第48話 機械の町
「映画を見に行くところだったんです。そのあと、二人で飲もうって話してて」
翌朝、横山さんの食卓で今度は俺たちが覚えていることを話した。
隣のレイナも言葉を足す。約束は覚えているのに、どこで日本からいなくなったのかは二人で考えても分からなかった。
横山さんは、持ち物もそのままだったことと、目覚めた草原から歩いた道を帳面へ書き込んでいく。地図をこちらへ向け、リンダムの位置も確かめた。
丘と草しか見えなかったあの場所も、地図の上ではリンダムへ続く道につながっていた。
「何か、ほかの人と同じところってありますか」
「持ち物ごと来た人はいる。ただ、場所も人数もばらばらだし、これだけでは何とも言えないな」
俺たちの話が何行か増えた頁を、もう一度見る。誰かが同じことを聞きに来たとき、何かつながるだろうか。
卓の向こうではエマが別の帳面に挟まっていた紙を押さえていた。横からテオが覗いている。
「これ、川?」
「道じゃないかな。ほら、こっちにつながってる」
「いや、それは廊下」
横山さんが言った。
俺もそちらを覗く。長い線の両側へ四角がいくつも並んだ図だった。四角の中に宿や店の名前が書いてあるので、町の地図かと思った。
「廊下、ですか」
「この辺り全部一つの建物の中なんだよ。上に屋根がある」
エマが押さえている紙の端から、反対の端まで。その広さを想像してから、俺は四角の一つを見直した。
「この宿も、中に?」
「うん。昔の建物を区切って使ってる。窓のない部屋も多いから、泊まるなら先に見せてもらった方がいい」
町の話を聞いているつもりが、急に違うものを思い浮かべ始めていた。工場か、やたらと広い倉庫か。隣でレイナも紙へ顔を寄せる。
「何ていう町なんですか」
「ルーゼン。ここから東。古い道具を調べるなら、あそこは面白いと思う」
横山さんは紙を卓の中央へ置いた。
*
「行く前はアーティファクトがたくさん売ってる町だと思ってたんだけどね」
話しながら横山さんが図の端を指す。
「着いたら、荷物を載せた床が上がっていった」
「床?」
テオが聞き返す。
「荷車が二台は載るくらいの台があって、それごと上の階へ運ぶんだ。人も乗れる。馬は嫌がるから、下で外してたな」
「エレベーターですか」
「たぶん、ああいうものだと思う」
エマが図の上の階を指す。
「じゃあ、上のお店にも荷物を運べるんだ。うちの店、二階に持っていくとき大変だったから」
俺は馬車を降りてエレベーターへ乗るところを考えていた。ずいぶん変な取り合わせだ。
「町で使ってるものが何でもアーティファクトなのか?」
テオが顔を上げた。
「水を上げる設備も、通路の明かりも、古いものが残ってたよ。全部が動くわけじゃないみたいだけど」
「すげえな。建物までそうなのか」
「元は工場だったんだと思う。広い部屋に大きな機械が並んでるところもあった」
工場。
俺はもう一度紙の線を見た。日本で見た工場は、大抵塀の向こうに屋根しか見えなかった。門が開いていても、用がないのに入る場所ではない。
そこへ泊まれて、飯まで食えるのか。
「今も何か作ってるんですか」
「そっちは動かせないらしい。何を入れて、どこをどう触ればいいか分からないって。俺が見せてもらった部屋でも、機械の間に箱を積んでた」
「もったいない」
思わず言うと、横山さんは俺もそう思ったよと笑った。
「でも、あんなのを試しに動かして、止め方が分からなくなっても困るからね。使えるところを使って暮らしてるんだろうな」
レイナが自分の帳面を開き直した。
「横山さんは、そこで何を調べたんですか」
「昔の文字が残ってるもの。道具に書いてある説明とか、壁の表示とか。こっちへ来た人が何か残してないかも聞いた。ただ、俺が読んだ範囲では、帰る方法につながるものはなかった」
見せてもらった写しには、入口、搬入、洗浄といった言葉が並んでいた。俺なら通り過ぎそうな表示にも、どの建物で見たかが添えてある。
「残ってるもの、全部を見られたわけじゃない。入れなかった建物もあるし、あとから掘り出されたものもあるはずだ」
レイナが町の名前を書いた。その横へ行き方を聞き足しているのを見て、俺も口を開く。
「俺、行ってみたい」
彼女がこちらを向く。
「私も。ここの記録を見せてもらってから、行こうか」
「うん。何を調べたか、先に読んでおきたい」
行きたいと思った一番の理由は、動く床の話だった。けれど、帰る方法を探すのも本当だ。古いものがこれだけ残る町なら、おっさんが見て分かるものもあるかもしれない。
おっさんに尋ねようとして、口を閉じる。横山さんにはまだ話していない。
「テオたちはどう?」
レイナが聞いた。テオは待っていたように自分の脇へ立て掛けた大剣を示す。今日はしっかり持ってきていた。
「これ、どっかで作ったものなんだろ。あそこにもこういうのあるかな」
横山さんは布から出た握りを見て、それから図へ視線を戻した。
「同じものを見た覚えはないな。道具を並べてる店なら、いくつもあったけど」
「じゃあ、聞けるな。これを知ってるやつがいるかもしれない」
自分の武器を作った場所。それが分かったら、確かに嬉しいだろう。俺も小手を直してもらうなら、まずフォルネのあの店が浮かぶ。
エマは町の図を眺めたまま、上の階にも行ってみたいと言った。
「お店の人も同じ建物に住んでるのかな。雨の日でも買い物に行けるんだよね」
「朝起きて、そのまま店に行けるな」
「コータ、それだと寝坊しそう」
レイナに言われた。否定しようとしたが、通勤に時間がかからなくなれば、その分寝ていた気はする。
横山さんが笑い、町までの道を教えてくれた。
*
帳面を三日後まで借りることになり、地図の写しも挟んでもらった。俺も手分けして写すと言うと、レイナに字は読めるようにねと先に言われる。
「おっさん、あの町の話、どうだった」
通りの端へ寄ってから聞く。テオとエマも歩く速さを緩めた。
『見に行きたいな。あの図だけじゃ、何を作ってたところかまでは分からんが』
「実物を見れば、分かるかも?」
『かもしれん。俺だって、どの工場でも分かるわけじゃないぞ』
「そりゃそうか」
『そういや、さっきのエレベーター、お前のところにもあったんだな』
「あるよ。駅とか店とか、いろんなところに」
『ストップウォッチもあったし、案外知ってるものが多いな』
「おっさんの話を聞いてても、そう思うよ」
『ただ、あの剣みたいに同じ名前でも違うものはあるだろうな』
「じゃあ、町で実物を見たら話そうか。俺たちが使ってたものと何が違うのか」
『ああ。そっちの話も聞いてみたい』
おっさんも行きたいそうだと伝えると、テオは大剣を担ぎ直した。
「同じ道具を見つけたら、何が違うか聞けるな」
『まずは値段を聞け』
それを伝えた途端、レイナが笑った。テオは今回は見るだけでもいいだろと返してくる。そのつもりで露店を覗いて、有り金を全部使ったのではないだろうか。
東へ向かう馬車は四日後に席が取れた。ルーゼンまでは四百キロほど、宿に泊まりながら八日かかるという。旅費を払っても、町を見て回る余裕は残る。
宿へ戻る途中で、店と店の間へ渡した屋根を見上げた。あれがずっと続くようなところなのだろうか。
『コータ、上ばっかり見てると踏むぞ』
慌てて足を止めた。靴のすぐ先に馬が落としていったものがある。
「……危なかった」
テオに笑われながら避ける。隣へ来たレイナがさっきの屋根を見上げた。
「もう向こうの町のこと考えてた?」
「うん。階段使わなくていいの、久しぶりだなって」
「そこなの?」
彼女も笑い、帳面から図を取り出した。
帰ったら帳面を読むつもりだったのに、俺はもう一度レイナの持つ図を覗き込んだ。
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