少ししょっぱい
少ししょっぱい
004
一週間後。これが四度目だった。
何も進展はなかった。軽い挨拶だけを交わして、差し出された手にいつも通りファイルを渡す。特別ではないさよならをする。ただ、それだけだった。
無策だったわけじゃない、寧ろ僕自身は彼女の事を早く知ってさっさと関係値をあげてしまいたかった。それでも、この一週間を無為に過ごしたのは、彼の助言に従ってみたからだった。彼に言わせれば、きっと足並みを揃えるための積み重ね、とでもいうのかもしれない。
“お前はとにかく、何もするな。今のお前が行動を起こせばきっと全て裏目に出る。男子高校生ってのは暴走しちまうもんだ”
失敗から学んだのだろう、その言葉には妙な重みがあった。
“とにかく向こうが話すまで待て”
僕が理解できなかった以上、それを信じて待つしかなかった。一週間後、僕は彼の正しさを痛感することになった。
プリントを手渡し終わって、メモした周知事項だけを彼女に伝えて、踵を返そうとしたその時だった。
「幸助君」
呼び止められて、振り返る。名前を呼ばれるのは初めてだった。
「ちょっとだけ、待って」
そうやって、彼女は一歩だけ玄関を出る。松葉杖での生活に慣れてしまったのか、器用に片足でバランスをとって、僕の手首を取った。
「いつも、ありがと。迷惑かけててごめん。それと……これ。お礼になるかどうかわかんないけど」
持ち上げられた僕の掌に置かれたのは、形が不揃いなクッキーが数枚入った透明な包装だった。
「暇だったから、今日作ってみた。よかったら食べて、嫌だったら捨てていいから」
何もしない、何も変わらないことに若干じれったさがあった。それでも、なるほど、相談した甲斐は確かにあった。何もしなかった。それが彼女にとって正解だったらしい。よく考えてみれば、今日は肩も震えていない。目もよく合う。
成果としては十分だった。ようやく、糸口が見えて、きっと僕の口元も緩んでいたんだろう。それを隠すために、彼女の前で貰ったばかりの袋の封を開けて、一つ摘まんで口に運ぶ。
目の前で食べられるなんて思ってなかったのかもしれない。草川栞は驚いたような顔を見せて、口をもごもごさせながら僕が食べ終わるのをただ待っているようだった。
「少ししょっぱい」
「なら、返して。捨てる」
彼女の手が取り返そうと伸びる、それをひらりと躱して続ける。
「でも、おいしいよ」
「そう。だったら残りは家で食べて。なんか恥ずかしいから」
初めましてなんて言われたあの日と比べると、随分いろんな顔をする。驚いたり、むっとしたり、恥ずかしがったり。怪訝な顔一つ取ったって別物だった。その違いが、なんだか面白かった。
「何がおかしい」
「いや、ちょっと嬉しくって。つい」
「なにそれ、気持ち悪」
「それは流石に傷つくかな」
彼女は呆れたように、それでもふふっと笑って見せた。
「明日も来る?」
草川栞は僕の鞄に目を落とした。
「先生に頼まれれば」
「そう」
「先生じゃなくったって、良いんだけど」
彼女はしばらく黙った。少し踏み込み過ぎただろうか。
「じゃぁ、また明日」
結局、聞きたかった事はまだ何一つ聞けていない。あの噂の事も、傷の事も、僕を怖がった理由も。それでも、無駄足だったとは思わなかった。帰り道で二枚目のクッキーを齧る。やっぱり少ししょっぱかった。
それでも、もう一枚。歩きながらに摘まむ。もう一枚。それも食べ終えて、袋を覗けばもう何も残っていなかった。
「……あぁ」




