それは恋か
それは恋か
003
「何、つまり草川にがっつり拒絶されてピエーン慰めて~って話?」
「違う。そんな気持ち悪いこと言って無いだろ」
「でも話を聞いてほしくなったんだろ。普段から愚痴は生産性がないだとか言ってるくせに。だったら、俺は何も間違って無い」
こいつはいつだって半歩だけ見透かして、半歩だけ茶化した断定をしたがる。それでも、普段つるんでいる五人の中では一番まともな答えが返ってくる奴で、口の堅さもある程度信頼できた。
二人だけになった教室に西日が横から差す。外から聞こえる部活の活気が少し煩わしくて、窓を閉めた。
「で、他の奴らを帰してでも、俺と二人っきりで話がしたかった。と」
これも間違ってはいない。
「そういうこと」
「放課後の教室で?」
「他に、どこがあるんだよ」
「やーん、幸助君ったら大胆」
握った両手で顎を隠して、その隙間からアヒル口を覗かせる。仕上げにウインクが一つ。彼はどちらかといえば男らしい顔だちをした人間で、寒気がしてしまう程汚い絵面だった。
「……で、なんでそんならしくない事になってんの。そもそもお前は女に振り回されるような奴じゃなかっただろ」
らしくない。確かにその通りだった。さっきまでの茶化した表情はもう抜けてしまっていて、いつも通り本心が見えない真顔だった。
「なんだ、恋か」
「冗談だろ」
「あぁ、冗談だ。半分な。それでも、半分は本気でそうなんじゃないかって思ってるよ」
「なんだか今日は随分と青春脳だな。お前こそらしくない。いったいどこで感化されたんだよ」
彼は口角を上げる。
「そう思うなら、それはお前が草川栞に感化されてる証拠だろうよ」
いまいち要領を得ない返事に、首をかしげる。彼は一つため息をついて、なんだか仕方のない奴だと言われている気分だった。
「昨日まで名前すら知らなかった。自分から他人に関わりに行くなんて億劫。何なら、それほど他人に興味がない。それでもお前は、草川栞が頭から離れないんだろう?」
「それは、あいつの反応がおかしかったからで」
「そう。おかしい。確かに草川の反応は普通じゃない。でも相手が何をしてきたって普段のお前なら【どうでもいい】で処理してるんじゃないのか」
「それは」
「だから、それは恋か」
短く切り揃えた髪を掻き上げる。目尻の下の、小さくなった瘡蓋が泣きぼくろみたいだった。先週飛んだそれにしては、治りが早かった。
「あるいは他の見過ごせない何かを見つけたのか、そのどっちかだと俺は思うけどね」
抽象的だと思わないわけじゃなかった。説明がつけられない彼女の言動が、見過ごせなかった。
「やっぱ、敵わないな」
「なんか解決したか? だったら、アイス一本でいいぞ」
「飲み物まで付けてやるから、もう一個知恵を貸してくれよ」
「いいぜ。愚痴以外なら聞いてやるよ、生産性があるからな」
席を立って鞄を持って、帰りの支度を始める。
「どうやったら、草川と仲良くなれると思う?」
仲良くなりたい。便利な言葉だった。間違いじゃない。でもそれは一つの手段に過ぎない。恋に落ちるほど性欲を持て余しているわけじゃない。放課後に遊ぶような仲になりたいわけでもない。
僕はただ、答えが欲しかった。あの下らない噂の事。あの日傷を見て何を考えたのか。そして、どうして僕を見てあんなに怯えて、それでも突き飛ばしたのか。
話を聞き出すなら、嫌われているより好かれている方が都合がいいだろう。
だから、僕は彼女と仲良くなりたい。
「……困ったな。お前、思ったより重症だよ」
きっと彼の解釈は半分正解で、半分間違っている。それでも、豆鉄砲を食らったようなその顔を見て、ようやく一本取り返した気がした。だから、その誤解は解かないでおくことにした。




