第29話 この先も
天井の岩がおかしい。
上から張り出した岩が途中で途切れている。隣の岩は下へ細く伸びているのに、そこだけ平らではない断面が見えていた。
「上、折れてないか」
悪ガキが見上げる。俺は明かりを持ち上げた。自分が手を伸ばして、届くかどうかという高さだ。
「ほんとだ。下にも落ちてる」
エマの照らした先に尖った岩が転がっていた。その周りにも欠片が散り、通路の片側へ寄っている。
採掘の人がここまで入ったはずがない。天井から自然に落ちることもあるのだろうが、途中から折れたような形が気になった。
『横から当たったのかもしれんな』
「こんな高さに?」
口に出してから、ビッグボアの背中を思い出した。あいつの背中は俺の胸ほどだった。折れ口はそれよりずっと上だ。
「おっさん、何て?」
「何かが当たったかもって。分からないけど」
悪ガキは上を見てから、欠片を避けた。
「次に広くなるとこ、そこから見えそうだぞ」
俺も光を前へ向ける。すぐ先では壁が引っ込み、天井が高くなっていた。物音はしない。戻る方を確かめてから、俺たちは数歩だけ進んだ。
そこで、足を止める。
明かりの端に、太い尾が見えた。
俺は悪ガキの腕へ触れ、同じ方を見てもらった。
「トカゲか、あれ」
明かりを動かすと、茶色い鱗に覆われた胴が見えた。尾まで入れれば、俺の背丈ほどもある。白っぽい腹を上にして、四本の脚を投げ出していた。
動かない。胴の真ん中が開き、肋骨の下が暗く窪んでいる。顔も脚も残っているのに、腹の中だけがなくなっていた。
レイナたちも止まった。
「食われたのか」
悪ガキの声に、レイナが死体を見たまま答える。
「でも、肉は残ってるよね」
これだけ食べればよかったのか。途中で何かに追われたのか。
俺は剣の握りに手を置き、死体の向こうを照らした。まだ道がある。食ったやつがあそこから出てくるとしたら、どのくらい大きいのだろう。さっきの岩の折れ口をもう一度見上げた。
「戻ろう」
俺は言った。
悪ガキは明かりの先を見ていた。
「もうちょい行けば、何がいるか分かるかも。あそこ、また曲がってるだろ」
「うん。でも、岩を壊せるようなやつに出くわしてからじゃ、戻れないかもしれない」
悪ガキは死体へ目を戻した。笑ってはいない。剣を持つ右手にも力が入っている。
俺も、曲がった先が気になっていた。
「……コータは見たくない?」
「見たいよ」
返事はすぐに出た。
「先、見たいけどさ。死んだら駄目だろ」
あのイノシシが今そこの角から出てきたら、俺たちはどこへ下がるのだろう。こっちにはリンゴ畑ほどの広さもなく、後ろには足を取られそうな岩がある。
「今見た分、持って帰ろう。もうちょっと先もってやってたら、どこで戻ればいいか分かんなくなるし」
悪ガキは口を閉じ、俺の持っている明かりへ目を落とす。それから、来た方へ体を向けた。
「分かった。戻ろう」
レイナが広くなった場所と死体の位置を書き込んだ。エマは戻る通路の欠片を照らしている。
『入口まで、まだあるぞ』
おっさんに言われ、俺は剣から手を離さないまま明かりを持ち直した。
*
帰りは光る壁の前でも止まらなかった。レイナが曲がり角を確かめ、悪ガキは後ろを気にしながらついてくる。石を打つ音が聞こえたとき、ようやく人のいるところまで戻ってきたと分かった。
地図で見たものの場所を示すと、近くの作業は止めたままにすると言われた。外で道具を返し、拾った石も見てもらったが、ここで採っている鉱石ではないらしい。
悪ガキが残念そうな顔をしたので、俺も笑ってしまった。
「高い石かと思った?」
「ちょっと。でも、光ってたのはきれいだったろ」
そこは同じだった。見上げて明かりを動かしていたところを思い出す。水を飲んでから、俺たちは町へ戻った。
*
ギルドへ戻ると、横穴の調査は人を選び直すことになった。報酬を受け取り、奥の卓で四等分する。
「なあ」
自分の硬貨をしまった悪ガキが俺たちを見た。
「俺も仲間にしろよ」
財布を閉じる手が止まった。
「また一緒に仕事するってこと?」
「それも。三人、まだ旅するんだろ。俺も行く」
レイナとエマを見る。二人とも、すぐには返事をせず、悪ガキの次の言葉を待っていた。
「次どこ行くかって話も、さっき聞いてて面白かったし。今日も楽しかった。あの奥、見られなかったのは残念だけど」
「それなのに、俺たちと行きたいのか」
「うん。コータ、あんなに楽しそうだったのに、帰るって言えるんだなと思って」
俺は顔を上げた。
「怖かったからだよ」
「俺だって、怖くなかったわけじゃないよ。でも、先に何がいるか知りたかった」
「俺も、今でも気になる」
「だろ。そこで戻る方を選べるの、格好いいと思った」
そう言われるとは思っていなかった。
何か返そうとしてやめ、卓の端の地図へ目を落とす。線は途中までしかない。
その先を見に行こうと朝誘ったのは、目の前の悪ガキだ。
「……俺たちだけだったら、今日は草を採ってたと思う」
「それはそれで仕事だろ」
「うん。でも、俺はあの壁、見に行ってよかったよ」
悪ガキが笑った。
レイナも自分の財布をしまい、卓の紙を寄せる。
「私も、また一緒に行きたい。ただ、私たち、次の行き先もこれから調べるところだよ。すぐ出発するわけじゃないけど」
「いいよ。調べるのも一緒にやれば」
「じゃあ、行ったことのある町の話も聞かせて」
エマが、私もいいと思うと言った。
「まだ教わること多いけど。それでもいい?」
「いいって。今日だって、明かりあって助かったし」
「分かった。でも、二人が荷物で張り合うのは、出る前に終わらせてね」
悪ガキが俺を見る。俺の方は、そっちから言い始めたんだろうという顔をしたつもりだ。レイナにはどっちもだよと言われた。
『次は、俺の知らない遊びも知ってるか聞いとけ』
おっさんはもう次の休憩のことを考えている。
「おっさんも歓迎だって。何か面白い遊び知ってるかってさ」
「モリスなら負けないよ」
「それは俺もやる。じゃあ、今度勝負な」
俺が言うと、悪ガキは嬉しそうに身を乗り出した。
「いいよ。負けた方が飯、おごる?」
「まず一回やってからにしよう」
「慎重だなあ」
笑われたが、こちらにも生活がある。剣へ有り金を全部出すような勝負の仕方を、今日から真似する気にはなれなかった。
それでも、隣の椅子を一つ空けておくのは、もう惜しい。
「よろしくな、テオ」
「おう。よろしく」
テオは卓へ手を伸ばし、まだ丸まっていた地図の端を押さえた。
「で、今日はどこで食う?」
レイナがメモ帳を開き、おっさんが果物の入った煮込みも捨てがたいと言う。
俺はまず水を飲みたいと答えた。四人分の荷物で足元が狭くなった卓で、まだ行ったことのない店の話が始まった。
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