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第27話 修理屋

 教わった店は扉を開け放していた。軒先には車輪が立てかけられ、棚では蓋のない箱と、取っ手の外れた鍋が場所を取り合っている。何の修理をする店なのだろう。


「すみません」


 声をかけると、奥から金属の触れ合う音がした。


「はいよ。どれを持ってきた?」

「いえ、直してほしいものじゃなくて。メアゴンリのギルドで、こちらに転移者の方がいると聞いて」


 作業台から顔を上げた男性は手にしていた細い道具を置いた。袖を肘までまくり、前掛けの腹のあたりに黒い染みをいくつもつけている。


「俺だよ。あんたたちも?」

「俺と、このレイナが。日本から来ました」

「日本か」


 男性の口元が緩んだ。


「関亮介(せきりょうすけ)。関は、関所の関ね。二人は?」

「片瀬康太です」

「柳本玲奈(やなぎもとれいな)です」


 漢字の説明をされて、急に向こうの人と話している感じがした。ここではずっと、コータとだけ名乗っていた。


「こちらはエマです。一緒に旅をしていて」

「よろしくお願いします」

「うん。この蓋だけ戻したら手が空くから、椅子使って待ってて」


 エマと椅子を寄せながらも、作業台が気になった。箱の隣には見覚えのある形のネジが長さごとに並んでいる。


「ネジ、あるんですね」

「あるよ。合うやつがあるかは別だけど」


 関さんは箱に蓋を合わせ、ネジの溝へドライバーを当てた。柄が指の間でくるくると回る。


 手は回していない。


 覗き込むうちに回転が止まり、関さんは次のネジへ道具を移していた。


「電動ドライバーみたいな魔法ですか」

「そう。向こうで車の整備をしてたから、あれが欲しくてさ」

「締めすぎたりしないんですか」


 レイナが椅子から腰を浮かせた。


「最初はした。今は、これくらい重くなったら止まれって決めてる」


 回すだけでなく、締まったら止める。そこまで含めて自分で魔法にできるのか。


『よく考えてあるな』


 おっさんまで手元を見たがっている。


 箱を棚へ戻すと、関さんは俺たちと向かい合って座った。


「さて。帰る方法を聞きに来たんだよな」


 草原で目を覚ました日のことを話すと、関さんも仕事から帰る途中だったという。転移する前に、それと分かる出来事はなかった。


「日本じゃ、いつだった?」


 日付を答えると聞き返されたが、レイナも同じ日を口にした。


「……俺の二年後だな」

「じゃあ、こちらに来て二年くらいですか」

「いや。十五年くらいになる」


「十五年?」

「こっちで過ぎたのはね。日本で二年しか違わないなら、合わないな」


 レイナは書きかけの手を止めている。


「向こうでは、まだあまり時間が経ってないんでしょうか」

「そうならいいんだけど。先に来たから同じだけ早く着くとも限らないだろ。そこまでは俺も分からん」


「帰る方法は、見つからなかったんですか」

「ああ。悪いね。そこは、教えられるものがない」


 関さんは折り目を別の紙でつないだ地図を広げた。


「前は俺も冒険者でさ。転移者のメモがあるって聞けば、仲間と旅費を稼いで見に行った。この辺の国は大体回って、ギルドで読める資料には目を通したよ」


 指がいくつもの町を辿る。俺たちが六日かけて来た道は、その中の短い一本だった。


「帰った人がいるって噂もあってな。教わった町へ行ってみたら、そっちでも別の町で聞いたって言われる。話は続くのに、本人を知ってる人には会えなかった」

「そんなに、探したんですね」

「家族がいるからさ。急に帰ってこなくなって、どうしてるだろうって、それが気になってた」


 関さんは俺たちを見る。


「お前たちも帰りたいんだろ?」


 はい、と答えかけて、隣にいるレイナが目に入った。


 今朝も一緒に起きて飯を食べた。道中も、疲れたら互いに文句を言い、次の町で何を食べるか話していた。


 帰らないと、とは思っていた。でも俺のそれは、終電で寝過ごして終点まで来てしまったときに、どうやって帰ろうと考えるのに近かった気がする。帰り方さえ見つければ元に戻る。


 隣には、元の生活で一番よく会っていた相手がいる。


 関さんが地図のあちこちを訪ねていたときは、そうではなかったのだ。


「帰りたいです。ただ……まだ、ここまで探してなくて」

「来たばっかりだろう。俺も最初は食ってくだけで精いっぱいだったよ」


 そう言ってもらっても、俺が探していなかったのは時間のせいだけではない気がした。


 関さんが訪ねた町と、読んだ資料をレイナは書き足している。何が書かれているかは見えるのに、彼女が何を思って聞いているのかは分からなかった。


 関さんの指が地図の端で止まる。


「一緒に探してた仲間が、今は隣の国の首都にいるんだ。あいつはまだ探してるよ。行くなら紹介する。ただ、大きな違いはないと思う。手紙は来るけど、帰る方法が分かったとは書いてないから」

「ありがとうございます。行きたいです。道や泊まるところも調べないといけませんけど」


 レイナが答えた。


「急がなくていいよ。ここからなら準備して行った方がいい。その間、この辺で仕事するんだろ?」

「はい。魔法も、また教えてもらえませんか」

「店が暇なときならね。練習する端材くらいはあるから」


 関さんは地図を畳み、取っ手の外れた鍋を作業台へ載せた。


「これも、魔法で直せるんですか」

「溶接なら。最初は穴ばっかり開けたけどね」


 取っ手を器具で留め、接ぎ目だけを熱くしていく。俺たちは光を避け、勧められたところから眺めた。


「習った使い方じゃなくても、いいんですね」


 レイナの言葉に関さんは笑う。


「ちゃんとできりゃね。いきなり売り物で試しちゃ駄目だけど」

「洗濯物を絞るのも、できそう」

「まず雑巾からな」


 十五年探しても帰れなかった人が、この店では鍋を直している。俺も知らない町で、こんなふうに仕事をしているのだろうか。


     *


「リョースケ、いる?」


 後ろから声がして、若い男が入ってきた。


 俺たちより年下だろう。短く切った髪が額にかかり、肩には妙な形の大剣を担いでいる。幅広い刃の先が丸く、縁には細かな凹凸が並んでいた。布を巻いてあるのに、その重さで肩が下がって見える。


「いるよ。入口でぶつけんなよ、それ」

「分かってるって。今日はこっち」


 男は剣を壁際へ下ろし、袋から片方の留め金が外れた水筒を出した。関さんへ渡してから、俺たちに気づいたように顔を向ける。


「客?」

「俺と同じところから来た二人。こっちは一緒に旅してるエマさん」

「へえ。転移者ってことか。俺、テオドール。テオでいいよ」


 名前を返すと、男は俺の腰の剣を見た。


「冒険者?」

「うん。まだ半年にもならないけど」

「じゃあ俺の方が先だな」


 嬉しそうに言うので、何歳なのか聞いてみた。十八だという。


「俺たちは二十三だぞ」

「年は勝ってるな」

「その言い方、ほかは負けてるみたいじゃないか」

「そこは一緒に仕事してみないと」


 にやっと笑われた。悪ガキだ。初対面の年上相手に、遠慮する気がないらしい。


「この間も同じこと言ってなかったか。最後に倒したのは俺だって」


 関さんにからかわれ、悪ガキは唇を尖らせた。


「二人が追い込んでくれたのは言ったろ。でも最後は俺だよ」


 悪ガキは鍋が冷めたと聞いて棚へ運び、代わりに道具の箱を出してきた。


「それ、下の段だったのか。探してたんだ」

「昨日、自分で置いてたよ」

「そうか?」


 昨日も来ていたのか。二人とも喋り方がずっと気安い。


 水筒は残っていた部品を締め直すだけで済んだ。代金を払った悪ガキは壁に立てかけた大剣を担ぎ直す。


「三人は、しばらくこの町にいる?」

「そのつもり。まだ着いたばっかりだし」

「じゃあ、ギルドで会ったら声かけてよ。朝はだいたいいるから」


 悪ガキが大剣を傾けて戸口を抜けると、関さんは次の道具を手に取った。レイナが最後に医者の場所を聞き、俺たちも礼を言って店を出る。


     *


 俺は歩きながら、日本で最後に家族へ連絡したときのことを考えていた。何を話したのだったか。思い出せるのは、特に用事もなく終わったということくらいだ。


 次も、そういう連絡ができるつもりでいた。


 職場にも友達にも返事をしていない。こっちと同じだけ過ぎていたら、今は何と思われているのだろう。


『考え込んでると、ぶつかるぞ』


 おっさんの声で足を緩める。前に並んだ客を避けるのが遅れかけていた。


「……うん。ありがと」


「十五年って、長いよね」


 前を歩くレイナの言葉に、エマが答えた。


「関さん、私が小さい頃にはもうこっちにいたんだね」


 レイナの家族も、俺は知っている。彼女が会いたい人を、自分と同じように考えていいはずはない。


 このあと、何を食べるか。その前に話したいことがあるのに、歩きながら簡単に聞いていいことなのか分からなかった。


 俺は二人に追いつき、レイナの隣へ並んだ。


お読みいただき、ありがとうございます。

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