第二十一話
ヘリオス様の父────アイオロス・ルミナは大手ルミナ企業を統べる最高責任者であり、組織にヘリオス様の護衛を申し出、そして……。
────ヘリオス様を殺すよう依頼した人物。
「父さん!! 大丈夫!? どこかやばいんでしょ!?」
「兄さん。院内では静かに」
「大丈夫、そこで少し転んだだけだ。いやぁでも、我が子が二人同時に来てくれると、自然と元気が出てくるもんだな」
ハッハッハと元気に笑う姿は今にも死にそうな感じはなく、ただ子どもと話すことが楽しいと思っている父親で、ここにいる3人は……私が街で何度か見た幸せそうな家族そのものだった。
「お、そこのお嬢さんはもしかしてヘリオスを護衛してくれている子かな?」
「そう!」
「お初お目にかかります。ヘリオス様の護衛をさせていただいています。セレナと言います」
ペコっと頭を下げる。
「初めまして。今どきはこんな美しい護衛さんがいるなんて。でも母さんの方がもっと美しかったがな」
「父さん、いきなりの惚気話はやめてよ」
「ハッハ。すまんな。セレナさん、ヘリオスの世話もされているみたいで色々手間がかかるだろうが、よろしくお願いします」
「承知しました」
「ちょっと、手間がかかるってところは否定してくれないかな?」
「兄さんが手間かかるのは、何も間違ってないから」
「えー!」
ヘリオス様は知っているのだ。
この目の前にいる人物が自分を殺すように仕向けていることを。
それなのに、なぜそんなにも普通に接しているのか。
しかし、私にはアイオロスから一ミリも殺気を感じられない。
子どもを大事にしていることが直で伝わる話し方、雰囲気。
ヘリオス様を殺すことは組織の意向だ。
アイオロスが死んだ後にヘリオス様を殺せば遺産は組織のものになる。
そう伝えられた。
しかし、真実はそうではないのだ。
リリアナさん……いえ、メーディアさんが言っていた。
アイオロスほどの財力があれば、国からの確実な護衛を就けることも容易だったはずだ。
そうはせず、殺しを生業とする我が組織に依頼したのは……ヘリオス様を殺すという動機があったからだ。
なぜ、そのようなことを依頼したのかはわからない。
今だって、ヘリオス様を想う言葉は本当に死んでほしいと願う者から出る言葉なのだろうか。
私には一つもわからない。
人間を大事になんて……想ったこと、ないのだから。
少々世間話をした後、私達はルミナ家に帰宅した。
クロノス様というと「買いたいものも買えたし、父さんと兄さんの顔も見れたから帰るね」とだけ言って帰ってしまった。
いざ二人だけになってしまうと、何を話せばいいのかわからなくなる。
「ヘリオス様……」
「父さんが、私を殺すよう依頼したようには見えないって?」
ズバッと私が言いたかったことを的確に当てる。
「まあ正直私もそう思うし、実の父だからそう思いたいってのもある」
やはり、人間という生き物は家族のことを信じたいと想ってしまうのでしょうか。
「ネメシスの好きにしたらいいよ」
「えっ……」
予想外の答えに私は何も言えなくなった。
「ネメシスが殺したいと思うのなら殺せばいい。私だってネメシスみたいに綺麗な人に殺されるんだったら本望だよ」
縁起でもないことを……そんなことを言う人間は初めてで、なんと言えば良いのか本当にわからなくなる。
「ネメシスはどうしたいの?」
私……私はどうしたいのだろうか。
組織の命令は絶対服従。
彼を殺さなければ、私が組織にいる意味がなくなる。
人は一度死ねば、生き返らないし言葉を交わすことなんて不可能。
ヘリオス様を殺せば、今までみたいなどうでもいい会話、心が安堵するような彼の抱擁……なにもかもが叶わなくなる。
でも、ヘリオス様の言葉で気づいてしまった。
私は……ヘリオス様には死んでほしくないと、どうしようもないほど願ってしまっている。
「ネメシスは優しいよね」
「……」
「だって、こんなにも泣いてくれてるんだから」
グッと親指で涙を拭ってくれている。
私は彼を殺したくない。
それは絶対だ。
たとえ、それが組織への反逆行為として自分が組織に殺されるようなことになったとしても。
「君は最初、誰かに必要とされることは人間の本望。だからそれに従うまで。そう言ってたよね?」
私は頷いた。
「つまりそれは、君がしたいことじゃない。本当は人なんて殺したくないんでしょ?」
その言葉が、私の心の中でスッと溶けていくような感覚がした。
「なぜ……そう思うのですか?」
「この前、服を買いにいったじゃない? 最初の服は少し肌が出てるところが多くてさ」
ああ、誰かに襲われたらと少し不安になったあの服かと思い出す。
「その時、ネメシスの体には酷い擦過傷や打ち身が数え切れないほどあった……私は君をそんなふうに扱うところに君がいてほしくないんだ」
私の体の傷は、訓練の時や任務の時についたもの。
もう何年も消えていないものだってある。
「君は無理やり、組織にやらされているだけだよ」
「ヘリオス様!」
私はガバっと立ち上がった。
先程のヘリオス様で私の心に少しいらだちが宿る。
「組織が私を拾わなければ、今の私はありません。組織は私を助けてくれ、こんな私にも食い扶持を与えてくださる。彼らを侮辱するのであれば、たとえヘリオス様でも許すことはできません」
違う……違うんだ。
本当はこんなことを言いたかったわけでは……。
しかし、ヘリオス様は小さく「ごめん」とだけ言った。
「……私、明日やりたいことがあって、学校休むから。ネメシスはいつも通りに学校行っててね」
その後は何事もなかったの如く、一緒に晩御飯を作って、就寝した。
ヘリオス様が一人で組織に押しかけたという情報が入ったのは、次の日の午後頃のことだった。




