第二十六話
「ヘリオス様……ヘリオス様!!」
少し声量をあげると、ヘリオス様は歩くのをやめる。
でも、こちらを一切振り向かず、私の右手はヘリオス様の右手に強く握られているまま。
「教えてください。あなたが私に気をかける理由は何なのですか? 私とあなたは護衛役とその対象です。それなのに、これはおかし……」
「ネメシス、それ本気で言ってるの?」
いつもよりも声が低くなり、ゾワっと身体中の毛が逆立つ。
この空気……似てる。
長を目の前にした、あの空気と。
まずい……。
身体中の震えが止まらない。
立っていられな……!
「ネメシス!!」
ガバッと体を支えられるが、それでも足腰に力が入らず、ほとんどヘリオス様に体を預けている。
どうしよう……このままだと倒れる。
それでは、ヘリオス様に迷惑が。
どうにかして、立たなければ。
早く……!
「ネメシス! こっちを……私を見て!」
顔を掴まれ強制的にヘリオス様の方に顔を向けられる。
彼の溶けるような琥珀色の瞳を見ていると、彼がヘリオス・ルミナであると、脳が認識し始めた。
そうだ、彼は長じゃない。
目の前の彼はヘリオス・ルミナ。
私の護衛対象であり、私が唯一殺せない……いや殺したくない男。
私は、この人のことを守りたい。
本気でそう思っている。
なのに、私は自分から役目を放棄し、彼から離れた。
殺し屋としてではなく、もはや私として失格だ。
「申し訳……ございません」
勝手に涙が溢れてくる。
今の私には泣く資格などない。
今まで彼の前でたくさん泣いた。
組織では許されないことだったし、情を捨てるよう教育されてきた。
だから、まだ自分にこんなことができるなんて思ってもみなかった。
それはきっと、ヘリオス様であるからこそ、自分を曝け出すことができる。
ありのままの自分でいられるんだ。
「ネメシス……ほんっとに君って鈍いよね〜。私、悲しくなるよ」
「……え?」
「待って、まさか本当に気づいてないの? 私、これでもかって言うぐらい君にアピールしてたのに?」
それは、どう言うことなのでしょう?
今ヘリオス様が言おうとしていることは……。
「私が君といたいのなんて、好きだから以外どう言えばいいの?」
好き……それは、おそらくこれからも私と一緒にいたいと言うことだろうか?
メーディアさん曰くは。
「で、ですが私は殺し屋です。私はヘリオス様とずっとはいられないのです。ですので……」
「あー! あー! もうそう言うのは良いって! 私は君と私の立ち位置がどうこうを聞いているわけじゃないの! 君がどうしたいかを聞いてるの!」
つい先日も同じ会話をした。
これから、私はどうしたいのか。
これから……なんて、そんな自分を想像するのも初めてで……どう言えばいいのか、どんな風に思い浮かべれば良いのか、全くわからない。
「ごめんね、今すぐに決めてほしいわけじゃないんだ。少なくとも私はこれからもネメシスといたい。それだけだよ」
もう……言ってしまっていいのだろうか。
そうすれば、私は今までの私ではいられなくなる。
自分で今までの生き方を、「普通」否定することになる。
それでもヘリオス様はきっと認めてくれる。
私自身を見てくれる。
そう……思う。
「ヘリオス様……私は……」
その時、ヘリオス様のズボンのポケットからけたたましい、着信音が鳴り響いた。
「あ、ごめん。ちょっと待ってね」
私から手を離し、少し離れたところで携帯を繋げる。
なぜ、私はこう言う時に限って即答できないのか。
言うことが怖い?
まだ彼を信用できていない?
それは違う。
私自身が私を信用できていないからだ。
この気持ちが本当なのかもわからない。
それを口にしてしまった時、それからずっとその言葉の責務を全うできるのか、それが怖い。
自分の意思にまっすぐな彼を見て、彼自身は自分のことをよく信用していることが、よくわかる。
私にはそれが羨ましい。
話をしているヘリオス様を見ていると、彼は急に血の気が引いたように顔が青ざめ、言葉が舌が回らなくなっている。
……どうしたのだろう?
電話を切った彼は、泣きそうな……いやこの表情は、全てを失ったような絶望しきっている顔だった。
私が、殺した人たちとよく似ている表情。
「ネメシス……父さんが……」
私達は、この後病院に行ったが、それが正解だったのかそうでなかったのか……きっと私が決めれるものではなかった。




