チョコレート商戦記
チョコレート商戦記
第1章「出会い」
1526年、ドイツ。
ドイツ第2の町、ミュンベルク。
そこには、ヴァルデン家とミルソン家という二つの商家があった。
大小の違いはあれど、さまざまな商家があった。この二つの家は、町の商売を支える二大巨頭だった。
ミュンベルクは、各地から商人が集まる町だった。
朝になると市場が活気づき、まだ日が昇りきる前から、商人たちが店を開け始める。
遠くの町から来た商人は荷車を止め、布や香辛料、穀物、金属製品などを並べる。
市場では、
「もう少し安くならないか?」
「これ以上は無理だ!」
そんな商人たちの声が、あちこちから聞こえていた。
通りには買い物に来た町の人々も行き交い、荷物を運ぶ者、商談をする者、次の取引先へ向かう者――。
朝から町全体が商売で動いていた。
そして、その市場を少し離れたところから見れば、ひときわ大きな商家が二つ見える。
ヴァルデン家。
ミルソン家。
どちらの店にも、多くの商人が出入りしていた。
「ヴァルデン家に行けば、欲しい品が見つかる」
「ミルソン家なら、良い取引相手を紹介してもらえる」
そんな評判が町にはあった。
しかし、二つの家は決して同じではなかった。
ヴァルデン家は、香辛料や砂糖、穀物など、食に関わる品を幅広く扱っていた。
遠くの土地から運ばれてくる珍しい品にも目を向け、町の外にいる商人たちとの取引も盛んだった。
一方、ミルソン家は布や革、金属製品など、町の人々の生活に必要な品を中心に扱っていた。
長年の商売で築き上げた人脈は広く、ミュンベルクだけでなく、周辺の町にも多くの取引相手を持っていた。
扱う商品には違いがあったが、両家とも商売の規模は大きかった。
そして何より、二つの家には長い歴史があった。
二つの家は、商売では競い合うこともあった。
だが、それはあくまで商売上のこと。
両家の当主には、誰にも知られていないほど深いつながりがあった。
ヴァルデン家の当主、ベルミン・ヴァルデンと、ミルソン家の当主、ハスパーは、幼い頃からの古い友人だった。
二人は子供の頃から同じ町で育ち、商売について語り合うことも多かった。
二人がまだ幼かった頃。
市場で、珍しい菓子を見つけたことがあった。
ベルミンはその菓子を手に取り、しばらく眺めていた。
「これ、もっとたくさんの人が食べられたらいいものだな」
ハスパーはベルミンを見る。
「どうすれば、みんなに届けられるだろうか?」
二人は顔を見合わせた。
それから二人は、珍しいものを見つけるたびに、一緒に考えるようになった。
「いつか、俺たちで大きな商売をしよう」
そんな約束をしたこともあった。
ベルミンにとって商売とは、ただ物を売って利益を得ることではなかった。
良いものや珍しいものを、できるだけ多くの人に届ける。
それが、ベルミンの考える商売だった。
ハスパーも、そんなベルミンの考えを理解していた。
家同士は代々商売をしていたが、二人の間に敵対心はなかった。
むしろ、何か珍しいものを見つければ、二人で調べ、二人でどうすれば多くの人に届けられるかを考える。
それが二人にとって当たり前だった。
そんなある日。
ミュンベルクの市場に、一人の旅商人がやって来た。
遠くの土地を渡り歩き、珍しい品を扱う商人だった。
その日、彼が持ち込んだ品の中には、二人が見たことのないものがあった。
「これは何だ?」
ベルミンが尋ねる。
旅商人は、その品を手に取りながら答えた。
「カカオです」
「……カカオ?」
二人は、その言葉を聞いたことがなかった。
旅商人によれば、それは遠い土地で採れる植物の実で、その中にある種を使って、珍しい飲み物を作るという。
「飲み物なのか?」
ハスパーが尋ねる。
「ええ。私も詳しい作り方までは知りませんが、とても珍しいものだそうです」
ベルミンとハスパーは顔を見合わせた。
「その飲み物は、チョコレートと呼ばれているそうです」
二人は、その聞き慣れない名前に強く興味を持った。
このとき二人はまだ、チョコレートがどんなものなのか、何も知らなかった。
ただ、その名前だけが二人の頭に残った。
――チョコレート。
二人はその日から、カカオとチョコレートについて調べ始めることになる。
調べてみると、カカオとは遠い土地で採れる植物の実であり、その種から作られるものが、ある珍しい飲み物の原料になるという。
ベルミンとハスパーは、初めて聞くチョコレートを自分たちの手で作ってみたいと思うようになった。
「どうやって作るんだろうな」
ベルミンが言う。
ハスパーは少し考えたあと、笑った。
「自分たちで作ってみないか?」
「やってみよう」
二人は、カカオについてさらに調べ、何度も話し合った。
まだ作り方も分からない。
どんな味なのかも分からない。
それでも二人には、不思議と楽しみで仕方がなかった。
やがて二人は、カカオを手に入れ、自分たちの手でチョコレートを作ることを決めた。
「もし本当にうまいのなら、ぜひ一度飲んでみたいものだな」
ベルミンが笑う。
ハスパーも笑って答えた。
「二人で探してみよう。きっと面白い商売になる」
このとき二人はまだ知らなかった。
この一つの言葉――「カカオ」が、やがて二つの家の商売を大きく変え、町全体を巻き込む大きな商戦の始まりになることを。




