こいつだって店に入れば欲しがるに決まってる。レイナに止められて、それでも一回持ってみたいとか言い出すんだろうな。
「コータにも言ってやってよ」
水筒に栓をしたレイナへ声をかけると、彼女は俺とコータを見比べた。
「二人とも、まず値段を聞いてね」
「俺は聞くって」
コータが答えたので、俺も続けた。
「値段は聞いたうえであれ買ったんだよ」
何故かもっとかわいそうなものを見る目で見られてしまった。
*
あれを買ったのは、ベルカで二人の仲間と仕事をしていた頃だった。
その日の依頼はうまくいった。二人が逃げ道を塞ぎ、こっちへ追ってくれたところを俺が倒した。ギルドを出てからもその話をしていたら、槍を使う方に最後だけやたら長く話すなと笑われた。
「いいところなんだから、長くてもいいだろ」
「私が足を止めたところも言ってよ」
弓を持ったもう一人にも言われる。そこもちゃんと話した。あの矢が外れていたら、俺の一撃も届かなかった。
報酬を分け、二人は明後日の旅に備えて干し肉を買いに行くことにした。俺も途中の広場まで一緒に歩く。宿代は払ってあるし、財布には前の仕事の金も残っていた。
そこで、見つけた。
剣にしては幅があり、先が丸い。長い握りから延びた縁には小さな歯のようなものが並んでいた。露店に敷いた布の上で、それだけが妙にでかい。
妙に、でかい。
足が止まると、店の親父が顔を上げた。
「気になるか。アーティファクトだよ」
「これ、持ってみていい?」
いいと言われ、両手で持ち上げる。重い。だが、持ち上がらないほどじゃない。握りには指がしっかり掛かった。
少し離れたところで二人も立ち止まっていた。
「そんなん、振れるのか」
「広いとこならな」
「ここでやるなよ」
振らねえよ。そう返しながらも、頭の中ではもう振っていた。
こいつを肩へ担いでギルドに入ったら、みんな見るだろうな。持ってるだけじゃ駄目だが、これで大きいのを倒せばいい。俺が前で止めて、あの二人が横から回って。
傷は多いのに、曲がったところも握りのがたつきもない。
「頑丈そうだな」
「そりゃ、そこらの鉄とは違うからね」
親父の言った値段は、思っていたより高かった。
布へ戻し、財布を開けて数える。もう一度数えても、足りなかった。
「もうちょい安くならない?」
「いくらある」
俺が答えると、親父はそれじゃ足りないなと難しい顔をした。財布の底まで見せる。これで全部だと言ってから、しばらく待った。
「……まあ、今日はそれでいいよ」
やった。
硬貨を出そうとしたら、横から手が伸びてきた。槍の仲間が俺の手首を掴んでいる。
「全部って、次の町へ行く金は?」
「また稼ぐよ。宿は払ってあるし」
「明後日には出るって言っただろ」
「じゃあ、俺、何日かあとから行く。すぐ稼げるって」
そのときは、本当にそう思っていた。今日みたいに働けばいい。何日かずれても、次の町で追いつける。
もう一人も俺の財布を見た。
「一回、宿に戻って考えたら?」
持っていた硬貨を握る。親父は剣へ布を掛けようとしていた。
戻ってくるまで、ここにあるとは限らない。二度と見つからないかもしれない。
「俺の分だろ。これがいいんだよ」
手首を持っていた指が離れた。
俺は金を出した。包んでもらった大剣を担ぐと、肩へずしりと重さが掛かる。歩くたびに嬉しくて、店の窓に姿が映ると横を向いた。
二人は先に買い物へ行っていた。
*
切れ味は、ひどかった。
宿の裏で薪に使う細い枝をもらって試した。刃を引いても、表面がけば立つだけだ。力を込めれば折れるが、それなら石でもできる。
持ち方を変えても駄目だった。刃の向きを確かめ、傷んでいるのかと指で縁を触る。
細かい歯はある。なのに、切れない。
「どうだった」
買い物から帰った二人が来た。
「重いけど、使えそう」
言ってから、足元にある潰れた枝を見た。二人も見ている。
「……いや。切れ味は、よくない」
「よくない、くらい?」
「かなり」
弓の仲間が俺から枝を受け取った。裂けた端を見てから、剣の方へ顔を戻す。
「返せないの」
「もう買ったんだし。それに、殴れば倒せる。折れそうにないしさ」
ここで駄目だと言ったら、空になった財布だけが残る気がした。
槍の仲間は宿の壁へ背を預けていた。
「俺たち、予定どおり行くぞ」
「うん。俺も金できたら、そっち行くから」
「次の町で待つ約束はできない。仕事があれば、そこからまた動く」
顔を上げる。二人ともこちらを見ていた。
「……じゃあ、どこで会うんだよ」
「それを決めてから買ってほしかった」
弓の仲間が言った。
何日かくらい、と思いかけて口を閉じた。何日で追いつけるか、俺も分かっていない。
「金、貸せなんて言ってねえだろ」
「それは分かってるよ。でも、道中で飯がなくなったから、お前だけ食うなってできるわけないだろ」
槍の仲間が壁から背を離す。
「自分の金でも、全部使う前に相談はしてほしかった。旅を続ける金までなくなるなら、俺は一緒には行けない」
大剣の握りを持ち直す。
そっちの金を使ったわけじゃない。欲しかったものを買っただけだ。そう言いたかったが、二人ともそれは分かったうえで話している。
「……分かった。俺は残る」
思っていたより声がでかくなった。
二人が出発する朝、俺は宿の前まで見送りに出た。前の日に荷運びで稼いだ金はあったが、長い道を行くには足りなかった。
「じゃあな。またどっかで」
槍の仲間が手を上げる。俺も上げた。もう一人は大剣を巻いた布を見てから言う。
「変なのに噛みつかれる前に、ちゃんと使い方考えなよ」
「分かってるって」
それから、何かもう一つ言えばよかったのかもしれない。けれど、そのときは出てこなかった。
俺は二人の背中が見えなくなるまで、そこにいた。
*
「テオ、水。ここ、空いたよ」
エマに呼ばれて顔を戻す。俺も水筒を満たし、きつく栓をした。
あのあと、ベルカでコータたちに会った。妙な独り言を言うやつだと思ったら、中にもう一人いるという。
わけわかんなくて笑ったが、そのオヤジが大剣の使い方を知っていた。
あの二人にも、一度見せたい。
今なら、枝くらい切れるぞと言える。まあ、最初に試してから買えとは言われるだろう。それは、今の俺だってそう思う。
馬車へ戻ると、コータが道端の草の上へ座り、袋からパンを出していた。
「腹減ったな。先に食う?」
「食う」
隣へ座ろうとして、レイナに場所を空ける。俺がエマの横へ回ると、彼女は包みを開き、切ってもらったチーズを配ってくれた。
パンに挟む。思ったより薄い。
「もう一枚ない?」
「一人二枚だよ。下に入ってる」
「あ、あった」
「お前、俺の方見るの早すぎだろ」
コータが自分の包みを引っ込めた。見ただけだって。
四人で食べながら、向こうに着いたらどこへ行くか話す。レイナとエマは古い建物と上の階の店を見たいらしい。
「俺は道具の店だな。同じ形のがあったら、並べて見たい」
「俺もそこは行く」
コータが言った。
「小手に使えそうなの、何かあるかもしれないし」
「ほら。お前も買う気じゃん」
「見たいって言っただけだろ」
「俺もそう言ってた」
エマが吹き出す。コータも笑ったが、レイナから持って帰れる大きさにしてねと言われると、真面目に分かってると答えた。
ほらな。
俺は残りのパンを口へ入れた。こういう話なら、道の長さも忘れられる。
出発すると御者に呼ばれ、みんなで荷物を戻す。大剣の紐を確かめていると、コータが何もない方へそうだなと答えた。
「オヤジ、何て?」
「珍しいってだけで買うなよって」
「じゃあ、かっこよかったら?」
コータが口を開きかけ、止めた。
今、聞いてるな。
「……使い道を聞いてから、だって」
「分かった。ちゃんと聞く」
俺だけじゃなく、コータにも持たせてみるか。こいつまで欲しくなったら、話はもっと長くなるだろう。
馬車が動き出す。向かいのコータが座り直した。
「次は俺にも買う前に見せろよ」
「おう。止められるの、俺一人じゃ嫌だしな」
「巻き込むなよ」
言ってろ。店の前で先に足を止めるのは、どっちかまだ分からねえぞ。
ただ、今度は俺一人だけ置いていかれることはなさそうだ。
少なくともコータも一緒に置いていかれるだろう。
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