第47話 三人
首都に着いた翌朝、俺たちは関さんの紹介状を持って横山さんを訪ねた。
宿で教わった家の前へ来ると、テオが窓を覗こうとする。
「いるかな」
「まず叩こうぜ」
扉の向こうで足音がした。
出てきたのは、短く髪を切った男の人だった。袖を肘までまくり、手には布を持っている。
「はい」
「横山さんですか。ベルカの関さんに紹介してもらって来ました」
「亮介に?」
レイナが手紙を差し出す。封を開けた男性は何行か読むと俺たちを見た。
「二人とも、日本から来たのか」
「はい。俺が片瀬康太で、こっちが柳本玲奈です」
「横山直人。上がってくれ。そっちの二人も」
エマとテオも名乗り、俺たちは中へ入った。
食卓には切りかけの野菜が載っていた。壁には剣が二本掛けてあり、その下の棚に紙や帳面が詰まっている。横山さんは包丁を置き直すと、足りない椅子を隣の部屋から運んできた。
「亮介、元気だった?」
「はい。店も忙しそうでした。これを預かったあと、俺たち、フォルネに長くいたので。会ったのはだいぶ前なんですけど」
「あいつの店、何でも持ち込まれるだろ」
「俺の水筒も直してもらった」
テオが言うと、横山さんは手紙から顔を上げた。
「テオドールって、君か。前に手紙に書いてあったよ」
「え。何て?」
「変な形の剣を見せに来たって」
「ちゃんと使えるんですよ、あれ」
昨日は宿の部屋で、重いから今日は置いていくと言っていた。今になって、持ってくればよかったという顔をしている。
横山さんは笑って手紙を畳み、棚へ置いた。
「それで、帰る方法の話だよな」
俺は椅子へ座り直した。
「はい。関さんと一緒に探していたって聞いて。今も探してるんですよね」
「探してる。ただ、まだ見つかってない。そこは先に言っておくよ」
「……はい」
レイナが袋から帳面を出す。その表紙を見て、俺も聞きたかったことを思い出した。
「調べたところを教えてもらえますか。俺たち、ほかの転移者を探すくらいしかできてなくて」
「いいよ。同じ所へ何度も行くこともないだろうし」
棚から出された帳面をレイナと覗く。
町の名前と、その下に人の名前が並んでいる。日付の横には短い書き込みもあった。
「こっちは亮介と回ったところ。そのあと一人で聞きに行った分もある。全部、今も同じ所に住んでるとは限らないけど」
レイナが書き写していいか尋ねると、明日にでも貸すよと言ってくれた。
「今日、全部は無理だろ」
繰った頁にも文字が続いていた。次も、その次も。
関さんがあちこち探したというのは聞いていた。それでも、行った場所がこうして並ぶと違う。俺たちは一人に会うために、半年以上かけてここまで来たのだ。
「横山さんは、こっちに来てどれくらいなんですか」
「八年くらい。二十二のときだった」
レイナのペンが止まる。
日本を出た頃の話を合わせると、俺たちより一年ほど早い。生まれた年を聞いて、俺は思わず横山さんの顔を見直した。
「俺と生まれ年、同じです」
「そうなのか」
「はい。来たときは二十三だったので」
横山さんは俺の顔を見て笑った。
「ずいぶん差がついたな」
「……俺も、こっちで一年は過ぎましたけど」
日本にいたら、同じ学年だったかもしれない。そう思っても、さっきまでの話し方は変えられなかった。
関さんは会ったときに十五年。こちらへ来たのは、日本の日付で俺たちの二年前だった。横山さんは一年ほど前に来て、八年。
同じ割合で進むのなら、俺たちがここで過ごした一年余りも、日本ではまだ二か月ほどなのかもしれない。
そうだったらいい。けれど、帰った先もその続きなのだろうか。
レイナも二つの日付を見比べている。
「帰る場所が出てきた日の日本だとは限らないんですよね」
「分からない。俺も、それを確かめられる相手には会ってない」
ただ帰れればいいと思っていたが、帰った先のこともある。実家の玄関を開けたとき、親はどんな顔をするだろう。何年経っていても、帰ったと言えればいい。そう思ったところで、何十年もだったら、という考えが浮かんだ。
そこまで想像したくなくて、俺は開かれた帳面へ目を戻した。
「今は何を探してるんですか」
「昔ここへ来た人の記録。今会って聞ける人だけじゃ、分かることが限られるから」
横山さんは綴じた紙の束を引き寄せた。
「見つけても、商売の帳面だったりするんだけどな。帰る方法を探してたのかさえ分からないものも多い」
「全部読んでるんですか」
エマが棚を見る。横山さんはそちらを振り返り、まだ読めていないものもあると答えた。
「金も稼がないといけないからね」
俺たちがフォルネで過ごしていた間も、この人は仕事をして、その合間に探していたのか。
ここにあるものを俺も読んでみたい。何から調べればいいのか分からなかった昨日よりは、やれることがありそうだった。
*
「四人とも、冒険者なんだよな」
来るまでの道を話しているうちに、仕事の話になった。フォルネで何を狩っていたか話すと、横山さんは赤腹トカゲの皮を買い取ってくれる店まで知っていた。
「腹の皮まで傷めると、嫌な顔されるだろ」
「されました。倒してから、ああって」
「あそこへ刃が通ると、倒しやすいんだよな」
テオまで頷いている。
「帰りに持つと重いんですよね、あれ」
「四人なら分けられるよ。俺、一人で五匹欲張って、途中で日が暮れたことがある」
「五匹?」
身を乗り出したテオへ横山さんが笑う。
「それからは減らした」
反省するのは、持って帰る方なのか。
『そりゃ重いだろうな』
頭の中でおっさんが言う。この人がどうやって五匹も倒すのか、俺はそっちの方が気になった。
「二人は、最初から一緒に仕事してたの?」
聞かれ、俺は頷く。
「はい。リンダムで、エマのお父さんに教わりました。剣も、採取も」
「魔法も、お父さんに教わったんだよ」
エマが続けた。
「最初はクリーンからで。私も同じだった」
横山さんがエマを見る。
「……お父さんも、こっちの人?」
「うん」
「君のお父さんは、死ぬことがあるとも言わずに、二人へ使わせたのか」
横山さんの語気が強くなる。
「いえ。先に聞きました」
俺は口を挟んだ。
「体に合わないと、死ぬことがあるって。使う前に説明してくれました」
横山さんは俺を見た。次の言葉がすぐには出てこない。
隣でレイナが帳面から手を離す。
「魔法を使わない仕事もあるから、やめてもいいって言ってくれたんです。二人で考える間も、待ってくれました」
「それで、俺たちが教わりたいって決めました」
エマは口を結んでいた。膝の上の手が握られている。
俺は横山さんへ向き直った。
「知らないまま、使わせたりしない人です」
横山さんは何も言わずに俺を見ていたが、やがて目を伏せた。
「……そうか。ごめん」
それからエマへ顔を向ける。
「君のお父さんのこと、何も知らないのに。決めつけた。悪かった」
「お父さんは、ちゃんと教えてたよ」
「うん。今、聞いて分かった」
卓に置いていた俺の手にも力が入っていた。指を緩めたが、何を言えば先ほどのように話せるのか分からない。
「俺は三人で来たんだ。日本から」
横山さんの言葉に、レイナもペンを置いたまま耳を傾ける。
「一人は、初めて魔法を使った日に死んだ。合わないやつがいるって、あとで聞かされてさ」
テオが卓の端へ置いていた腕を下ろす。
「あとで?」
「ああ。転移者なら大抵は使えるって。そう言われて、俺たちも、使えるつもりでいた」
土のついた自分の手をきれいにした日のことを思い出す。レイナと魔法を楽しみにしていた。怖いと聞いても、二人で使おうと決めた。
あそこで俺だけ死んでいたら、レイナはどうしたのだろう。
「それから、魔法を教わったって聞くと、先にそっちを考えるようになった。……君のお父さんがどうだったかは、聞いてなかったのにな」
エマは頷くだけで、大丈夫とも、気にしていないとも言わない。
俺もその場を埋めるようなことは言えなかった。
*
隣の部屋で椅子の脚が床を擦った。
横山さんがそちらを見る。奥の扉が細く開き、男の人が顔を出した。
「直人」
「起きたか。水、いる?」
男性は頷き、それから食卓にいる俺たちを見た。扉を持つ手が止まる。
「亮介の知り合い。手紙を持ってきてくれたんだ」
横山さんの声がさっきより柔らかくなる。
俺が頭を下げると、男性も頭を下げた。返事はなかった。そのまま部屋へ戻るのを見て、横山さんが棚からコップを取る。
「悪い。ちょっと待ってて」
水を持っていき、扉の向こうで何か話す。ここからでは言葉までは聞き取れなかったが、戻ってきた横山さんの手にもうコップはなかった。
「一緒に来た、もう一人ですか」
俺が聞くと、横山さんは頷いた。
「色々あってさ。今は、知らない人と話すのがきついみたいなんだ」
エマが奥の扉から顔を戻す。横山さんは切りかけの野菜をまとめながら続けた。
「亮介と旅をしてた頃は、あいつも一緒だったんだけどね。今は俺が仕事に出て、家ではなるべく一緒にいる」
壁の剣を見た。二本とも使えるように手入れしてある。
俺は横山さんとさっきの男性が並んで歩くところを思い浮かべようとした。今の姿しか知らないので、うまく浮かばなかった。
「今日はこの辺で。また帳面を見せてもらいに来てもいいですか」
レイナが聞くと、横山さんは明日の午前ならいると言ってくれた。今度は俺たちが来たときの話も聞きたいらしい。
この人にとっても、俺たちは新しく会った転移者なのだ。
席を立つと、テオが壁の剣を見上げる。
「剣の方も今度聞いていいですか。トカゲ五匹は俺らじゃまだ無理だから」
「持って帰れる分にしとけよ」
「そこも聞くけど」
横山さんが笑った。さっき聞けなかったことをそのまま聞いてくれたテオへ、俺も顔を向ける。
玄関で礼を言うと、エマも続いた。
「お邪魔しました」
「うん。またおいで」
外へ出ると、近くの家からパンの焼ける匂いがした。もう昼が近い。
エマが通りへ出たところで俺を待っていた。
「さっき、ありがとう」
「いや。教わったことを言っただけだよ」
「うん」
彼女はレイナにも顔を向け、それから二人で歩き始めた。
俺は振り返る。まだ閉まりきらない扉の奥から、横山さんの声が聞こえた。
「昼、何なら食べられそう?」
返事を待つ間があった。
「うん。じゃあ、そうしよう」
扉が閉まる。
俺はレイナたちに追いついた。明日までに、ここへ来たときのことを二人で思い出しておこう。
あの帳面に俺たちのことも増える。
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