第2章 商才
カカオを手に入れた二人は、さっそくチョコレート作りを始めた。
しかし――
「……どうする?」
ベルミンは、目の前に置かれたカカオを見つめていた。
ハスパーも腕を組む。
二人とも、チョコレートという名前は知っている。
だが、実際にどうやって作るのかは、ほとんど分からなかった。
旅商人から聞いたのは、カカオという植物の実から作られるということだけだった。
「まずは、いろいろ試してみよう」
ハスパーが言った。
「そうだな」
二人はカカオを割り、中の種を取り出した。
焼いてみる。
潰してみる。
水に混ぜてみる。
何度も試した。
だが――
「……苦いな」
ベルミンが顔をしかめる。
「これはチョコレートなのか?」
ハスパーも苦笑した。
失敗だった。
それでも二人は諦めなかった。
何度も作り直し、何度も味を確かめる。
少しずつ方法を変えながら、二人は研究を続けた。
そして、長い試行錯誤の末――
二人はようやく、一つの形にたどり着いた。
「……これだ」
ベルミンが小さく呟いた。
目の前には、これまでとは違うものがあった。
香りも違う。
口に入れたときの感覚も違う。
そして何より――
「うまい……」
ハスパーが思わず笑った。
ベルミンも笑う。
「これが……チョコレートか」
二人は何度も味を確かめた。
まだ完璧ではない。
それでも、初めて二人が自分たちの手で作ったチョコレートだった。
二人にとって、それは商売の商品というより、新しいものを生み出した喜びのほうが大きかった。
「これなら、もっと多くの人に食べてもらえるかもしれないな」
ベルミンが言った。
ハスパーも頷いた。
「そうだな。もっと研究すれば、きっと良いものになる」
二人は、それからも研究を続けた。
少しずつ味を改良し、作る量も増やしていった。
やがて、そのチョコレートの存在はヴァルデン家の中でも知られるようになった。
そして――
ベルミンの息子、ドレッドもそのチョコレートを口にした。
一口。
そして、もう一口。
ドレッドはしばらく黙っていた。
「……父さん」
「なんだ?」
「これ、いくらで売るつもり?」
ベルミンは少し考えた。
「まだ決めていない」
「そう」
ドレッドはチョコレートを見つめた。
「もったいないな」
「何がだ?」
「こんなものを作っておいて、まだ売り方も決めてないなんて」
ベルミンは少し眉を上げた。
「ドレッド。これはまだ完成したばかりだ」
「だからこそだよ」
ドレッドは笑った。
「珍しい。うまい。そして、まだ誰も知らない」
「これだけ条件が揃っている商品なんて、そうはない」
ベルミンは黙って息子を見る。
「父さん」
ドレッドは続けた。
「これ、もっと高く売れるよ」
「高く?」
「当たり前だろ」
ドレッドは、少し呆れたように笑った。
「こんなもの、他にないんだから」
「でも、誰でも買える値段ではなくなる」
「最初から誰でも買える必要なんてないよ」
ベルミンの表情が変わった。
「どういう意味だ?」
「欲しい人間に売ればいい」
ドレッドは迷いなく答えた。
「珍しいものなんだ。金を出してでも欲しい人間は必ずいる」
「そういう人間に高く売る」
「それで利益を出して、さらにカカオを買う」
「カカオが増えれば、もっと作れる」
「もっと作れれば、もっと売れる」
ドレッドは笑った。
「簡単な話だよ」
ベルミンは静かに聞いていた。
「だが、それではチョコレートを食べられる人が限られる」
「父さん」
ドレッドは少し笑った。
「商売って、そういうものだろ?」
「……」
「欲しい人がいるから売る」
「売れるから作る」
「作るから、また売る」
ドレッドはチョコレートを指でつまんだ。
「それに、父さんは考え方が甘いよ」
ベルミンの目が細くなる。
「甘い?」
「良いものをみんなに届けたい?」
ドレッドは鼻で笑った。
「それだけで商売ができるなら、誰も苦労しない」
「商売には、利益が必要なんだ」
「利益がなければ、カカオも買えない。職人も雇えない。チョコレートも作れない」
ドレッドはさらに続けた。
「俺なら違う」
「このチョコレートを、ヴァルデン家の大きな商売にする」
「カカオを仕入れる商人も、作る職人も、売る店も――全部つなげる」
「そうすれば、誰も俺たちには追いつけない」
ベルミンは息子を見つめた。
「ドレッド。お前は、もうそこまで考えているのか」
「当然だよ」
ドレッドは即答した。
「父さんたちが何年もかけて作ったものだろ?」
「なら、俺がそれをもっと大きくする」
「父さんたちが作ったチョコレートを、俺が商売にするんだ」
その言葉には、自信があった。
いや――
自信というより、確信だった。
自分ならできる。
自分がやれば、もっと大きくできる。
そんな思いが、ドレッドの中にはすでにあった。
ベルミンは静かに言った。
「お前は、本当に商売が好きなんだな」
ドレッドは笑った。
「好きかどうかなんて、どうでもいいよ」
「商売は、結果がすべてだから」
ベルミンは何も言わなかった。
目の前にいる息子は、確かに商才を持っている。
商品の価値を見抜く。
市場を読む。
利益を考える。
そして、まだ誰も見えていない先の商売まで考えている。
だが――
その才能と同時に、ドレッドには一つの大きなものがあった。
自分なら、父より上手くできる。
自分なら、誰よりも大きな商売ができる。
そんな、強い自負だった。
このときベルミンは、まだ気づいていなかった。
その自信が、やがてドレッドをどこまで突き動かすことになるのかを。
そしてドレッド自身も、まだ知らなかった。
自分の商才と傲慢さが――




