第28話 横穴
翌朝、ギルドの掲示を見ていると、後ろから肩を叩かれた。
「よ、三人とも。仕事探してる?」
昨日の悪ガキだった。今日もあの大剣を担いでいる。
「うん。採取の場所を聞こうと思って」
「それなら、こっち一緒にどう?」
差し出された紙には、新しく開いた横穴を調べるとある。三人以上で受ける仕事なので、一緒に行く相手を探していたらしい。
「俺たちが何できるか、まだ知らないだろ」
「それはこれから聞くよ。そっちも俺のこと、まだ何も知らないじゃん」
「まあ、そうだけど」
地下へ続く知らない道だ。何があるかを見に行くなんて、今までの仕事にはなかった。
「見たいんでしょ」
レイナに聞かれ、俺は頷いた。エマも横穴の先は真っ暗なのかと紙を覗き込む。まずは話を聞こうと、四人で受付へ向かった。
*
採掘場は町から歩いて半日もかからない。長く使っている坑道の岩を崩したところ、横に空洞が見つかり、近くの作業を止めているそうだ。
「中に魔物を見たわけではないんですね」
「今のところは。横穴までは作業員が案内します。その先で危ないものを見つけたら、引き返してください。進めなかった理由も調査のうちですから、奥へ行けなくても報酬は出ます」
そこまで聞いて、俺は肩の力を抜いた。無事に戻っても金にならないのでは、奥へ進むか迷いそうだ。
明かりと道を記録する紙は借りられるという。俺たちは奥の卓へ移り、互いのできることを話し合うことにした。
悪ガキが大剣を壁へ立てかける。布から出た縁を見ていると、こっちが気になるのかと聞かれた。
「昨日から気になってるんだけど、どこで買ったんだそれ」
「露店。アーティファクトなんだよ。こういう形、ほかに見たことなくてさ」
「高かった?」
「持ってた金、全部」
俺は剣を見直した。
「……全部?」
「足りないって言われたけど、財布見せたら、それでいいって」
こいつ、バカだろ。いや、バカだ。
『こいつバカだ』
おっさんと意見が合った。
「その日の飯はどうしたんだよ」
「宿の分は先に払ってたし。次の日、稼いだ」
「そこじゃなくて、値段だよ。どんなものか、ちゃんと確かめて買ったのか」
「持たせてもらったよ。頑丈だし」
悪ガキは俺が見ていたところを指した。
「まあ、切れ味はよくなかったけど」
「そこ大事だろ」
「折れないのも大事だろ。これだけ払って、すぐ別の剣買うのも嫌だし」
レイナが口元を押さえている。エマは笑っていいのか迷うように、俺たちの間を見た。
こんな剣を見つけて金を全部出してしまうやつが、今朝は知らない横穴の中を見たがっている。
呆れる。でも、冒険者って感じがする。
互いのできることも確かめた。俺と悪ガキが前へ立ち、レイナが魔法、エマが明かりを持つ。エマが自分で持つと言うと、悪ガキは、足場が悪ければ代わるから言ってと答えた。
何か見つけたら止まって知らせる。それを決め、道具を借りて出発した。
*
町を出た道はしばらく畑の脇を通っていた。
荷車と歩いていたときより、周りの音がよく聞こえる。俺は借りた明かりを左手に持ち、前を歩く悪ガキの歩幅についていった。鍋と食料はそれぞれの袋へ分け、重い方をどちらが持つかで、さっきひと揉めしたところだ。
「重くなったら言ってよ。持つから」
「そっちこそ、その剣と代えてほしいって言うなよ」
「持ってみたいか?」
「そんなことは言ってない」
悪ガキが振り返り、後ろを歩くエマへ声をかけた。
「エマ、そこ滑るから足元気をつけろよ」
道の端には水たまりが残っている。
「うん。こっち通る」
エマが乾いた石の方へ足を移すのを見て、悪ガキは俺へ顔を戻す。
「で、一回持ってみる?」
「町に戻ってからな」
興味がないわけではないのが、また腹立たしい。
レイナが後ろで何か言い、エマが笑った。何の話か聞くと、歩いているうちに俺まで若くなったみたいだと返される。
「五つしか違わないだろ」
「昨日は年上だって言ってたのにね」
悪ガキまで笑い始めた。こんな返され方をするのは久しぶりだ。
分かれ道でレイナがメモを開くと、悪ガキも覗き込んだ。
「すげえ。こんなに書いてあるのか。あ、このリンゴに飴ついたやつ、俺は途中で落とした」
「食べにくいよね。でも、また買いたい」
「次も、どこか行くの?」
「関さんの昔の仲間が、隣の国の首都にいるんだって。会いに行きたいから、道も調べようと思ってる」
「そこまで行くのか。いいな」
悪ガキはレイナの開いている紙をもう一度覗き込んだ。
次の人も帰り方を知らなかったら、どうするのだろう。レイナもそんなことを考えているのか、聞いてみたかった。
『帰りに、昨日と違うものも食えるな』
「まず仕事だろ」
『終わってからの話だよ』
俺が返すと、悪ガキが振り返った。
「何?」
「いや、こっちの話」
「こっち?」
俺の横には誰もいない。さっきも声に出していたのかもしれないと思いながら、頭を指した。
この悪ガキなら、まあいいか。
「頭の中に、知らないおっさんがいるんだよ」
悪ガキは俺を見て、それからレイナを見た。レイナは否定せず、今も話してたんだと思うと答える。
「……何、それ」
「俺が見てるものを一緒に見て、あれ食えとか、こっち見ろとか言う」
「本当に?」
「うん。俺も最初は変になったかと思ったけど。みんなには声、聞こえないんだ」
悪ガキは歩くのをやめ、俺の頭を見た。
「知らないおっさんと、一緒に飯食ってんの?」
「俺が食べると味が分かるから。昨日もおかわりさせられた」
悪ガキが吹き出した。
「バカだろ。何で普通に飯の相談してんだよ」
「他人のこと言えんのか、お前」
笑いながら、悪ガキは腹のところを押さえている。信じているのかいないのか分からないが、気味悪がってはいないらしい。
『剣の値段も知らずに買うやつに言われたくないな』
「おっさんも、剣を買った話に呆れてるぞ」
「聞こえてたのかよ、それ」
「全部な」
さっきより声を上げて笑われた。
「先に言えよ。格好つけて話したのに」
「あれで?」
「おっさんにも、あとで見とけって言っといて。ちゃんと使ってるから」
俺は頭の中の相手を待った。
『おう。見せてもらおう』
そのまま伝えると、悪ガキは大剣を担ぎ直して歩き出した。
*
採掘場で案内の人を待つ間に、昼飯を作った。レイナが鍋を出すと悪ガキは「何切ればいい?」と隣へ座る。エマが水を量り、俺が火をつけている間に、もう干し肉を刻み始めていた。大剣からは想像できない小さなナイフを使っている。
「食べる方は、切れるの持ってるんだな」
「そこまで鈍いの使ってたら、肉がもったいないだろ」
汁にパンを浸す頃に、案内の男性が来た。見せてもらった地図は線が途中で終わっている。その先へ行くのだと思うと、早く片づけたくなった。
*
案内の男性について坑道を進む。石を打つ音と人の声が遠のき、足元の板が途切れた先に、岩を崩した跡があった。
人が横に二人並べるくらいの穴が暗がりへ通じている。
「俺たちが開けたのは、この手前まで。戻ったら、さっきの分かれ道で声かけてくれ」
「分かりました」
背中を見送ってから、俺たちは横穴へ明かりを向ける。光の届くところでは、足元が緩く下がっていた。奥は曲がっているようで、突き当たりかどうかも分からない。
「本当に、まだ誰も入ってないんだな」
悪ガキが言った。さっきまでより声が低い。それでも、早く行きたいのは顔で分かった。
俺も明かりを上げ、最初の足を入れた。
*
十歩も進まないうちに壁が迫り、その先でまた広がった。悪ガキは大剣を肩から下ろして進む。レイナが曲がった向きを記録し、エマが明かりで手元を照らしていた。
今通った角が、もうさっきの角に似ている。帰りも覚えているだろうという自信はなくなってきた。
悪ガキが足を止める。
「コータ、あれ」
明かりを向けた壁がきらきらと光った。
薄い石が何枚も重なっている。火が動くと、角度の合うところだけが白く光り、次の瞬間には灰色へ戻った。
「何だろうな」
「鉱石かな。採ってるのと同じか、帰りに聞こうぜ」
悪ガキが顔を寄せる。俺も壁の前へ立ち、明かりを動かしてみた。
「今、そっちの方が光った」
「こっちからだと、ここ」
同じ壁なのに見えるものが違うらしい。入れ替わってみると、本当にさっきは暗かったところが明るくなる。後ろから来たレイナとエマにも見せ、俺たちは四人で壁を眺めた。
『もうちょい左へ寄せてくれ』
「こっち?」
『ああ。重なってるところがよく見える』
「おっさんも気になるんだ」
悪ガキが俺の横から覗いた。自分には声が聞こえないことを、もう大して気にしていない。
「これ、持って帰れば見てもらえるんじゃない?」
エマが壁の下を指した。足元にも同じような薄い石が落ちている。
「そうだな。一つ持っていこう」
欠片を布に包んで袋へ入れ、俺たちは先へ進んだ。
こういう場所に入るのは初めてだ。画面の中でならいくらでも洞窟を歩いたが、壁一つを横から見たり、光の当て方を変えたりしているだけで面白い。
足元に気をつけるのは疲れる。それでも、次に曲がった先が広くなっていると分かると、早く見たくなってしまう。
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