第41話 湯の町
串の中身は、肉ではなく魚だった。
衣を噛むと、白い身がほぐれる。まだ熱くて口を開けたまま息を吸ったら、隣のテオも同じことをしていた。
「熱い」
「見てたろ、揚げてるとこ」
「分かってたけどさ」
そんなことは分かっていた。ただ待っている間の匂いがよすぎた。
『そこに塩があるぞ』
店の男が差し出した小皿を見て、おっさんが言う。次の一つにつけてみると、油の甘い匂いのあとに、魚の味がはっきりした。
「うまいな、これ」
「もう一本いく?」
テオが店の方を振り返る。
「先に二人のを持ってこうぜ」
テオから残りの串を受け取る。二人を探して戻る間に、俺の串からは最後の一つもなくなった。
レイナとエマは馬車を降りたところから通りを一本入った宿の前にいた。二人部屋が二つ空いていて、裏手の浴場も使えるという。
「お風呂広いんだって。宿の人以外も入りに来るみたい」
レイナが串を受け取りながら教えてくれた。エマは入口の脇にある札を読んでいる。
「夕飯までまだあるね」
「先に入ろう。剣、見に行くのは明日でいいか」
「うん。俺、今日はもう荷物持ちたくないわ」
いつもの分け方で二人部屋を借り、剣と貴重品を預けた。着替えを持って浴場へ向かう間も、通りの金属を打つ音が聞こえてくる。
アクウィス・フォルネ。普段はフォルネと呼ぶという町の名前を、宿の札でもう一度確かめた。
*
湯に肩まで沈むと、声が出た。
「ああー……」
向かいのテオにも笑われたが、そいつも腰を下ろした途端、俺と大して変わらない声を出した。
石で囲まれた湯船は十人くらい入ってもまだ余りそうだった。壁の高いところに窓があり、外から入る風が湯気をゆっくり動かしている。先に体を洗ってきたのに、湯へ入るとまた手足を擦りたくなる。
『いいところだな』
「だな。こんなに脚、疲れてたんだなって感じする」
「俺、尻。昨日からずっと」
テオは縁へ頭を預けた。俺も同じようにして、天井の太い梁を見る。今すぐ何かしなければならないわけでもない。飯は宿で食えるし、寝台も取ってある。
しばらく、このままでいたかった。
「オヤジの頃の風呂も、こんなんだった?」
テオに聞かれ、俺はそのままおっさんへ問いを渡す。
『石の風呂もあったよ。湯の温度はもっと細かく変えられたがな』
「好きな熱さにできるのか。それいいな」
『熱いのが好きなやつと行くと、結局譲る羽目になったけどな』
伝えると、テオはそんなところで負けるなよと笑った。俺も笑いながら湯をすくう。二万年前ならどんな風呂だったか、いくら想像しても、最後には知っている温泉の景色になってしまう。
「外、見えたりした?」
『見えるところもあった。夜は湯気ばっかりで、景色どころじゃなかったが』
「そういうのは変わらないんだな」
湯船から上がると、奥の戸から腰に布を巻いた男が出てきた。顔も首も赤い。中を覗けば、壁に沿って木の段があり、その端に熱した石を積んである。
「あれ、サウナか」
「知ってんの?」
「似たのには入ったことある。暑い部屋で汗かくんだよ」
「せっかくだし、入ってみようぜ」
水を飲んでから、俺たちも布を借りて中へ入った。
戸を閉めるだけで、外の音が遠くなる。木の腰掛けは熱く、座り直した足にも上から熱気がまとわりついてきた。
最初はよかった。
テオが上の段へ移ったあたりから、おかしくなった。
「こっちの方が熱い」
「そうだろうな」
「コータ、お前ほんとにそっちでいいの?」
無駄にむかつく顔で言ってくるが、別に、どこへ座ってもいい。
いいはずだったのに、俺も一段上がってしまった。
『張り合うところか、そこ』
「ちょっと見え方が違うかと思って」
「同じ壁だろ」
テオが笑う。さっきまで自分も下にいたくせに。
額を汗が伝い、顎から落ちた。熱した石の脇に座る年配の男は目を閉じている。俺たちには興味がないようで、たまに肩の布を直すだけだった。
どちらが先に出るか、とは言っていない。
ただ、テオが脚を動かすたびに、出るのかと思った。向こうも俺が顔を拭くとこっちを見る。
『出たら、冷たいものを飲もうぜ』
その一言で、戸の外の水差しを思い出した。
飲みたい。
今、ものすごく飲みたい。
「俺、出る」
「あ、俺も」
立ち上がると、テオもついてきた。
「お前、まだいられるんじゃないの」
テオがにやにやしながら聞いてくる。
「いや、おっさんが飲みたいって」
『聞こえないからって勝手に人のせいにするな』
戸を開けた瞬間、さっきまで暖かかった洗い場の空気が涼しく感じた。腰掛けへ座って水を飲む。うまい。もう一口飲んでから、隣のテオを見る。
「俺が先に出たけど、別に負けじゃないからな」
「勝負してたの?」
「お前な」
テオはコップを口へ持っていったまま笑っていた。
*
服を着て出ると、エマが知らない女性と話していた。
レイナも一緒で、俺たちを見つけると手を上げる。乾ききっていない髪が首の横へかかっていて、近づいたときには湯の匂いがした。
「二人とも、赤いね」
「暑い方にも入ってた」
「長く入ってたんでしょ」
レイナの声がもう分かっているという調子だったので、俺は水も飲んだと答えておく。
「こっちがコータで、こっちがテオ」
エマが女性へ紹介した。俺たちより年上に見える人で、後ろでまとめた髪から一筋だけ耳の前へ落ちている。膝には畳んだ上着が載っていた。
「リンデ。あんたたち、四人で旅してるんだってね」
「はい。今日、着いたところです」
「聞いた。風呂がいい町だろ」
「すごく」
俺より先にテオが答えたので、リンデさんが笑った。
「中で話してたら、冒険者の人だったの」
エマは自分の隣を空けてくれた。
「弓を使うんだって。手に痕があって、何だろうって聞いて」
見せてもらうと、右手の指の皮が硬くなっていた。俺の剣だこよりずっと限られたところだ。エマは自分の手を開き、もうあんまり痛くないけど、と笑う。
その上からリンデさんが覗き込み、今は旅の方で苦労してるんだってねと笑う。
そこまで話したのか。
「明日は何するつもり?」
「鍛冶屋へ行こうと思ってます。剣を買い替えたくて。ほかにも相談したいものがあって」
「なら、西の通りの、戸口に車輪が立ってる店。あそこなら防具も見てくれるよ」
レイナが店の場所を書き留めた。
「私は明後日、山裾へ赤腹トカゲを狩りに行くんだけど、一緒にどう?」
テオはもう行きたそうな顔をしている。レイナは、私たちでも狩れますか、と尋ねた。
「話を聞いてからだね。無理そうなら、ほかを考えりゃいいよ」
軽い言い方だった。どのくらい強い人なのか、今はまだ分からない。
それでも、この土地で仕事をしている人に教わりながら行けるのはありがたい。俺たちが何をしてきたか話し始めると、リンデさんは途中で立ち上がった。
「続き、飯食いながらにしない? 風呂入ったら腹が減っちゃった」
『いい人だな』
早い。まだ、飯を食うと言っただけだぞ。
隣でテオも立ち上がり、エマはこの宿で食べられるよと食堂を指した。
俺も腹は減っていた。串をもう一本買わなくてよかったと思いながら、レイナと一緒に後へ続く。
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