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第7章  隠し事



ドレッドが帰った後、ハスパーは再び研究室へ戻っていた。


さっきまでドレッドがいた研究室には、もう誰もいない。


静かになった部屋を見渡すと、ハスパーはどこか懐かしい気持ちになった。


そして、棚の奥から一冊の古びた本を取り出した。


表紙には傷があり、角も擦れている。


ハスパーはその表紙を指でなぞった。


それは、ハスパー自身が書いた研究日誌だった。


そこには、ベルミンと共に過ごした長い研究の日々が記されていた。


ハスパーはゆっくりとページを開く。


紙は黄ばんでいて、ページをめくるたびに乾いた音が静かな研究室に響いた。


そこには、二人が初めて「カカオ」という言葉を聞いた日のこと。


そして、チョコレート作りを始めた日のことが書かれていた。


何度も失敗し、材料を変え、温度を変え、試行錯誤を繰り返した。


ページには、研究の結果や細かな記録がびっしりと書かれている。


その中には、急いで書いたような文字もあった。


ハスパーは古いページを指でなぞりながら、当時のことを思い出していた。


「この日も2人で研究をしていた。」


「やはり、うまくいかない。」


「水が流れる様に時間は過ぎていった。」


「次の日。」


「今日はドレッドは休みの様だ。」


「1人で研究を進めるか。」


「1人だと静かだな。」


「集中はできる。」


「だが、やはりうまくいかない。」


研究が進むにつれて、ハスパーはベルミンの小さな変化にも気づくようになっていた。


ベルミンが研究を休む日が、少しずつ増えていた。


最初は、仕事が忙しいのだろうと思っていた。


だが、日が経つにつれて、その休みは少しずつ増えていった。


そして、チョコレート作りが完成に近づく頃、ハスパーの日誌は止まっていた。


その先のページには、何も書かれていない。


ハスパーは静かに日誌を閉じた。


そして、そのまま日誌を手に研究室を出ていった。


「これはドレッドには見せれない、、な」


一方、ドレッドは家に着くなり、ハスパーから教えてもらったメモを見ていた。


メモに書かれた内容を、何度も確認する。


「父さんたちはこんな物まで使っていたのか」


ドレッドはしばらくメモを見つめた。


「ようやくカカオから取りだす……」


そこで言葉を止める。


「いや……チョコレート作りが完成するかもしれないな」


そう呟き、ドレッドは再びメモへ目を落とした。


そしてまた、ドレッドにも父ベルミンやハスパーにも言えない隠し事があった。


次の日。


ドレッドは職人たちを集め、昨日ハスパーから教えてもらった内容を伝えていた。


「昨日、ハスパーさんからいくつか教えてもらった」


そう言って、ドレッドはメモを職人たちに見せた。


職人の一人が身を乗り出す。


「……これは?」


「材料を混ぜる順番、それと温度だ」


職人たちはメモを覗き込み、これまで自分たちが試してきた方法と照らし合わせていく。


「なるほど……今までとは順番が違う」


「温度も、少し違いますね」


「だから固まり方がおかしかったのか……」


これまで職人たちは、何度も材料を変え、火加減を変え、混ぜる時間を変えてきた。


それでも、うまく固まらなかったり、口当たりが悪かったり、材料が分離してしまったりしていた。


失敗するたびに作ったものを捨て、また最初からやり直す。


それを何度も繰り返してきた。


しかし今、目の前にある方法を試せば、何かが変わるかもしれない。


職人たちの表情にも、少しずつ変化が現れていた。


「……これなら」


「もしかしたら、完成するかもしれません」


ドレッドは職人たちを見た。


そして、何かを思い出したように口を開く。


「待て」


職人たちが手を止める。


「今、話したことは外では話すな」


そして続ける。


「この方法についても、ハスパーさんから教えてもらったこともだ」


「分かりました」


「誰にも言いません」


「俺もです」


ドレッドは頷いた。


「よし。それなら始めてくれ」


職人たちは再び作業へ戻っていった。


それから数日。


職人たちは何度も試行錯誤を繰り返した。


材料の量を少しずつ変え、火加減を調整し、混ぜる時間も細かく変えていく。


そして、少しずつ変化が現れ始めていた。


以前とは違う口当たり。


広がる香り。


そして、固まり方にも変化が見えていた。


職人の一人が、出来上がりかけたチョコレートを見つめる。


「……今までとは違う」


ドレッドも、それをじっと見ていた。


「あと少し……」


そして、もう一度呟く。


「あと少しだ」


ドレッドは再びチャリスを呼んだ。


「父さんはどうだった?」


チャリスは、あの夜の事をドレッドに話した。


その話を聞いたドレッドは、しばらく考えていた。


そして、自分から父ベルミンのもとへ向かった。


部屋の前で一度立ち止まり、ドレッドは扉を開けた。


「父さん、今、話をしても?」


「……ああ」


もちろんベルミンは、ドレッドが職人たちとチョコレート作りをしていることを知っていた。


ベルミンはドレッドを見る。


「どうだ、チョコレートの方は順調か?」


「はい」


ドレッドは答えた。


ベルミンは少し間を置いて言った。


「よく完成間近までやったものだな」


ドレッドは少し考えた後、口を開いた。


「実は、ハスパーさんにチョコレート作りのことを教えてもらった」


「ハスパーが?」


「ああ。ハスパーさんのところへ行ってきたんだ」


ドレッドは、ハスパーから教えてもらったことをベルミンに話した。


それを聞いたベルミンは、しばらく黙っていた。


「そうか……」


そして、静かに呟いた。


「あいつが……ドレッドに教えたのか」


ドレッドは父を見つめた。


「父さん……」


「もうすぐ完成する」


ドレッドは一歩前へ出た。


「俺の考えに賛成してくれないか?」


そして頭を下げる。


「お願いします」


ベルミンはドレッドを見つめた。


「どうしてそこまでカカオやチョコレートにこだるの」


「他にも珍しい物はたくさんあるだろう?」


「お前の事だ、考え無しには動いてないだろう」


ドレッドはしばらく黙っていた。


そして、父を見つめながら答えた。


「父さん、まだ言えないんだ」


ベルミンは静かに答えた。


「そうか、、わかった」


ドレッドは少し驚いた。


「え?それじゃ賛成してくれるのか?」


「違う、まだ賛成したわけではない」


ベルミンは少し疲れたように息を吐いた。


「今日は疲れた」


「明日ハスパーと会う約束をしてあるからもう私は寝る」


「出ていってくれるか?」


「……分かった」


ドレッドは部屋を出た。


扉が静かに閉まる。


ベルミンは一息吐いた。


「……ふぅ」


そして、先ほどのドレッドとの会話を思い返していた。


「……あいつも、もうそんなに考えているのか」


しばらく黙った後、ベルミンは呟いた。


「……私も、まだ言えないことがあるな」


そう呟くと、ベルミンはゆっくりと目を閉じた。


やがて、深い眠りへと落ちていく。


その頃、ドレッドもまた自分の部屋で、父との会話を思い返していた。


父には言えないことがある。


同じ家にいながら、互いに知らないことを抱えたまま――。


静かな夜だけが、二人の間を過ぎていった。

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