第2話 最初の町
道の先に屋根を見つけ、俺とレイナは足を速めた。
町を囲む壁の門で、槍を持った男に呼び止められる。
「旅の人か?」
看板だけじゃない。話していることまで普通に分かる。
「ここ、リンダムですよね」
「そうだが……ああ、転移者か」
門番らしい男は俺たちの服を見比べた。別の世界から来たのだろう、と当たり前のように聞く。
レイナと顔を見合わせる。
あんなデカいウサギがいたんだからそうかもしれないとは思っていたが、他人に言われると急に心細くなってくる。
困っているなら、と教わった道具屋で、俺は千円札を台へ置いた。
「悪いが、これは買い手の当てがないね」
「両替も無理ですか」
「使えないんじゃどうしようもないね」
帰る方法も知らないという。ほかの転移者がいるんなら何か知っているかもしれないが、探すにしても今夜の宿代が要る。
財布をしまう俺の左手の時計を、店主が指さした。
「そっちを見せてもらっても?」
腕時計を外して渡すと、青い文字盤を窓の光へかざし、進む秒針へ顔を近づける。
「異世界の品を集める好事家がいてね。これはそのうち動かなくなるのかい」
「光を当てておけば動き続けます」
「光だけで? まるでアーティファクトだな」
アーティファクト。異世界っぽい響きだ。
差し出された銀貨は五枚。レイナが、それで二人だとどれくらい暮らせるかを尋ねた。
「安い宿と食事なら十日ほどかな」
俺たちは店の隅へ寄った。
「売るしかないとは思うけど。時間が分からなくなると困る」
「今も分かってないでしょ」
どう考えても昼なのに、時計もスマホも午前二時過ぎを示している。
「時差かもしれないだろ」
「そもそもこっちも一日二十四時間なの?」
「……そこからか」
十日あれば仕事を探せるかもしれない。軽くなった手首を撫でてから、店主へ頭を下げた。
「お願いします。それと、働けるところを教えてもらえませんか」
「冒険者ギルドはどうだい。採取や町の中の仕事もある。転移者なら、身の守り方から教えてもらえるよ」
冒険者。自分の就職先として考えたことはない言葉だった。
でも、異世界っぽい。ちょっとわくわくしてきた。
*
ギルドの受付には、草の入った袋を広げている人がいた。壁の依頼書には荷運びの募集もある。
新入りだと絡んでくる人は、いない。
店主にもらった紹介状を出すと、受付の女性は俺たちにも仕事を教える人をつけてくれると言った。
「教えてもらうのに、お金はかかりますか」
レイナの問いに、女性は首を振った。
「指導する方への報酬はギルドが負担しますので、大丈夫ですよ。魔法に向いている方が多いので、使い方もそこで」
「魔法。俺たちも使えるんですか」
「まずは覚えていただくところからですね。明日、こちらへ来てください」
レイナも目を丸くしている。さっきまでウサギから逃げ回っていた俺たちが、魔法を使えるらしい。
片瀬康太と名乗って登録し、名前の入ったカードを一枚ずつ受け取った。受付の奥にある箱型の機械から出てきたもので、手書きには見えない。これも昔の遺跡から見つかるアーティファクトだという。
ほかの転移者や帰り方のことは、分かったら教えてもらえることになった。
その晩は教わった宿に部屋を取り、煮込みとパンを食べた。塩気のある汁が腹へ落ちていく。パンをちぎろうとして、左手首へ目が留まる。
「あれ、そこそこ高かったんだぞ」
「時計?」
「自分へのご褒美に買ったやつじゃん」
レイナは俺の手首を見てから、パンを汁に浸した。
「だから高く売れたんじゃない?」
「そうなんだけどさ」
腕は寂しかったが、腹が満ちていくのには逆らえない。
帰る方法を探している間も、飯と寝る場所は要る。まずは明日だ。
*
「よく眠れたか?」
翌朝、ギルドで待っていた男は挨拶より先にそう聞いてきた。こめかみには白い髪が混じり、椅子の背に外套が掛かっている。
「寝ました。脚は痛いですけど」
「眠れてるなら上等だ。座れ」
腰を下ろす途中で太腿が引きつり、最後だけ乱暴に座ってしまう。隣のレイナも、椅子へ手をついてゆっくり腰を下ろした。男は俺の膝へ一度目をやる。
「ハロルドだ。しばらくオレが面倒を見る。分からんことは聞け。分からんまま手を出す方が面倒なことになる」
「よろしくお願いします」
二人で頭を下げると、ハロルドさんは片手を軽く上げた。
「宿は取れたか?」
「はい。道具屋で時計を売ったので。銀貨五枚になりました」
「当座はしのげるな。稼げるようになるまで、少し残しておけよ」
「私たちはその稼ぎ方を教わりに来ました」
「違いない」
笑うと目尻にしわが寄った。俺も少し笑ってから、椅子の脇に置いた荷物を引き寄せる。
「先に持ち物を見せてくれ。外で使えそうなものがあるかもしれん」
財布とスマホを机へ出す。スマホを渡すと、ハロルドさんは画面が光るのを面白そうに眺めた。今は連絡に使えないと話すと、すぐに返してくれる。
「じゃあ、しまっとけ。なくしたら困るんだろ」
レイナのバッグの底からは、黄色い栄養補助食品が三つ出てきた。
「それ、持ってたのか」
「昨日すっかり忘れてた。何かあったときに食べようと思って」
同じものを俺も何度か分けてもらっている。見つけた途端、口の中にあの甘くてぱさつく感じが蘇った。
「そいつは?」
「食べ物です。お菓子みたいなやつですけど」
ハロルドさんは包みの表と裏を珍しそうに見ている。
「食います?」
レイナのものなのについ俺が言ってしまった。彼女は一つ開けて、中身を三つに折る。
「こういうのは役得だな」
一番大きな欠片を受け取ったハロルドさんが、ひと口かじって手を止めた。
「……うめえな、これ」
残りをまじまじと眺めてから、もうひと口。さっきよりゆっくり噛んでいる。
俺も自分の分を口へ入れた。いつもと同じ味だ。少し口が渇くところまで変わらなくて、妙にほっとする。
「甘いだけか? 栄養はどうだ」
「あります。忙しいときに食事の代わりにしたりもします」
レイナの返事に、ハロルドさんは残りの包みへ目を向けた。
「だったら残りは外へ出るときまで取っとけ。小さくて、そのまま食えて、腹の足しになる。いざというときに使えるぞ」
レイナがバッグに残った包みへ手を伸ばした。
「もうちょっと食べますか?」
「それをオレが食っちまってどうする」
レイナが笑って残りをしまう。ハロルドさんは包みに落ちた小さな欠片を指で拾い、それだけは口へ放り込んだ。
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本編は全143話、完結まで執筆・校正済みです。
本日は第10話まで、10分おきに公開します。
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