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第二十七話

すぐ病院に着き、早足でアイオロスの病室へと向かう。

先にヘリオス様が病室のドアへと手をかけ、ドアが壊れるぐらいの力で開ける。

ガラガラッ! と静かな廊下に響く。



「父さん……」



もう、わかっていたことだろう。


私は人の死に際なんて、数えきれないほど見てきた。

だから、ヘリオス様がなぜそんな顔をしているのかもよくわからなかった。



「ああ、ヘリオスか……」



先ほど、ヘリオス様が電話を受けた時、アイオロスの容体が急変したとのことだった。

今も、身体中に管を入れられているが、話すのもやっとの状態だった。


「いやあ……もともと体が強くなかったから……運が尽きた……かな……」

「ま、待ってよ。私は……俺は、母さんもいなくなったのに、父さんまでいなくなったら……何も……」

「何言っているんだ……ヘリオス……」

アイオロスと目が合った。

なんとも弱々しく、死の寸前の人間の目。



「彼女がいるじゃあないか……」



ヘリオス様がこちらを振り返る。

涙で顔がぐしゃぐしゃになり、目も赤く腫れている。



「セレナさん……ヘリオスを……息子たちをよろしく頼みます……」



「承知しました」



最後アイオロスは笑った。


隣にあった機械がピーピーとけたたましく鳴る。


機械も動かなくなり、アイオロスの目も開くことは二度となかった。



「ヘリオスさん。アイオロスさんから、息子に渡してくれと頼まれたものです」

主治医からヘリオス様に渡ったのは、1枚の封筒。

遺書というものだろう。

「ありがとうございます」

「お父様の死については、心中お悔やみ申し上げます」

主治医とやりとりしながら、小難しい紙になにやら書いているヘリオス様の背中を見ていた。


よろしく頼みます……か。


彼がこんな死に際で嘘をつくとは思えない。


確信した。



ヘリオス様を殺すよう命じたのは、アイオロスではない。



一体誰だか分からないが、長は知っているのだろうか?

今日はもう遅い。

明日ぐらいにも伺ってみようかと思ったが、今日の午前にあのような事があって行くのは、危険だ。

長に何をされるかわかったものじゃない。

腕をギュッと握りしめる。


私はどうなっても構わない。

けれど、ヘリオス様だけは守らなければ。


その時、ヘリオス様の携帯の着信音が流れた。

「す、すみません!」

主治医に謝りながら、電話をとる。

主治医から許可が出て一礼をし、携帯を耳にあてる。

そして、二言話した後携帯を私の方に渡してくる。


「クロノスから。ネメシスに変わって欲しいらしい」


なぜ、私に??

戸惑いながらも、ヘリオス様の電話をとる。

「はい、セレナです」

『もしもし、セレナさん? 今兄さんから、父さんが亡くなったって聞いてさ、君に頼みたい事があるんだよ』

「なんでしょう?」

『兄さんのこと、頼まれてくれないか?』


アイオロスと同じ言葉を私は今聞いている。


『兄さんね、母さんが亡くなってから落ち込んでて、ずっと暗かったんだ。でも、セレナさんが来てくれたから、ちょっとずつ元気になってきて。良かったなって思ってる。だから、これからも兄さんの側にいてよ』


彼は私と会った時から、そんな感じはしなかった。

むしろ、私には眩しすぎるぐらいに。

でもそれはきっと、彼が本心を隠すためのものだったとしても、これからも彼が笑ってくれるのなら、それでいい。



「承知しました」



それから2時間ほど経った。

主治医との話も終わり、私たちは帰路につく。

すっかり夜になって、月明かりと街頭が道を照らす。

トボトボと歩いていると、右手をゆっくり握られる。

「ヘリオス様……」

「ネメシスは、俺の前からいなくなったりしない?」

これも、ヘリオス様の本心なのか。

一人称が「私」から「俺」になったのは、憔悴しきった顔からわかる。

ずっと、隠してきた本心を今やっと聞けている。



「はい、いなくなりません」



アイオロスにも、クロノス様にも頼まれたこと。

私は、これからもヘリオス様の隣に……。


家に着く。

ヘリオス様は食欲もないそうで、そのままソファへと座る。

「ああ……そうだ。この封筒……」

ポケットから出したのは、主治医から渡されたアイオロスの遺書。

ハサミで切り、出てきたのは1枚の紙。

私には何が書いてあるのかは見えない。


でも、読んでいるヘリオス様の顔が一気に変わる。

一度も見せたことのない、青ざめた顔から隠しきれないほどの恐怖が浮かんでいた。



「ネ、ネメシス!! 早くここから出よう!!」



鬼気迫る表情で、私の肩を強く掴む。

「き、急にどうしたのです?」

「どうもこうもない!! 早くして!! じゃないと……」

その時、部屋のドアが開いた。



誰……?




「危ない!!」




ドアを開けた人を確認する前に、ヘリオス様に突き飛ばされる。


そして鳴る、1つの銃声。

静かな夜に、異様な程に響いた。



状況が……飲み込めない。



私は床へと倒れ、ヘリオス様は私に覆い被さっている。

そして、部屋の明かりで見える……赤い液体。



「ヘ、ヘリオス様……?」



「ネメシス……怪我はな……い……」



私の返事を聞く前に、彼は私の上へ倒れた。

服が……ヘリオス様が買ってくれた服が赤く染まる。


どうして、こうなった?

どうして、私の前でヘリオス様が血を流して倒れている?




どうして、ドアの前にあなたがいる?




「あれ? 出来損ないに当てようと思ったのに! 間違えちゃったじゃん!」




陽気な声が聞こえる。

病院で、話をしていたのに……私はあなたに……。




「だから言ったでしょ? よろしく頼むって。ね? セレナさん……いいや、ネメシス」




「ク、クロノス様……」




彼の手には一丁の銃が握られている。

実の兄を撃ったとは思えないほどの、柔らかい笑み。



その顔は私が今まで見てきた……長よりももっと底知れぬ、恐ろしさがあった。



……体が言うことを聞かない。



「ほんと、君に期待した僕が馬鹿だったよ。だから、もう用済みだ」



ドンッと、もう一回銃声が鳴った。



……腹部が痛い。


なんで、私は立ち上がらなかった? なんで、撃たれている? 

立って、いつものように戦えば良かったのに。

クロノス様に対する恐怖? いいや、違う。




目の前でヘリオス様が撃たれたことへの衝撃で、何もできなかった。何も抗えなかった。

これが事実だ。




結局私は、人一人……生きていて欲しい人も、守れない。




段々と暗くなる視界の端で、クロノス様の歪んだ微笑みだけが映り……最後に私の網膜へと焼き付いた。


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