第15話 薬草
久しぶりに防具を着て宿を出ると、腰の剣が歩くたびに揺れた。
帯の位置を直し、右手で握りに触れる。朝、ゆっくり抜いて振ってみた分には痛まない。重いものを持ち上げるのはまだ怖いが、葉を摘むくらいならできそうだ。
ギルドで選んだのは、葉と茎を使う薬草の依頼だ。根を掘る仕事はまだやめておく。レイナのメモ帳には、町の壁が見える草地が書き留めてあった。あの林とは反対側だ。
受付へ行き先と昼過ぎには戻るつもりだと伝え、二人で出入口へ向かう。
奥の卓へは、寄らなかった。
*
門を抜けると、通りの話し声が背後へ遠ざかっていく。
街道の先を荷車が進んでいた。車輪が石を踏むたび、荷台に積んだ籠が小さく跳ねる。俺たちは少し離れて、そのあとを歩いた。
手首は痛くない。脚も動く。けれど草の中で何かが跳ねると、そちらを見ずにはいられなかった。
飛び出した小さな鳥が道を横切っていく。
「鳥か」
「びっくりした」
レイナも剣へ寄せていた手を離す。俺は握りを一度撫で、歩き直した。
目的の草地まではそう時間がかからなかった。街道から少し下がったところに低い草が広がり、町の壁もまだ見える。周りに大きな茂みはなく、戻る道も確かめやすい。
袋を下ろし、足元の葉を裏返す。裏は白くない。茎の赤い色も確かめてから、レイナへ見せた。
「あった」
「こっちにも。これなら集まりそうだね」
『お前、よく見分けられるな』
おっさんが声をかけてきた。
「何回も採ってるから。似てるのも一緒に教わったし」
『俺にはどれも草にしか見えん』
「最初は俺もそうだったよ」
一本摘み、袋へ入れた。次へ手を伸ばしかけたところで、隣にしゃがむレイナが見えた。
二人とも、地面を見ている。
俺は手を止め、顔を上げた。風に押されて草が倒れていく。その向こうに、周りを見てくれている人はいなかった。
「レイナ。先に採ってて。俺、見てるから」
彼女も顔を上げる。俺の視線を追い、それから手元の草へ目を戻す。
「……うん。疲れたら代わろう」
立ち上がって剣の位置を確かめる。レイナのそばを離れすぎず、街道と草地の先へ順に目を向けた。
『俺が見ててやれれば、お前も採れるんだがな』
おっさんの声に足元へ向けかけた顔を戻す。
「俺が下を向いたら、見えないか」
『見えるのは草と土だな』
「もう一人いるのに、うまくいかないもんだな」
『せめて自分の首くらい回させてほしいもんだ』
草を摘んでいたレイナが顔を上げる。
「おじさんと何話してるの?」
「見張りを代わってやれればなって。でも、俺が下を向くと草しか見えないんだと」
「そっか。じゃあ、コータよろしくね」
レイナは笑い、また葉を裏返した。
おっさんも隣に立っていてくれたらと思ったが、それができれば頭の中になんかいないだろう。俺はレイナの向こうへ目を向ける。
ハロルドさんは、いつもこうしていた。俺たちが見つけた草を確かめ、袋の中を見て、話をしながらでも顔を上げていた。
あのウサギを先に見つけたのも、あの人だ。
足元にはまだ採れる草がある。手を伸ばせば届くが、俺は立ったまま周りを見た。
*
「そろそろ代わろう。ずっとしゃがんでると腰に来る」
「俺、まだ一本しか採ってない」
「その一本、大事に入れておいてね」
笑いながら場所を代わる。俺がしゃがむと、右手は問題なく動いた。葉を確かめ、根を残して摘む。
ただ、いつものようには増えない。
隣でレイナがしゃがんでくれれば、もっと早く集まるだろう。そう思いかけて、彼女が道の方を見ていることを確かめる。
あの人も自分の分を採っていた。俺たちが二人で葉を見比べているあいだに、袋の中身を増やしていたのを覚えている。いつ手を動かして、いつ周りを見ていたのだろう。
もう一度交代して採るうちに、持ってきた袋の底がようやく隠れた。レイナが立ち上がり、腰に手を当てて伸びをする。
「もう少し向こうにもありそうだけど、どうする?」
彼女の指す先にも赤い茎が見えた。草地は続いている。採ろうと思えば、まだ採れる。
俺は袋を持ってみた。もっと重くなるつもりで来たので、物足りない。少しくらい帰りが遅くなっても、今日の分を稼いでおきたい。
けれど、しゃがみ直そうとすると膝が重い。剣の練習も採取も休んでいた体は、思っていたより早く疲れていた。
「飯を食って、帰ろうか」
「もういい?」
「今日は近いところで少しだけって決めて来たし。腕より、脚と腰の方が疲れた」
「私も。久しぶりだもんね」
レイナは袋の口を閉じた。俺も紐を結び、二人で街道のそばへ戻る。
草の短いところへ腰を下ろし、手についた土へ目を落とす。魔素を取り込もうとしてためらい、息を吐く。
手の汚れを落とすだけだ。必要な分を少し取り込み、クリーンを使う。土が落ちたあとも気分が悪くないことを確かめてから、パンを手に取る。
少しずつ食べながら周りを見る。レイナも一口かじっては顔を上げていた。
「食べるときも、見てたよな」
「うん。私たちに水を飲めって言いながら」
水袋を開けようとしていた彼女と目が合う。
「……飲むか」
「飲もう」
口をつけると、思っていたよりたくさん飲めた。
残りのパンをかじると、おっさんがぼやく。
『帰ったら、もう少し柔らかいものを食おうぜ』
「お前が払ってくれるならな」
『今ちょっと手持ちがなくてな』
「知ってるよ。俺の財布しかないんだから」
レイナがこちらを見た。
「何の話?」
「おっさんが、夕飯は柔らかいものにしろって」
「それは私もそう思う。煮込みがいいな」
二人に言われるまでもなく、俺も顎が疲れていた。帰ったら宿で頼もう。俺は最後のひと口を水と一緒に飲み込んだ。
*
薬草を売って受け取った金は、二人の食事代くらいだった。部屋代には足りない。それでも休んでいた間は出ていくばかりだった財布に、硬貨が戻ってきた。
「今夜はゆっくりしよう。明日、脚に来そう」
レイナが腰へ手を当てる。俺も同じところが重かった。
「その前に、エマと話したいんだけど」
「私も。お店にいるかな」
帰りにエマの店へ寄り、仕事のあとで宿へ来てほしいと頼んだ。昨日の話の続きだと伝えると、彼女はすぐに頷いてくれた。
*
夕方、道具を片づけて宿の食堂で待っていると、エマが来た。
向かいへ座るよう勧めると、彼女は椅子を引き、膝の上に手を置く。昨日と同じ仕草を見て、俺も背中を起こした。
「来てくれてありがとう」
「ううん。私が頼んだんだし。今日、二人で行ってみてどうだった?」
「手は平気だった。ただ、交代で周りを見てたから、思ってたほど採れなくてさ」
「まだ採れる場所もあったけど、疲れてきたから帰ったの。ハロルドさんも、私たちがまだやりたいって言ってるのに帰るぞって言うことがあったよね」
「うん。俺たちは採れた量ばっかり見てたけど、あの人はこっちの疲れも見てたんだと思う」
エマは考えてから顔を上げる。
「二人が帰ってこられるように、そういうことから教えてたんだね」
「うん。今日もそのとおりにやって帰ってきた」
俺は卓に置いた手を組み直す。
「エマが覚えたいって言ったの、ちゃんと考えたよ。俺たちも、できることが増えるのは楽しいから。でも、一人でやれって言われたら、俺たちだってまだ無理だと思う」
俺がそう言うと、エマは膝へ目を落とした。重ねていた手を動かし、それから俺たちを見上げる。
「分かった」
落ち着いた声だった。
分かってくれてよかった。昨日のように言葉を重ねられるかと思っていたので、ほっとして息を吐く。レイナと目が合い、彼女も小さく頷いた。
「聞いてくれてありがとう」
「ううん。二人が今日どうだったか、話してくれてありがとう」
帰り際、エマは俺の右手を確かめるように見た。
「二人とも、今日はちゃんと休んでね」
「うん。そうする」
店で声をかけたときと同じように手を振り、彼女は宿を出ていった。
店の人に声をかけ、俺たちも夕飯を頼んだ。
運ばれてきた煮込みをひと口食べると、おっさんが満足そうに声を上げる。
『ああ、これこれ。今日はこれが食いたかったんだ』
「すっかり俺の夕飯に参加してるな」
『昼も付き合っただろ』
頼んだ覚えはないが、文句を言っても同じ味がするのは変わらない。俺は柔らかく煮えた肉を崩し、次のひと口をすくった。
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