第二十五話
「お迎えが来たようだね」
私は駆け足で長の部屋の窓に近寄り、一階を見下ろした。
「ヘリオス……様?」
最初は何かの幻覚かと思った。
でも、私がヘリオス様の姿を見間違うことなどなく。
なぜ……。
「出迎えてあげなさい」
長がニコニコと微笑む。
まさか、ヘリオス様がここにくることをこの人はわかっていたのか。
長に一礼をし、急いで一階へと降りた。
そこには入り口で門番の彼らと話しているヘリオス様の姿があった。
彼は私を見るなり、手を大きく振る。
「彼は長の客人です。通してください」
門番にそう告げると、彼らは後に下がりヘリオス様を組織へと迎え入れた。
「ネメシス!」
ダダダっと駆け寄り私の胸に飛び込んでくる。
「ヘリオス様……どうしてここに……?」
「もちろん、君に会いに」
ここはヘリオス様が思っている以上危険な場所で、彼みたいな人間が簡単に足を踏み入れるようなところではない。
それは前にも話したはずだ。
でも、前回も……そして今回もヘリオス様がここに訪れたのは全て、「私」が理由だった。
「ごめん、ネメシス」
私から離れ、俯き気味に話す。
「私が、間違ってた。ネメシスの気持ちとか何も考えれてなかった……あれは完全に私の失言だ。本当にごめん」
私は、彼に否定されたと思ってた。
けれど、そうじゃない。
私は彼に期待していたのだ。
ヘリオス様なら私のことを全部わかってくれると……理解してくれていると。
でも、それは容易なことではなかった。
人の気持ちや感情なんて、完璧にわかりはしない。
それはヘリオス様に教えてもらったはずなのに。
理解できていないのは…….私の方だった。
「おやおや、随分と仲睦まじい光景だね」
その声だけで、体が鉛のように重たくなった。
背後からのとてつもない圧、禍々しく歪む空気。
振り返ればそこには、柔らかくどこか醜悪な笑みを浮かべる長がいた。
私は咄嗟にヘリオス様を自分の後ろへと誘導させる。
「それが主人に対する行動かい? 悲しいね」
長が自分からあの部屋から出ることは滅多にない。
だからこそ、この空間に存在すること自体が私は不気味で堪らなかった。
足、手、体全体、そして心臓までもが震え出す。
体が、今すぐこの者の前でひれ伏せと命令する。
私はそれに逆らえない。
私は地面に崩れるように膝をつく。
その時、ポンと肩に手が置かれる。
その手の暖かさが、一瞬にして私の体の震えを止めた。
「……ヘリオス様」
「もうネメシスをここに置いておけません。ネメシスの今後のことについては、私が決めます」
「いいよ。けれど、そんな身勝手なことをされては、生かしておくのも面倒になるのでね」
「私のことは自由にしていただいて結構です。ですが、ネメシスだけは必ず、ここから連れ出します」
行こうと手を繋がれる。
「結局君は組織の餌食となる。どっちに転がっても結果は同じだよ」
長の言葉にヘリオス様は振り返らなかった。
ヘリオス様がこんなにも私なんかに構う理由とはなんだろう。
私とヘリオス様は護衛する者とその対象。
それは今後、いや一生変わらない立ち位置。
長の命令がなければ……いやきっと今までの出来事が一つでもずれていたら、私たちは一度も交わることのなかった関係だった。
それは多分ヘリオス様もわかっている。
でも、それは私も同じだ。
ヘリオス様が拉致されたあの時、「護衛」という使命とは違う何かが、私の中に芽生えた気がした。
それのせいで、私はヘリオス様がまた傷つけられるのではないかと、怖くて堪らないのだ。
今日もこうして、組織に来てまで私を連れ出してくれて……。
ヘリオス様も同じ気持ちなら、ヘリオス様はきっとこれの正体がわかるはず。
ヘリオス様……教えてください。
この気持ちが一体何なのか。
あなたが私を気にかけるのはなぜなのか。
あなたは私のことを、本当はどう思っているのか。
いつも笑っているあなたが、なぜ今そんなにも、苦しそうな顔をしているのか。
あなたの全てを……知りたい。




