第二十二話
高く空へとそびえ立つ大きく、黒いビル。
そこらにある建物とそう変わりないここに、ネメシスや多くの殺し屋たちが飼われている。
企業の社長である父のコテを使えば、裏社会の建物を突き止めるなど容易いことだった、
父親の権力をそんなふうに使うなど、なんとも無礼なことだ─────そうやって後ろ指さされようが、ネメシスがどんな場所でどんなふうに生きてきたのか、どんな扱いを受けてきたのか、私は聞くに耐えなかった。
だからこうして一人で、この組織のトップに立つ「長」と話をつけに来たわけだ。
「何者だ」
入口にたっているいかにも門番という感じの黒いスーツを纏った男二人に止められる。
「ヘリオス・ルミナ」
嘘など吐く必要もない。
むしろ、この名前を言えば通してくれるという確信があった。
なぜなら私は組織の大事な「餌」なのだから。
彼らはスーツにつけている小型の機械で何かを呟いた後。
「『長』はこの建物、一番上の階のまた奥にいる」
「どうも」
その後はすんなり長の部屋の前まで来ることが出来た。
組織内での情報の伝達の速さは底知れない。
組織内の人間たちは私を見るなり道を開け、エスコートまでしてくれた。
3回ノックし、「入れ」と聞こえたので扉を開く。
床から天井まである扉。
私の家のとそう変わらない大きさなのに、なぜか重く感じる。
「ここに座ってくれ。最近新しい茶葉が手に入ったのだよ。是非この機会に嗜みながら、じっくり話そうじゃあないか」
部屋の奥に座る初老の男性が右手をスッとあげると、側にいた秘書のような人が慣れた手つきでお茶を注いでいく。
「お構いなく」
初老の男性と私は、机を挟むようにソファに座り、秘書がコトッと静かにティーカップを2つ置いた。
私はそれを一口だけ口に入れ、口全体で味わうようにコロコロと転がし、そして喉に通す。
「どうかね、お味は」
「中々の良い代物ですね。どこで入手できるものか教えていただけませんか?」
「いやあ、それはちょっと教えられないな」
ハハと彼に合わせて笑っては見るが……正直、口を開くのがやっとだった。
ここに来たのは私の意思だが、それを後悔しそうなほどまでに私は彼と話すのに、命が少しずつ蝕まれるような錯覚に陥る。
私は殺しなんてしたことないし、相手の殺気なんて感じたこともないが、この目の前の男の機嫌だけは損ねてはだめだと、脳が警報を鳴らしている。
「さて、前戯はここまでにして本題に入ろうか……君は何をしにここへ来たのかな?」
「私は────」
今までのネメシスの言動を振り返る。
美しさ故に際立つ光のない瞳、欠落した感情、体にある無数の傷跡。
私はなぜ彼女がこんなふうになってしまったのか。
ただ彼女はもうここにいてはいけない。
この組織から彼女の居場所をなくすこと……それが彼女を救う唯一の方法だと思った。
だから────。
「彼女────ネメシスのことを知りたくてここに来ました」
こうして身を削る覚悟をしてまでも私は彼女を助けたい。
余計なお世話だと言われてもいい。
それが私の……死ぬまでにやらなければならない任務なのだ。
「なぜ彼女が『ネメシス』だと?」
「彼女自身がそう言っていました」
長はため息を一つ吐いた。
「命令通りにやるという性格も難儀なものでね。一つでも命令しなければ、任務は失敗するどころか社に大きな損害も生む。この業界において一番の課題でもあるのだよ」
不満そうな……本当に困っている様子でそう言った。
「フ……フフ……アハハハハハ!!」
私はそのセリフに思わず声に出して笑ってしまった。
「何かおかしなところがあったかな?」
ニコニコと微笑んでいるが目は一つも笑っていなかった。
「いえ、寝言を言うのも大概にしてほしいなと思いまして」
「……」
「ネメシスがあなた達の命令通りに行動することが彼女自身の性格だと? ……笑わせないでいただきたい。彼女がああなってしまったのは、あなた達がそう躾けたからでしょう?」
彼の顔から笑みが消え、頷くこともせずじっと私を見ている。
目の前に置かれている紅茶を見て思う。
この高そうな茶葉も誰かの命の代償で買われたものだと考えると、どれだけ高価なものでも、美味しさなんてものは微塵も感じない。
「感情も意思もなにかも奪って、その上殺しまでさせている。まるで同じ人間とは思えない所業に吐き気がします。本当に人間以下のクズ野郎の発想に思わず笑いが堪えきれなく……」
そこまで言った直後、カチャという音とともに私の側頭部に銃口が当てられる。
「それ以上のお言葉は慎んでださい」
「やめろ」
秘書の行動に彼は一言だけで止めた。
私の頭から銃が離れる。
「なぜ動じない?」
「いえ、怖いですよ。でも、今私が殺されて困るのはあなた達ですから」
父の財産を狙っている以上、今ここで私を殺すわけにはいかない。
どんな場合も、決して焦らず冷静で泰然自若なこの組織だからこそ、ここまで勢力を広げているのだ。
彼はニヤリと口角を上げた。
「噂以上に面白いな、君は。では一つだけ教えてやろう」
彼が右手をあげ、秘書が数枚の紙を彼に渡す。
彼が右手をあげるだけでなにを所望しているのかわかる秘書の凄さに、少し感心してしまう。
そしてその紙を机に置く。
「それは、この組織に来る前のネメシスについてまとめたものだ」
私はそれらを手に取り、ざっと目を通してみた。
私は自分の考えがいかにも愚劣なものだったかを思い知らされた。
ネメシス────。
君は自分の過去をどう思っているの?
生まれた場所でも少しでも違ったのなら、君は少しでも幸せだった?
でも、どう嘆いたって過去は変わらない。
今を「生きていたい」って……もうそんな願いは最初から存在しなかったのかもしれない。
「過去」に「未来」を奪われ、感情と意思まで殺してしまった彼女には────。
もう二度と、救われることなんてなかった。




