今のお前の方が
今のお前の方が
011
「追わなくていいのか」
後ろから肩をたたかれる。
振り返れば、見慣れた男の顔があった。目元が少し赤くて、それでも妙に涼しい顔をしている。
「……なんで居るんだよ」
「なんでってお前、そりゃあ映画館に来てすることなんて一つしかないだろ」
「本当か?」
「なんだって嘘つかなくちゃいけないんだよ、言っとくけどお前と違って俺はちゃんと没頭してたんだから」
「お前、こういうの好きそうだもんな」
「あぁ、好きだよ」
少しだけ間があった。映画の事を言っているんだろう。それ以外に意味なんてないような顔だった。
「そもそも、お前らがチケット取るより先に、今日の席押さえてたしな」
「男一人で、恋愛映画かよ」
「結構いいもんだぜ。今回は特によかった、三回も泣けた」
「……そうか」
「なんだよ」
「別に」
「そもそも、映画ってのは一人で見るもんだろ。隣のやつのご機嫌を窺いながら見るもんじゃない」
嫌味のようにも聞こえた。
「聞こえてたのか」
「まさか。俺は映画の余韻に浸ってただけだよ」
他の客が全て捌けてしまって、それでも腰を掛けて余韻に浸るなんて。よっぽどおセンチだったらしい。
「それにしても。本当に追わないんだな」
「あぁ」
「いつかこんなことになるんじゃないかって思ってたよ」
「そうか」
「でも今までのお前なら、もっと上手くやるって思ってた」
「残念だけど、そうじゃなかった」
「違うな」
彼は小さく否定した。
「そうしなかったんだろ」
その言葉には返事はしなかった。
「何かを選ばなかった責任を持つなら、選ばない権利だってある」
担任から教わった言葉を、少しだけ都合よく言い換える。
「随分、都合がいい詭弁だな」
「反面教師が優秀だったんだよ」
「どうせ担任だろ」
彼は小さく笑った。
「お前、なんか随分変わったな」
「最近、よく言われるよ」
「俺は今のお前のほうが好きだよ。なんか自由でさ」
「気持ち悪いこと言うなよ」
「安心しろ。半分は冗談だよ」
そのまま、出口へ向かって歩き出す。映画館を出ると、明るさに目が眩んだ。人の声と足音が一気に返ってくる。さっきまで隣にいた白いワンピースは、もう何処にもいなかった。
「で、映画どうだった?」
「……最高だったよ、三回も泣いた」
「それは俺だ」
「じゃぁ、僕の代わりに三回泣いてくれてありがとう」
彼は笑った。
「やっぱり、変わったな」




