第30話 大剣
翌朝、テオが荷物を持って宿へ移ってきた。寝台が二つずつある部屋を借り直し、俺はテオと、レイナはエマと一緒に泊まることにした。
昼飯を済ませて外へ出ると、テオが大剣を持たせてくれた。
両手で受け取ると、思ったより先が下がる。握り直して持ち上げたところで、今度は肩に力が入った。これを担いで、昨日あの洞窟を歩いていたのか。
「どう?」
「重い」
「だろ」
「何で嬉しそうなんだよ」
先を地面につけないよう持ち直すと、おっさんが妙なことを言った。
『それ、動かして使ったことはないのか』
「動かす?」
「振ってみたいなら、広いとこ行こうよ」
「いや、おっさんが。これ、動かして使わないのかって」
テオが大剣へ顔を寄せた。
「どこが?」
『切るところだよ。止まったままじゃ、そりゃ切れんだろ』
俺は手元を見直した。出てきたレイナとエマも、何をしているのかと足を止める。
「待て。これが何か、知ってるのか」
『木とかを切る道具だ。俺の頃にも使ってた。剣じゃないぞ、それ』
「……剣じゃないって」
テオの顔から笑いが消えた。
「でも、切るんだろ?」
「木とかを」
「切れるならいいよ。どうやるの」
立ち直るのが早い。言われたとおり握りを覗いたところで、レイナに袖を引かれた。
「ここで試さないでね」
通りを歩く人が大剣を避けていく。俺たちは関さんの店へ向かうことにした。
テオが布を巻き直す間に、エマが俺の隣へ来る。
「おじさん、いつから知ってたの?」
「それ、俺も思ってた。いつからだよ」
『初めて見たときから。壊れて動かんから、ああやって使ってるのかと思ってた』
そのまま伝えると、テオは布を巻く手を止めた。
「知らなかっただけだよ。先に言えよな」
『動くかどうかは、まだ分からんぞ』
念を押されたが、テオはもう大剣を担いでいる。俺も、早く確かめたくなっていた。
*
関さんに木と裏庭を借り、握りの内側へ指を掛けた。魔素を通してから押すのだという。
「ここ、前も押したのに何も起きなかったんだよ」
テオがぶつぶつ言う。知らなければ、俺もそこで終わっていたと思う。
『通したあと、切る間だけ動かせ。切り終わったら止める。つけっぱなしで眺めてると、余計に食うからな』
テオへ伝えながら、俺は幅広い刃を見る。
「これ、チェーンソーみたいなものなのか」
『ああ、そう呼んでたな』
「鎖みたいなのは見えないけど」
『鎖? 何に使うんだ』
「俺が知ってるのは、刃のついた鎖がぐるぐる回って木を切るんだよ」
『へえ。そっちはそうなのか。こいつは縁のところを細かく振動させて切るんだ』
名前は同じでも、俺の知っているものとは違うらしい。それでも、丸い先と長い握りを見ていると、剣より道具だと言われた方が納得できた。
『工事なんかで普通に使ってたよ。いちいち刃物を振り回すより、ずっと楽だろ』
伝えると、エマは大剣を見直した。
「昔の、すごい武器じゃないんだ」
レイナが、あのお金の出し方はもったいなかったねとテオを見る。
「今いっぱい売ってるわけじゃないだろ。俺は、これしか見なかったし」
そこだけは譲らないらしい。切れればいいのだという顔で、テオは剣先を作業台の外へ向ける。
俺たちが離れてから、握りへ指を掛けた。
低い音がした。
「おお……動いた」
指を離せば音も止まる。テオは一度俺たちを振り返り、それから自分の剣を見下ろして笑った。
*
最初は腕より細い木を選んだ。
レイナが作業台へ留め、切る端を外へ出す。俺も揺れないか確かめてから離れた。
「いつもみたいに振るなよ。ゆっくり当てればいいって」
「分かってる」
テオが両手で握る。音が始まり、縁が木へ触れた。
細かい木屑が落ちる。
両腕に力を込めて押し下げようとしたところで、刃が木の中へ入った。テオは慌てて押すのをやめ、そのままゆっくり下ろしていく。
短い端が落ちた。
「切れた」
止めた大剣と、地面の木を見比べている。
「こんなに切れるのか、これ」
「今まで、どうしてたんだよ」
「もっと、こう。思いきり」
振りかぶる真似をしたので、俺はやめろと手を上げた。テオも分かっていると笑い、大剣を作業台へ寝かせる。
レイナが切れ端を拾い、エマへ見せている。押すだけであんなに切れるのか。俺が覗き込んでいると、テオが握りを差し出した。
「やりたい?」
「……やりたい」
「だと思った」
さっきまで自分が一番はしゃいでいたくせに、俺を笑う。
木を留め直してもらい、俺も握りへ魔素を送る。震える刃を当てると腕が引かれた。腰を落とし、傾けないよう下ろすことだけを考える。
端が落ちた。すごい。もっと切ってみたくなったところで、横からテオが覗く。
「コータ、そっちは曲がってる」
切り口を見ると、途中から斜めになっていた。
「初めてだからだろ」
「俺も初めてだよ」
それはそうだ。悔しかったが一度返し、二人にも譲る。レイナは重いと一回でやめ、エマは持ち上げたところで首を振った。
「下ろすとき、止められる気がしない。見るだけにしとく」
「短いのがあれば、もっと使いやすそうだよね」
レイナの言葉に俺も頷いたが、テオは今の長さを気に入っているらしい。もう次の木を選んでいる。
しばらくして、手が止まった。
「……これ、結構使うな」
「どうした?」
「頭、重くなってきた」
大剣を置いて壁際へ座るテオに、水筒を渡した。おっさんは今日は終わりだと言う。
「火つけるくらいじゃ、こんなにならないのに」
『使う量も多いし、慣れない道具には余計に送りがちだからな』
伝えると、テオは自分の手を見た。
「切れるようにって、ずっと力入れてた」
「押し込まなくても切れたでしょ。そこも減らせるのかな」
レイナの言葉に、あいつは小さく頷く。
次の町へ行く前に、俺ももう少し練習しておきたい。けれど、何日やれば安心して出られるのか、それも分からなかった。
水を飲んだテオが、俺を見上げた。
「オヤジに、ありがとうって言っといて」
『聞こえてるよ』
「聞こえてるってさ」
「そっか。聞こえる方は、あるんだっけ」
今度は俺の顔へ向かって、テオが礼を言った。
「ありがとう、オヤジ。これ、ずっと切れないままだと思ってた」
『オヤジになったのか、俺は』
おっさんが笑った。
「嫌なのか」
『いや。次は買う前に聞けって伝えといてくれ』
それを伝えると、テオは次は使い方も聞くよと笑った。
片づけているところへ関さんが顔を出し、切れ端を一つ拾った。
「使えたんだな」
「すごい切れる。見せようか」
「今日はやめたんだろ」
俺が言うと、テオはもう伸ばしかけていた手を止めた。
「……次、見てよ。もうちょっと慣れてから」
「ああ。楽しみにしとくよ」
関さんが店へ戻ると、テオは大剣を包み始めた。さっきより丁寧な手つきに見えたが、言うと否定されそうなので黙っておく。
「オヤジ、晩飯は何がいい?」
大剣を包み終えたテオが聞いた。
『肉。今日は俺のおかげで切れるようになったんだからな』
「自分で言うなよ。肉がいいってさ」
口に出すと、テオが笑い始める。レイナにその前は何て言ったのと聞かれ、俺はおっさんが自慢したところも伝えた。
「じゃあ、肉のあるところ探そう。私もお腹すいた」
俺も腹が減っていた。大剣を持った腕はだるいが、あの切れる感触はもう一度くらい試してみたい。
今度はテオの切り口よりまっすぐにやろうと思いながら、俺は帰り支度をしている三人のところへ戻った。
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