第24話 一緒に行きたい
リンダムへ帰ってから、三日が過ぎた。
ギルドの裏で木の剣を振ってみると、左腕は痛まないのに、途中でかばう癖だけが残っていた。レイナに言われて肩の力を抜き、もう一度持ち上げる。
「今日はそのくらいにしといたら。午後、地図を見に行くんでしょ」
「うん。もうやめとく」
帰ってきた日はしばらく宿で寝ていたかった。三日も休むと、今度は外で何かしたくなってくる。北の町で道具を修理しているという転移者にも、早く会いたい。
午後、ギルドで北への地図を広げた。泊まれる場所はレイナのメモにあるが、向こうで何日過ごすかは決められない。会った相手から別の場所を教われば、そこへも行ってみたくなるだろう。
「行こうか」
「うん。私も会ってみたい」
泊まる場所を紙へ写していると、仕事を終えたエマが来た。北の町へ行くつもりだと話すと、卓の向こうから地図を覗く。
「私も行きたい」
「今度は、前より長くなると思うけど」
「うん。お母さんにも、一緒に話してくれる?」
*
その日の夕方、三人でマルタさんの家へ行った。
「それは、いつ帰ってくるつもりなの」
「まだ決めてない。向こうで話を聞いてから、その先へ行くかもしれないから」
「この前の一週間とは違うんだね」
エマが頷くと、マルタさんの目が俺たちへ移る。
「帰る方法の手掛かりがあれば、調べたいと思ってます」
「帰りたいんだものね」
「はい」
答えたあと、言うつもりで来たことが喉に引っかかった。
エマが冒険者になりたいと言った日も、この食卓にいた。あのときは頼まれても答えられなかった。今だって、一緒に行けば必ず無事で済むとは言えない。
「エマとも、一緒に行きたいです」
マルタさんが俺を見る。
「俺も、そうしたいと思ってます。メアゴンリでは、俺たちが見てないところを見て、声をかけてくれました。旅のあいだも、一緒にいて楽しかったし」
「私もです」
レイナの声が続く。
「エマと次は何を見ようかって話すのも、帰ってからまた話せるのも、楽しみなんです。これからも三人で行けたらと思ってます」
エマは俺たちを見たあと、母親へ向き直る。
「私も、二人と行きたい」
急いで言い足したくなるのをこらえ、返事を待つ。
「二人の気持ちは、分かったよ」
やがてマルタさんが言った。
「でも私は、行ってほしくない。どこにいて、いつ帰ってくるかも分からないまま待つのは……もう、考えたくない」
エマの顔が下を向く。
道のことなら調べられる。泊まる場所も聞ける。でも、言われているのはそれだけではない。
「エマ。ここで働くのじゃ、駄目なの」
「駄目じゃないよ。お店も好きだし」
「だったら」
「でも、外にも行きたい。仕事をして、いろんなところを見たい」
マルタさんは黙っていた。エマも言葉を切り、しばらくしてから口を開く。
「……また、話してもいい?」
「今日は、ここまでにしよう」
俺もレイナも、それ以上は言えなかった。
*
帰る俺たちをエマが家の前まで送ってくれた。
「二人は、先に行ってもいいからね」
「今すぐ出なきゃいけないわけじゃないよ」
俺が答えると、レイナも続けた。
「明日も練習しようよ。午前中はお店?」
「うん。終わったら、ギルドへ行くね」
扉の隙間から、玄関に掛かった外套が見えていた。俺の目を追ったエマが小さく言う。
「あれ、帰ってからも何も言われなかったんだ」
「持っていったこと?」
「うん。直してくれたのに、私もありがとうって言ってない」
エマは外套を見ている。
「今度も黙って行けばいい、とは思えなくて」
*
翌日も、その次の日も、エマは店の仕事を終えてから練習に来た。休みが合えば三人で採取に出て、帰りには家まで送る。マルタさんに勧められて水を飲みながら、その日の仕事の話をすることもあった。
店を訪ねると、今度はこちらが教わることもある。
水袋の栓を買いに行った日も、俺が選んだものでは口に合わないと、エマが別の栓を取ってきてくれた。水袋を逆さにしてみても外れない。
「助かった。見ただけじゃ分からないな」
「この前、それで替えに来た人がいたから」
代金を払っているところへ、買い物帰りのマルタさんが入ってきた。
「まだかかりそう?」
「もう終わるよ。そこの袋を片づけたら」
エマが釣り銭を俺へ渡して片づけ始めると、マルタさんも隣で布袋を広げた。俺たちは礼を言い、二人より先に店を出た。
エマが来られない午後は魔法の練習をし、北から来た人に道の様子を聞いた。書き足した地図は、次に三人が揃ったときに広げる。
出発する日は決まらないまま、二週間ほどが過ぎた。
*
「お母さんが、今日の夕方、二人に来てもらいたいって」
午前の練習を終えたところで、エマに言われた。何の話かは、彼女も聞いていないらしい。
夕方、三人で家へ行くと、マルタさんは食卓の椅子を俺たちの分も引いて待っていた。
エマの隣に腰を下ろす。マルタさんは娘を見て、すぐには話し始めなかった。
「お父さんだったら、反対していたと思うよ」
マルタさんは卓の上で両手を握り合わせていた。一度唇を結び、言葉を続ける。
「何を言っても、行くなって言ってたと思う」
「うん」
エマも母親を見ている。俺は壁の鉤へ目をやった。丈の短くなった外套がいつもの場所に掛かっていた。
「……でも、冒険者を続けたいのかい」
「うん。まだ知らないことがいっぱいあるから、もっと覚えたい」
「北の町を見てきたら、それでおしまいじゃないんだね」
「うん。その先にも行きたい」
「そうかい」
マルタさんは長く息を吐き、背もたれへ体を預けた。握り合わせていた手がほどける。
「じゃあ、止まらないね」
エマは何も言わなかった。
「行っておいで。二人と相談して、行きたいところへ行ってきなさい」
膝の上に置いていたエマの手が動いた。
「……いいの?」
「心配はするよ。帰ってくるまで、ずっとすると思う。でも、あんたが帰ってきて話すのを、ここで待ってる」
エマは口を結び、何度も頷いた。
「ありがとう」
声が掠れていた。マルタさんはそれを聞いて、今度は俺たちを見た。
「二人も、よろしくね」
「はい。一緒に行ってきます」
レイナの返事に俺も頭を下げる。
顔を上げると、エマが目元を拭っていた。
「お店にも、ちゃんと話してくる。いつ戻るか分からないまま、待ってもらうわけにいかないから」
「そうだね。それは自分で話しなさい」
「うん」
マルタさんは立ち上がった。
「ご飯、食べていくでしょう。まだ支度の途中だから、手を貸して」
エマがすぐに椅子を引く。レイナも皿を出す場所を聞いた。俺は卓の隅にあった籠へ手を伸ばす。
『それは何が入ってるんだ』
「芋」
『じゃあ、運んでやれよ』
「今、持っていくところだよ」
台所でエマが笑い、籠を置く場所を指してくれた。
レイナと並んで芋の皮をむきながら、エマが明日の店のことを話すのを聞く。
今度は、北へ行く道を三人で歩いていく。
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