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第23話 帰り道(エマ視点)

エマ視点です。

 三日後の朝、宿のご飯を済ませ、私たちはメアゴンリを出る支度をしていた。棚も寝台の下も確かめたのに、レイナさんはもう一度部屋へ戻ると言う。私も窓のそばを使ったからとついていったが、忘れ物はなかった。


「これで忘れてたら、もうしょうがないね」


 笑いながら食堂へ戻ると、コータさんが椅子の脇の袋を押さえている。


「入れた。服の間」


 私たちを見る前に言ったので、おじさんに答えたのだろう。


「あの箱のこと?」

「うん。ちゃんと持ったかって」

「大事なものだもんね」


 あのとき紙に並んだ桁の多い数字を思い出す。二万年と言われても、私にはどれくらいの時間なのか想像もつかない。


 今はコータさんが袋から手を離し、笑いながら何か返している。

 荷物を持って食堂を出ようとすると、宿の人に呼び止められた。入口に見覚えのある人が立っている。リンゴ畑の人だ。腕には籠を提げていた。


「よかった。まだいたね。今日帰るって聞いてさ」

「はい。これから門へ行くところです」

「ギルドから金、受け取ったよ。ありがとうな」

「いえ。畑の方は、どうですか」


 コータさんが尋ねると、畑の人は籠を卓へ置いた。


「折れた木を片づけて、また採り始めたよ。あいつがいたら、畑にも入れなかったからね」


 籠の布をめくると、傷のない赤いリンゴが並んでいた。


「これ、持っていってくれ。今年一番出来のいい木のやつだ。帰りにでも食べて」

「ありがとうございます。じゃあ、一つだけ」

「もっと持っていっていいよ。三人いるんだから」


 リンゴを一つ受け取ったコータさんが何か言いかけて口を閉じる。手の中の実を見てから、小声で「分かったって」と返した。


「……すみません。やっぱり、もう少しもらっていいですか」

「もちろん。袋はあるかい」


 レイナさんが空いている袋を出すと、畑の人はそこへいくつも入れてくれた。コータさんも手に持っていた一つを上へ載せる。

 礼を言って見送り、私たちも荷物を持つ。コータさんはまだ、気まずそうにリンゴの袋を見ていた。


「おじさんも食べたいって?」

「うん。一つを分けたんじゃ足りないだろって」

「私もお母さんに持って帰りたいから、もらえてよかったよ」


 お菓子の包みとリンゴの袋を並べて持ち、宿を出た。今日の夜は久しぶりに家で眠る。


     *


 帰りは荷物を運んでもらうお金を払い、リンダムへ向かう二台の荷車と一緒に歩くことになった。

 コータさんの左腕は長く荷物を持っているとまだだるくなるらしい。小さな道具が入っていると伝えて袋を預けると、商人は荷台の上の方へ置いてくれた。私たちのお菓子とリンゴも潰れないところへ載せてもらう。水袋とお昼の分だけになると、肩が軽い。


 門を出れば、道の両側はリンゴ畑だ。実を詰めた籠を運んでいる人が私たちの前を横切っていく。


「また来たいね。今度は、違うお店のも食べたい」

「まだ食ってないのいっぱいあるからな」


 コータさんは言ってから笑い、おじさんもそう言っていると教えてくれた。


「四人分のおすすめ、集めてたもんね」

「食べるのは俺なんだけど」

「じゃあ、コータが一番詳しくなったね」


 レイナさんの返事に、コータさんが腹をさすった。


「今日はしっかり歩こう」


     *


 前の荷車の脇で、コータさんが一人で笑っている。おじさんと何か話しているのだろう。私とレイナさんは後ろの荷車に並んで歩いていた。

 二人の邪魔にならないよう、今日は後ろを歩くつもりだった。それなのに、コータさんは向こうにいて、レイナさんは私の隣だ。


「レイナさん。コータさんと、あれからどう?」

「どうって?」

「ほら、付き合うことになったから」


 ああ、とレイナさんが笑う。


「いつもどおりだよ」

「……やっぱり?」


 朝ご飯のときも、一緒に店を見ているときも、知っている二人のままだった。もうちょっと目が合うたびに照れたり、こっそり手を繋いだりするものだと思っていたのに。


「私に気を遣ってるなら、いいんだよ。二人で歩いてても」

「今、エマと話してるじゃん」

「そうなんだけど。もっと、くっついたりするのかと思ってた」

「エマの前で?」

「私がいたらしないなら、先に行くのに」


 レイナさんが声を上げて笑った。


「そんなに見たかったの?」

「ちょっとくらいは。せっかく、付き合い始めたんだし」


 二人で出かけてもらって、帰ってきたら付き合うことになったと聞いた。あんなに驚いて喜んだのに、そのあとで聞いたのは、お菓子をもう一つ買えばよかったという話だ。


「告白されたときは、どうだったの?」

「びっくりしたよ。急に言うんだもん」

「うん。それで?」

「嬉しかった」


 今度は迷わず返ってきた。


「一緒に出かけて、ご飯食べて帰るんだと思ってたから。好きだって、ちゃんと言ってくれたんだなって」

「……うん」

「今も、ふと思い出すと嬉しくなるよ」


 レイナさんは前を歩くコータさんを見て、それから私へ顔を戻した。笑っているけれど、さっき私をからかったときとは違っていた。


「そういう話を聞きたかったんだよ」

「ちゃんと話してるでしょ」

「だって、いつもどおりって言うから」


 聞いてよかった。二人で歩いてもらうより、今はこちらにいてほしいな。


「次のお休みも、二人で出かける?」

「どうかな。帰ってから、何するかまだ話してない」

「また私が、行ってきなよって言おうか」

「今度は、コータから誘ってほしいかな」


 言ってから、レイナさんは考えるように首を傾ける。


「出かけようとは、前から言ってくれるんだけどね」

「デートに行こう、って?」

「うん。そう言われたら、嬉しいと思う」


「エマだったら、どうしてほしい?」

「私?」

「さっきから、色々思ってるみたいだから」


 からかうように言われたが、聞かれたらすぐ思い浮かんだ。


「せっかくおしゃれしたら、気づいてほしいな。似合ってるとか、かわいいとか」

「ああ。それは嬉しいね」

「そういうのを言われたら、私、もっとそわそわしそう」


 レイナさんは笑い、それから自分の袖を見た。


「あの青い上着、買ったときにコータが、こっちの色が好きだって言ったんだよね」

「メアゴンリでも着てたやつ?」

「うん。二つで迷ってたんだけど」

「じゃあ、次もそれだね」

「そのつもり」


 こういう話なら、もっと聞きたい。買ったときのことを尋ねかけたところで、前の荷車が止まった。


     *


 道を譲ろうと端へ寄った車輪が、深い轍(わだち)にはまっていた。荷を軽くするため、私とレイナさんで箱を下ろしていると、コータさんも手伝いに来る。


「コータ、そっち空けて」

「あ、悪い」


 次の箱を出す場所から避けた足が泥へ沈む。


「うわ。……見てるんだったら先に言ってくれよ」


 靴を見下ろして言うので私たちへの文句かと思ったら、おじさんに話しかけていたらしい。

 商人が車輪の前へ板を入れ、みんなで荷車を押した。コータさんは左腕をかばって右手だけだ。ようやく車輪が回ると、私は勢い余って二歩も前へ出てしまった。


 荷を戻して歩き始めると、今度はコータさんの歩き方がおかしい。


「靴、どうかした?」

「片方だけ、靴の中が畑になってる」


 レイナさんと一緒に吹き出すと、コータさんは笑い事じゃないと言う。次の村へ着いた途端、水場へ靴を洗いに行った。


     *


 村でお昼を食べたあと、もらったリンゴも一つずつ取り出した。齧るとぱきっと皮が割れ、甘い汁が口へ広がる。


「おいしい」

「うん。これ、うまいな」


 コータさんはもう二口目を齧っていた。レイナさんも食べながら、荷車の上に残した袋を見る。


「マルタさんにも、食べてもらえるね」

「うん。あとで渡そう」


 歩き始めてからは、コータさんとレイナさんが並んでいた。私は二人の後ろへ回り、水袋の栓を閉める。


「エマ、足は大丈夫?」


 レイナさんが振り返った。


「うん。二人はそのまま歩いてて」


 戻ってこられる前にそう答えると、レイナさんは笑って前へ向き直った。

 その隣でコータさんが何か言う。顔を寄せたレイナさんも声を落として返している。


 ようやく、それらしくなってきた。


「……帰ったら、何食いたい?」

「今日はもう、宿のでいいよ」

「だよな。どっか探すのは明日でいいか」


 聞こえてきたのは、それだけだった。


 また、ご飯の話。


 つい笑うと、二人が揃ってこちらを見た。私は何でもないと手を振り、そのまま歩いていてもらう。


 あの青い上着を着て出かける日の話を、楽しみにしておこう。


     *


 リンダムの門が見えた頃には日が傾き、脚もすっかり重くなっていた。商人たちから荷物を受け取り、二人の宿へ寄る。前の部屋が空いていて、預けていた荷物も戻ってきた。


「潰れてないか?」

「うん。大丈夫。私の方が潰れそう」


 コータさんに答えて、私はお菓子とリンゴを抱え直した。座るのは、お母さんにただいまを言ってからだ。


     *


「ただいま」


 扉を開けると、奥からお母さんが出てきた。私を見て、後ろの二人にも目を向ける。


「おかえり。三人とも、帰ってきたんだね」

「うん。これ、お土産」


 お菓子の包みを渡し、リンゴの入った袋も卓へ置く。


「こっちは、畑の人にもらったの。今年一番出来のいい木のリンゴだって」

「まあ、立派なリンゴだね」


 袋を覗いていたお母さんに椅子を勧められて、私はすぐに腰を下ろした。ようやく脚を休められる。


「疲れた?」

「歩くのって、帰りも長いんだね」

「行っただけ戻らなきゃいけないからね」


 出してもらった水を飲んでいる間に、二人も席についた。お母さんが向かいへ座り、どうだったと聞いてくれる。


「リンゴばっかりだった。お菓子も、肉と一緒に出てくるのも、おいしくて」

「そう。仕事は?」


 コップを置こうとして手が止まる。コータさんも姿勢を起こした。


「畑に入った魔物を三匹、倒しました」

「エマも?」


 お母さんが私を見る。


「私は周りを見て、二人に教えてた。一匹近くに来たけど、レイナさんが倒してくれたよ。私、怪我はしてない」


 私がコータさんを見ると、そのあとビッグボアが入ってきたと話してくれた。

 お母さんの顔からさっきまでの表情が消える。


「……あれが?」

「はい。小屋へ戻ろうとしたんですけど、追いつかれて。俺が腕と脚を傷めました」

「今は?」

「歩けます。腕も、普段のことなら困らなくなりました」


 お母さんはコータさんの腕を見てから、レイナさんと私にも目を向けた。

 木を使って避け、三人で倒したこと、畑を傷めてしまったことまで話す。レイナさんが続けた。


「逃げる方も、エマが教えてくれたんです。倒れた木の枝がない方を」


 レイナさんにそう言われ、あの枝を思い出す。どちらへ走れば引っかからないか、それしか考えられなかった。


「あのときは、木のことまで考えられなかった。終わってから、畑の人が折れた木を見てて……」


 去年から実がついていた、と言っていた。


 コータさんが報酬の一部を補償に使ってもらうよう頼んだことを話す。お母さんは最後まで聞き、私たちの顔を順に見た。


「よく、帰ってきたね」


 向かいからそう言われて、私は頷いた。コータさんもレイナさんも、今は黙っている。


「お母さん」

「うん」

「怖かった。でも、私が言ったら二人とも動いてくれた。それは、嬉しかったんだ」


 私は二人の顔を見てから、話を続ける。

 帰りに荷車がはまった話もした。コータさんの靴のことになると、レイナさんが笑いをこらえ、お母さんは彼の足元へ目を落とす。


「洗ってきたの?」

「はい。村で」

「ならよかった。ご飯、食べていくでしょう」


 コータさんが左の手首を見てから、窓へ顔を向けた。外はもうさっきより暗い。


「いいんですか」

「今から宿へ戻っても、お腹すいてるでしょう。エマ、鍋を見てきて」

「うん」


 台所へ行きかけ、まだ外套(がいとう)を着ていたことに気づく。脱いでいつもの鉤(かぎ)へ掛けると、裾が前より高いところで揺れた。肩のところの擦れた跡は、お父さんが着ていたときのままだった。

 お母さんも外套を見て、それからお菓子の包みを開いた。


「これは、食べたあとでいただこうか」

「うん。みんなで選んだんだよ」


 コータさんとレイナさんが卓の上を空けてくれる。私は台所へ向かい、鍋の蓋を取った。


 家の煮込みの匂いがした。


お読みいただき、ありがとうございます。

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